04
今日から私の特別授業が始まった。
初日はイヴァン先生の知識の授業。
学長室で知識を教えてもらっているんだけど…………。
「…やはりまだまだ知識が足りぬな。精進するが良いぞ」
「はい、ごめんなさい……」
うぅ……、思っていたよりもかなりハード。
さすがミルス・クレア、って思わず感嘆しちゃった。
先生の授業は、難しい言葉ばかりで頭がパンパンになっちゃいそう!
初日からこんなだと、この先ちょっと気が重いかも……。
「なんじゃ?もう諦めるか?」
「!が、頑張りますっ」
だけど、みんなに追いつけるようになるためには仕方ない事なんだよね!
うん、頑張らなきゃ!
……でも、今日はもう無理、かも。
「さて……、今日はこの辺りにしておくかの。これ以上詰め込むと、そなたの頭が破裂してしまいかねんからのう」
「あはは……」
バ レ て る …!
私は乾いた笑いしか出てこない。
「明日はヴァニアが魔力の授業を執り行う。気を抜かず、頑張って参れ」
「はい!」
「!……おぉ、そうじゃった。そなた少しそこで待っておれ」
先生が呆れたような顔で私を見ていたが、ふと何か思いついたような表情をし、机の上に置いてある真新しいメモを一枚ちぎり、何か文字を書いていく……。
なんだろう…?
「そなたにこれを渡しておく」
渡されたのは、今書かれたばかりの一枚のメモ。
だけど、そのメモに書かれている内容は結構ぎっしりしている。
これは……リス、ト……?
……嫌な予感が立ち込んできた。
「そなた、図書館に行ってこのリストにある本をすべて読んでおけ」
「……え?」
「我輩が厳選した魔導書ばかりじゃ。良いな、すべて読むのじゃぞ?宿題のようなものじゃからの」
えっ、これ全部ですか?!
……なんて聞けるはずもなく、
「…………はい……」
うなだれるように返事をするだけでいっぱいいっぱいだった。
チラリとメモに目を落とすが、書かれている内容はやっぱり変わらず……。
…………頭が痛くなってきた……。
こんな量の魔導書を読んでこい、と綺麗ないい笑顔で言う先生に、改めて思った。
先生ってヴァニア先生とやっぱり似てますよね……。
口には絶対に出せないから、心の中でそっと呟いた。
だって、もし言ったら昨日のヴァニア先生みたくブリザードになるだろうし……。
私は笑顔のイヴァン先生の顔を見ながら、学長室を後にした。
イヴァン先生から貰ったメモを眺めながら、私は図書館に向かった。
着いた場所はすっごく広くて立派な図書館。
こんなにすごい図書館、今まで見たことないわ!
本の海って表現がしっくりくるくらい、周りには沢山の本がある。
うわー、これだけ本が多いとイヴァン先生に言われた魔導書を探すのが大変そう……!
私は近くにあった本棚に近付き、タイトルを見るが名前だけですごく頭が痛くなりそうな本だった。
魔法力学、魔法物理学……む、むずかしそうなタイトル……!
そっと本棚から視線をはずした。
…と、とりあえず、言われた本を探さなきゃ!
私はぐっ、と手を握り気合いを入れて、いざ勝負!とばかりに視線を再び本棚に向けると、いきなり怒鳴り声が図書館に響いた。
「だから!僕は!黙って僕の求める本を出せと言ってるんだ!!」
……?
なにがあったんだろう?
私は声の発生源に顔を向ける。
「だいたい僕は前にも言ったはずだぞ!貴様は本当に救いようのない鳥頭だな!」
「……もしかして喧嘩かな?」
発生源は中央の階段をのぼったところのブースにいるみたいで、はっきりと姿を見る事が出来ないけど、声からして男の人みたい。
あんまり騒がしくするとみんなが困っちゃうよって、教えてあげた方がいいよね。
「よし、行ってみよう!」
意を決して喧嘩の中心地へと足を進めた。
だけど、そこにあった光景は、私の想像を絶するものだった。
「あぁ、何度でも言ってやるさ!この、鳥頭のパルムオクルスめ!」
「クルックークルックー」
……。
…………。
………………。
ほ、ほんとに鳥……?!
というか、パルーと喧嘩……?
鳥に鳥頭って言う人、はじめて見た。
まあ確かに鳥頭だよね、って思うけど……。
それにしても、なんでパルーがここに?
それにパルーと喧嘩している男の子もどうしたんだろう…?
私は呆然と立ち尽くしながら、パルーとの喧嘩の様子を眺めていた。
「おのれパルー……!僕のような優秀な生徒に本を渡さないとは、図書館の主が聞いて呆れるぞ!才能豊かな人間を馬鹿にする前に、このポンコツシステムをなんとかしろ!」
「……アホー」
「は、鼻で笑ったな貴様!鳥の分際でこの僕を馬鹿にするとはいい度胸じゃないか……」
男の子は口許をヒクヒクさせながらパルーに近づく。
「貴様にイヴァン先生の後ろ盾があるからといって調子にのるなよ!」
「アホー!」
「ま、まだ言うかこの鳥!」
「ギャー!ギャギャー!」
「やかましい!大体この検索システムは以前からおかしいと思っていたんだ!」
……なんか、ヒートアップしてきてる……?
最初はパルーも静かに鳴いていたけど、今ではかなり大声で鳴いているし……。
「そもそも僕が探している本はだな、つい先日ユリウスが借りていたものだ!あいつが借りられたものを、何故僕には貸さないというんだ!?」
「クワ、クワッ!」
「贔屓か?贔屓なんだな!?それとも僕への嫌がらせかー!」
「アホー!」
……………!!?
