05

暇……だなあ…………。
私は小さくため息を着いて机に体を伏せる。
午前中は古代魔法の授業を受ける予定だったけれど、担当の教師の方が研究熱心な人で……今日の講義は無しになったのだ。
なんでも自分の研究を優先させたい、と一昨日から研究所に閉じこもっているらしい。

私は午前中の授業に古代魔法と魔法物理学を取っているのだけれど、次の授業までの時間が結構長い。
図書館に行こうか迷ったけれど、朝から押しかけるのも気が引けるし……。
なにより昨日、私が借りた本をめぐってパルーさんとノエルさんが激しい口論になったらしく……、それもあってしばらくの間パルーさんに迷惑をかけないようにしようと思っている。

どうしよう……このままぼうっと過ごすのはもったいないよね……?
でも自習するにしても図書館は避けたいし…………。


「すみません」


頭を抱えていると、後ろから淡々とした呼び声がかけられる。
聞こえた声に首を捻って後ろに視線を向けると、いつもと同じ仏頂面な彼が立っている。


「あなたに手伝ってもらいたいことがあるのですが、今時間はありますか?」

「う、うん……大丈夫、だよ……エスト、くん……」


私と同じ古代魔法の授業を取る、ひとつ違いの年下の男の子。
彼とは同じ授業をいくつか取っていて……数少ない、私の…………《言葉》を聞ける人。
とっても頭が良くて、とっても静かで……とっても優しい人。
私は頷いて返事をすると彼は、そうですか…とやはり淡々と応える。


「ここにいても何ですし、人の少ない湖にでも場所を移しましょう」

「う、ん……」


返事をして席を立つと、彼は早速と教室から出て行く。
私はそれに慌てて追い掛けた。


外壁の下を階段から降りると、緑の木々に包まれた静かな風景が広がっている。
その先をまっすぐ進むと、太陽の光に照らされてきらきらと輝く真っ青な湖が現れる。

……そっか、湖で自習すればいいのか。
私は今更ながら、勉強場所を見つけた。
湖に着くとエストくんはかた膝を着き、地面に魔法陣を展開させる。
え………?
この、魔法陣って………?


「……複合、魔法………?」

「えぇ、そうです。あなたがこれを知っていたようで少し安心しました」


エストくんは複数の魔法陣を丁寧に重ね合わせながら私の呟きに応える。
知っている……といえば否定はしない。
けれどこれは本で触り程度に読んだだけ。
あんまり、むずかしい応用魔法は私には手に余る気がする……。


「……あまり自信がない、といった顔ですね」

「!………どう、して……?」


どうして、私が思ったことわかったの?
目を数回瞬いてから、首を傾げる。


「……あなたは、自分の考えていることをすぐ顔に出していますから、これくらい誰にだってわかります」

「……そっか…………」


私、わかりやすいんだ……。
しょんぼり肩を落としていると、呆れたと言わんばかりのため息をつかれる。


「……何を落ち込んでいるのか理解できませんが、僕としては早く実験を始めたいと思っているのですが……?」

「あ、………ご、ごめん…なさい……」

「いえ、別に気にしてません。それでは実験の手順を説明しますのでよく聞いてて下さい」


私が頷くのを確認してから、彼はテキパキと説明していく。
それを聞きながら、頭の中で実験の手順をシュミレートして再確認する、が、……なんだか不安要素がある、かも……。


「……以上です。何かわからない点はありますか?」

「ううん、……大丈夫、だけど…………少し、心配……かな」

「何がですか?」


私の言葉に彼は眉を潜めるが、しっかり続きの言葉を聞いてくれる。


「……同時に、複数の属性を扱うから……二人いる、けど……得意属性や相性が悪い、属性も…あるし……、マジックアイテム、使って……安全性を高めた方がいい、のかなって……」


しどろもどろになる言葉を必死に組み合わせて伝えると、彼はなるほど、とひとつ頷いた。


「……確かに、あなたの意見に一理ありますね。ですが、今回の実験はあまり大きなものではないですし、マジックアイテムに頼る必要はないかと思います」

「そ、か……時間取らせて……ごめ、ん…ね……?」

「別に問題ありません。……もう質問や意見はないですか……?では、始めましょう一一一」


お互いの意見も交わして、不明な点が無くなると彼はすぐに呪文を唱えて魔法陣を発動させていく。
私はそれに合わせて、緊張しつつもゆっくりと律を展開させていった。


あらかた実験を終わらせると私たちは近くの木にもたれて座り込み、一旦各自で実験の結果をまとめ、再びまとめたことを話し合い、意見を交わしていった。

エストくんはやっぱり、頭がいいんだなあ……。
彼の意見や実験の考察を聞きながら、私はしみじみと思った。

どんな些細なことでも目を落とさずに拾いあげて新しい着目点を見付けては事細かに検証していく…。
そんな彼とする魔法の実験が私のひそかな楽しみのひとつ。

ユリウスさんとも前に数回、エストくんに同行して一緒に実験をしたこともあるのだけれど、彼は彼でまた違った視点で魔法の実験をする。
彼との実験も楽しいけれど……魔法に対する熱意があまりに激しくてどうもついていけなかったのは内緒だ。

私たちはわかったことや疑問点などを言い合い、最後に小さなメモに小さく書き記すと、お互い荷物をまとめ、立ち上がる。


「……今日は手伝っていただいて、助かりました」

「別に、……大丈夫…だよ。エストくんと一緒にする実験……私、すごく……楽しくて、好き……だから……」


だから、ありがとう。
私は頭を下げて、彼いわく誰にでも考えていることがわかりやすい顔を向ける。
するとほんの一瞬だけ、エストくんの表情が柔らかくなった……気がした。
うん、やっぱりエストくんは優しい人だ。


そのあと、私たちはお互い次の授業が始まるからと、湖に背を向けて校舎を目指した。
そして、次の授業も自習になったというのは別の話。


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