あの日届いた最愛[1]
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それは、ちょっとした気紛れにすぎなかった。

ただ、校舎の裏庭に樹齢300年という立派な桜の木がある、と小耳に挟んで。
なんとなく、入学案内のパンフレットを取り寄せた。
本当に、ただそれだけだったのに。

教育方針、と題されたページの左端。
目についた写真に、呼吸が止まった。
厳格な教育方針で基礎学力を徹底強化、という一文の下。

教頭/古文科 土方歳三先生

そう紹介されている顔写真から、目が離せなかった。

髪は、あの頃よりも短くなっていた。
でも紫紺を映し込んだような切れ長の瞳は、変わっていなかった。
男の人にしては白い肌も、女顔と揶揄されるから嫌だと言っていた美貌も。
私がよく知る姿、そのものだった。

成績が下がっている者には、補習授業と厳しい罰則を課す。

入学前から、随分と脅迫めいた学校案内だ。
こんな紹介文で、本当に受験生が集まるのだろうか。
そう心配になってしまうほど、厳しい文言が書き連ねてある。

その全てが。
私に、この土方先生が、あの土方さんなのだと教えてくれた。

厳格で規律を重んじる、自分にも他人にも妥協を許さない人だった。
そのくせ、被った鬼の面の下は誰よりも優しく、情け深い人だった。
私に、最も幸せな記憶と最も大きな疵を、遺してくれた人だった。
その温かい記憶と深い疵は、死と生を越えてもなお、私の中に刻まれたまま。
あれから150年の時を経て、私は再び彼を見つけた。

あの日、江戸で私を捨てた土方さんは、それまで見たことがなかったほど醒めた目をしていた。
身体が目当てだった、情などなかった。
そしてもう、飽きたから不要だ、と。
彼は私を切り捨てた。
せめて、嫌いになった、心変わりをしたのだと、嫌悪感を露にそう言ってくれれば良かったのに。
彼は淡々とした感情のない声で、共に過ごした時間の全てを否定した。
名前を呼んでも、決して振り返ってはくれなかった。
遠ざかる背中は、私に追い縋ることさえ許してくれなかった。


元々、特別行きたい高校はなかった。
だから無難に、地元の公立高校に進学するつもりでいた。
だけど、そのパンフレットが私の行く道を示してくれた。

この薄桜学園という場所に出向けば、彼の姿を見ることは出来るだろう。
だけど、私は彼に切り捨てたられた身。
ただ会いに行ったとて、受け入れてはもらえない。
だったら、これは卑怯なのかもしれないけれど、生徒として出会えばいい。
教師である彼に、それを拒否することは出来ないはずだ。

東京の学校に行きたいと、必死の思いで親を説得した。
承諾を貰ったその日から、受験勉強に打ち込んだ。
受験当日はテストに対する緊張感よりも、彼と顔を合わせるのではないかという期待と不安の方が大きかった。
幸か不幸か、教頭職に就いている彼がわざわざ試験官などをやっているはずもなく。
試験日、そして合格発表日、と。
私は彼に会うことのないまま、薄桜学園への入学資格を手に入れた。


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