大人げなさすぎる喧嘩を前にして、すっかり呆然としちゃってたけれど、さすがにこのままじゃ問題だよね!
うん、みんなが使う図書館だから静かにしてってちゃんと注意しなきゃ!
迷惑そうな感じでこっち見ている人も結構いるし。
「あのー。ここ図書館ですし、みんな迷惑してるみたいだから、静かにした方がいいですよ?」
声をかけると、今まで私が側に近寄っていたことに気づいていなかったらしい。
男の子はビクッと肩をあげてからこっちを見る。
「むっ!?……た、確かにそうだな。僕としたことが白熱していたようだ」
男の子は、ばつ悪そうに眉を下げ、謝罪した。
「気を遣わせてすまなかったな。これもすべてパルーの鳥頭が原因だ。……ほら、貴様も彼女に謝れ」
「…………。ア――」
パルーは男の子にジトリと睨まれると、文句を言おうと口を開くが私は咄嗟に言葉を被せた。
「パ、パルーも抑えて!やっぱり喧嘩はよくないもの!」
私が宥めるとパルーは不満そうな顔をしているが、口を開く様子はない。
と、とりあえず喧嘩は落ち着いたし、これで良かったのかな?
ふう、と息をつく。
なんだか見てるこっちが疲れちゃった。
だけど、私はまだここに来た目的を果たしてない。
うぅ、どうしよう……?
「どうかしたのか?」
金髪の男の子は怖い人かと思ったけど、話してみると意外に素直な感じがする。
彼は切れ長の鋭い瞳で私を見る。
「なんだか困っているような様子だが……」
「えーと……」
さっきまでの怒鳴っていた様子と、今の雰囲気はちょっと違うから、なんとなく戸惑っちゃうかも。
「あのね。私、このメモに書かれている本を探してるの」
私はメモを見せると彼は、ああこの本か……と呟く。
「この本ならこの役立たずな検索システムに頼るまでもなく見つけられるな。もし君がどうしてもと言うなら、僕が案内してやってもいいぞ?」
「わあっ、ほんと?そうしてくれるとすごく助かるわ!」
私は彼―――ノエルから本を探すのを手伝ってもらった。
ノエルって、とっても親切で図書館のことを丁寧に教えてくれたの!
おかげで図書館の使い方もよくわかったし、いい人なのかもって思った。
「助かったわノエル!ノエルのおかげで、目当ての本をすべて見つけることができたし……本当にありがとう」
「ふっ、これくらいは当然だ。だが感謝の心は美しいからな、素直にもらっておこう!」
ノエルは、そう言って図書館から出て行った。
ちょっと変わってるけど、親切なノエル。
これからも仲良くしてくれるといいな!
私は図書館で少し、宿題の本を読んでおこうかと、空いてる席を探しに入口のところに行く。
するとノエルと入れ違いでルミアが入ってきた。
「ルミアっ!」
私はパタパタとルミアの元へ駆け寄る。
ルミアは驚いたように目を丸くするが、すぐにはにかむように笑う。
「ルミアも本を借りにきたの?」
「……えっと、…………私は、……返しに……。ルルさんは……?」
「私はイヴァン先生から宿題に出された本を借りにきたの!」
ルミアは苦笑を浮かべながら頑張って、と言ってくれた。
うん、頑張らなきゃ!
「あっ、ところでルミアはなんの本を借りてたの?」
ルミアが手に持つ本を覗き込んでみる。
「えーっと【複合魔法と属性転換】……?なんだかむずかしそうな本だね……」
「そう、…だね……。私にはちょっと……むずかしかった、かな……」
「誰が読んでもむずかしいって思いそうだけどなあ…。ちなみに、これってどういう人が借りる本なの?」
「どういう……人、だろ……?私の前は、確か…………ユリウスさんが、借りてた……」
「…………」
「……?ルルさん……ユリウスさん、知らない……です?」
「!う、ううん!ユリウスは知ってるよ!」
私は思わず固まってしまった。
ルミアが持ってる本って……ま、まさか……ね?
ルミアは不思議そうな顔をして首を傾げるが、パルーに本を返してくると検索ブースに向かっていった。
そして何分か経ってからルミアは顔を青くしてパルーのところから戻ってきた。
「ど、どうしたのっ?!」
「…………」
「気分が悪くなっちゃった?!」
「……あ……違う、の……。………どうしよう、……謝らなきゃ…………」
そう言って俯く彼女に何があったのか聞くと、ルミアは申し訳なさそうな顔で言った。
「……私が借りてた本…………ノエルさん、借りにきたみたい……。…………パルーさんが、ノエルさんと口論になったって……。………大変だった…………って……」
……やっぱり、ルミアが持ってたのってノエルが借りたかった本だったんだ……。
ルミアは今にも泣きそうな顔で、どうしようっ…!と慌てている。
「大丈夫っ!ルミアは悪くないわ!ノエルがたまたまツイてなかっただけだもの。図書館の本なんだしルミアが好きな時に好きなものを借りても全然問題なんてないんだからっ」
「!………、そっか……そうだよ、ね………。……うん、……ごめんなさい、ルルさん……」
「全然っ!でも聞くなら【ごめん】じゃなくて【ありがとう】がいいなっ」
私は笑っていうと、ルミアも軽く微笑んだ。
「ありがとう、ルルさん……」
「ふふっ、どういたしまして!」
そのあと、私は結局図書館で本は読まずにルミアと一緒に寮に戻った。