[7]花弁と共に積もる愛
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私たちの旅は途中に航路を挟み、更に南西へと進んだ。
時の流れがそう感じさせるのか、それとも土地のせいなのか、馬を走らせる毎に気候が暖かくなっていくのを感じる。
海を渡ってからは特にそれが顕著となり、ある日私はついに春の象徴ともいえる景色を目にした。

「わ……っ、桜……」

平坦な道の両脇に、何十本という桜の木が並ぶ。
空を覆う勢いで伸びた桃色に目を奪われ、思わず馬を並足にさせた。
散り始めていて満開とは言えないが、まだ充分に見頃と言える。
道中所々で桜の木は見掛けたが、これほど整然とした並木は初めてだった。

「ナマエ様、」

手綱を緩めて馬に揺られながら頭上を眺めていると、不意に背後から苦笑混じりに名を呼ばれた。
はっと振り向けば、同じように馬の歩調を緩めた天霧さんが私を見ていた。

「お気持ちは分かりますが」

そう言って、前方を指し示される。
当然のことながら、私が速度を落としたせいで千景様との距離が大きく開いてしまっていて。
遠くにある背中に、慌てて手綱をきちんと握り締め、両脚で合図を送った。
馬は従順にその速度を上げ、千景様の乗る馬へと近付いていく。
先程までと変わらない距離をとってその背後につけたところで、今度は不意に千景様が速度を落とした。
並足になり、やがて完全に静止する。

「千景様?」

背後から声を掛けると、千景様は何も言わず、優雅な仕草で鞍の上から飛び降りた。
そのまま千景様が私に近付き、下から手を差し伸べられる。
降りろ、ということだろう。
私はその手に自分の手を重ね、鞍から滑り降りた。
千景様が難なく私を抱きとめ、そのまま地面の上に降ろしてくれる。

「あの……?」

一連の行動の意味が分からずに見上げると、背後で天霧さんが馬から降りる音が聞こえて。

「休憩がてら花見にしませんか。と、いうことですよ」

振り返れば、やはりそこには苦笑顏。
その言葉の意味を飲み込んでから千景様に視線を戻せば、千景様はふんと鼻を鳴らして。
近くの木の根元に腰を降ろし、胡座を掻いた。

「ありがとうございます」

朝に旅籠を出てから、まだ然程時間は経っていない。
千景様の当初の予定では、休憩はもう少し先まで行ってからだったのだろう。
それをわざわざ、ここに変えてくれた。
本人は何も言わないけれど、そのさり気ない優しさが嬉しくて。
私は千景様の傍に膝をついた。

「……今年は、間に合わんが」

不意に、千景様が呟く。

「間に合わない、ですか?」
「ああ」

何に、と問う前に。

「我が里に、見事な桜の大木がある。毎年、それは見事な花を咲かす。着く頃にはもう散ってしまっているだろうが」

そう言って千景様は、目の前の桜並木を眺めた。
その目には、別の景色が写っているのかもしれない。
千景様の言う、里の見事な桜が。

「では、来年を楽しみにしておりますね」

今年に間に合わないのならば。
来年、千景様と共に見られるといい。

「……ああ、そうだな」

隣を見れば、千景様は唇の端を僅かに上げて笑っていた。



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