約束の果て[3]
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「最後のは、完全に俺の手前勝手な我儘だ。気にすんじゃねえ」

その言葉とは裏腹に、回された腕の力が強くなる。

知らなかった。
気付いていなかった。
そんなふうに、思っていたなんて。

確かに毎日仕事が忙しく、結婚後もあまり新婚らしい雰囲気にはならなかった。
私のやりたいことを優先すればいいと思ってくれる一方で、そのことに対する寂しさみたいなものを感じていたのかもしれない。
歳三さんは、本当に男らしい人だから。
男の人の甲斐性だとか、プライドだとか。
そういったものも、きっとあるのだろう。

それでもずっと、私の気持ちを優先してくれていた。
好きなことをしていていいのだと、言ってくれていた。

「お前がまだ仕事を続けてえなら、それでもいいんだ。ただ俺は、お前がここで俺の帰りを待っていてくれたら嬉しいと、そう思った」

耳に心地良い低音が、そう囁いてから。
私の項に、そっと唇が当たった。

「………それから、な」

唇が、皮膚の上を掠めるように蠢いた。
躊躇いがちな吐息が、首筋に掛かる。

「お前、絶対振り返んじゃねえぞ」
「え?」

一層強く抱きしめてくる腕。
押し付けられた唇。

「恋人だった時も、嫌だったがな。手前の嫁さんが他の男と話してんのを目の前で見てんのは、もう懲り懲りなんだよ」

ばつが悪そうに、不貞腐れた口調で。
歳三さんはそう言って、私の背後で「くそ…っ」と毒付いた。
思わず、笑ってしまった。
そしたら案の定、機嫌を損ねた歳三さんは盛大に舌打ちをして、私の後頭部に軽い頭突きをお見舞いしてきた。
それが余計に可笑しくて、一層笑いが込み上げる。

「畜生、だから言いたくなかったんだ」

会社では、仕事の出来る完璧な上司で。
家では、優しい旦那様。
そんな歳三さんが時折見せてくれる、どこか幼くて可愛らしい一面。
その表情が、とても好きだった。
だから、無理矢理上体を捻って振り返って。

「馬鹿野郎っ、てめえ、振り返んなって、」

そう言い掛けた唇を、塞いだ。
紫紺の瞳が驚きに見開かれる。
それを認めてから、目を閉じて触れ合った熱に感覚を寄せた。
重なるだけだった口付けは、やがて深く柔らかくお互いの想いを伝え合う。
唇が離れる頃には、私の気持ちは固まっていた。

「これからは毎日、私がお帰りなさいって言いますね。だから歳三さんは、ただいまって言ってください」

以前は、歳三さんを支えるには仕事を頑張るしかないと思っていた。
でも、今はそうではない。
今は私にしか、出来ないことがある。
私だけに許されたことがある。

この家で、私が歳三さんの帰る場所になろう。
仕事に疲れた歳三さんを、癒せるように。
ここに帰りたいと、思ってもらえるように。
毎朝お弁当を作って、家中を綺麗にして、ワイシャツにアイロンを掛けて。
そして美味しい晩ごはんを用意して、お風呂を沸かして、帰りを待っていよう。
そして毎晩、お帰りなさいと笑って出迎えよう。

「…ああ、約束する」

きっと歳三さんは、今みたいに。
柔らかく笑って、ただいまと言ってくれるだろう。




約束の果て
- ここが、貴方の帰る場所であるように -




あとがき


尚生様へ

大っ変お待たせ致しました!! 「理由なき愛の証」続編、結婚式とその後の幸せな家庭を築く二人の話、でした。
まずは、頂いたリクエストについて、完全にお応えしきれずに申し訳ありませんでした。結婚式とその後の生活を全て書こうとするとどうしても膨大な文字数になってしまい、結婚式の方をヒロインちゃんの回想シーンとさせて頂きました。私の都合で比重を決めてしまってすみません(>_<)

そして、日記で妙なこだわりを披露したせいでご心配をおかけしてしまったことについても、本当に申し訳ありませんでした。お気遣い、とても嬉しかったです。ありがとうございました。

リクエストの際、「書いてもらうのが最近の夢だった」と仰って頂けたこと、本当に光栄に思います。拙宅の作品を愛して頂けて、とても幸せです。ご期待に添えていればいいのですが……と不安は尽きませんが、精一杯に執筆させて頂きました。何度も書き直したため遅くなってしまいましたが、お気に召して頂ければ幸いです。

この度は、企画へのご参加ありがとうございました。これからもThe Eagleをよろしくお願いします(^^)




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