すれ違いの交響曲[2]
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「それで、どうして誰とどこに行くか聞かなかったわけ?」

テーブルの上には、生ビールのジョッキが二つ。
俺に予定がないことを知った総司に、無理矢理連れて来られた居酒屋。
ビールで喉を潤した後の明け透けな第一声に、思わず総司を睨み付けた。
だが、効果がないことなど分かりきっている。

何故彼女の予定の詳細を聞かなかったのか。

「一君のことだからどうせ、面倒くさいこと考えちゃったんでしょ」
「面倒くさいこととはどういう意味だ」

面倒くさいことを考えたつもりはない。
ただ、聞いてはいけない気がしたのだ。
恋人の予定を一々確認するような、狭量な男だと思われたくはない。

「束縛するのはみっともないとか、一々聞くと面倒に思われるんじゃないかとか。そういう意味だけど?」

総司の言葉に図星を指され、喉が詰まった。
そのような俺の様子を察したのだろう。
やっぱりね、と総司が笑った。
周囲からは何を考えているのか分からない、と頻繁に言われる俺だが、総司にだけは全てを見抜かれる。
恐らく総司は元々、俺の彼女に対する想いも知っていたのだろう。
故にあのような虚実を俺に伝えたのだ。

「ねえ、一君。そういうのはさ、君のいいところでもあると思うけど。いつまでそうやって、いい人の振りをするつもりなの?」

いい人の振り、その通りだ。
嫉妬心、独占欲。
そのようなものを彼女に勘付かれぬよう、心の内に飲み込んで。
俺は余裕のある振りをしている。

「いい加減、ちゃんと伝えればいいじゃない」

理解はしているのだ。
本心から向かい合うべきだと分かっている。
だが、いざ彼女を前にすると、思っていることの半分も言えなくなってしまう。
これは、恐怖なのだろう。

しかし、いつまでもこのままではいられない。
俺は、彼女の全てを知りたいのだ。
今、誰とどこで何をしているのか。
己の知らない彼女がいる、ということが気に入らぬのだ。



ジョッキを三杯空けてから、店を後にした。
総司と並んで駅までの道を歩く。
帰宅したら彼女に連絡をしてみようと思った。
そして、何をしていたのか聞いてみよう。
彼女を束縛したいわけではない。
ただ、全てを教えてほしいのだ。
誰とどこに行って、何をして、どのようなものを見て、どのようなことを話したのか。
俺と共にいない時の彼女さえも、知りたいのだ。

「あれっ。ねえ一君、あれってナマエちゃんじゃない?」

どのような言い方をすれば上手く伝わるだろうか。
そのようなことを考えていた俺は、不意に隣から掛けられた声に驚いて指し示された方向に視線を向けた。
その瞬間、心臓が凍り付いた。

交差点の向こうに、ナマエがいた。
そしてその隣には、俺の知らぬ男が立っていた。

「ナマエ……?」

長身の男が彼女に何事かを話している。
彼女はそれを笑って聞いていた。
やがて彼女が小さく頭を下げる。
それに対し、男が片手を挙げて応えた。
そのまま、彼女は男に背を向けて駅の階段を上り始めた。
男はしばらくその後ろ姿を見送ってから、やがて歩道を歩き去った。

「一君、青」

一連の流れをただ呆然と眺めていた俺は、総司の声にようやく信号が変わったことに気付いた。
無意識に横断歩道へと踏み出した一歩目がアスファルトに着くと同時に、激しい感情が腹の底から沸き起こる。

「……総司、すまないが、」
「うん、いってらっしゃい」

返事の半分も聞かずに、走り出した。
横断歩道を渡りきり、駅の階段を一段飛ばしで駆け上がる。
人混みをすり抜けて自動改札機にICカードを叩きつけ、ホームへの階段を駆け下りた。
丁度下り方面の電車がホームに滑り込んで来る。
ホーム上に視線を走らせ、彼女の姿を探した。

「ナマエ!」

今まさに電車に乗り込もうとしていた彼女の背後に駆け寄り、その手首を掴んで引き寄せる。
驚いて振り返った彼女の背後で、車両のドアが閉まった。

「斎藤…さん?」

ぽかんと口を開けた彼女の手首を、きつく握り締めた。








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