02

部屋の空気の波が揺れているのを感じて、沈んでいた意識が浮上する。
重たい瞼を開け、意識が冴えない中ゆるゆると体を起こし、空気を揺らした原因をぼうっとした目で見つめた。
視線の先には一匹の蝶がひらひらと部屋を旋回している。
その蝶はきらきらと青い光を放ちながら、私の方に進んできた。
私は蝶に向かって手をのばし、メッセージを再生させる。


《ごきげんよう、ルミア。急な連絡で申し訳ありませんが、あなたにお願いしたいことがありますの》

青い蝶……パピヨンメサージュから聞こえるのはミルス・クレアの守護役の一人で教師でもある、ヴァニア先生の声だった。
……先生のお願いって何だろう………?
拒否権、ないんだろうなあ……と、胸の内で呟く。


《この度、我がミルス・クレア魔法院へ編入することになった生徒と現在、大ホールに向かっているのですが―――》


……編、入…?
この、時期に………?
…あれ……そういえばさっき先生、大ホールに向かってるって言ったよね?

普通なら学長室で管理職についているイヴァン先生とヴァニア先生に挨拶するだけ……の、はず。
でも、編入生の人は先生たちと一緒に大ホールへ向かってるって言ってたから……たぶんその編入生の人は、正式な編入試験を合格して編入許可を貰ったんじゃなくて、なにか事情があってここに編入してきたってこと……だよね。
だって大ホールを使うってことは、そこでイヴァン先生かヴァニア先生かのどちらかが大掛かりな魔法を使うってこと……だと思うし……。
それに大ホールは、行事や式典の時以外は滅多に使わずないはずだし…………。

頭の中で思考を巡らせていく内に、だんだんと寝ぼけていた頭が覚醒していった、が、


《―――――。ですから、あなたは今すぐあたくしたちのいる大ホールへ来てもらいましてよ》


ひとしきり喋り終わると、青い蝶を象ったパピヨンメサージュは淡い青の光を拡散しながら空気に溶けるように消えていった。
……どうしよう、話……聞いてなかった。
…………とりあえず、急いで制服に着替えて、大ホールに行かなきゃ……、だよ、ね?
私は、若干顔を引き攣らせながら急いで身支度をしていった。


急いで大ホールに向かうと、中から先生たちの声と女の子だと思われる声が聞こえてくる。
良かった……、どうにか間に合ったみたい。

私は、扉の前で深呼吸をする。
どうか、編入生の人が……怖い人間じゃありませんようにっ………!!
心の中で願掛けをしながら、何度か深呼吸を繰り返して緊張をほぐすと、小さく「よしっ」と気合い、大ホールの扉を叩いた。
すると中から、入れと声を掛けられ、私は手を扉に当て、ゆっくりと押し開いた。

中にはやはり、イヴァン先生とヴァニア先生、編入生らしい女の子の姿が目に移る。
……中に入ったはいいけど……、どこにいればいいの、かな……?
先生たちの横……とかに並んでいた方がいいの、かな……?
なんて考えつつ、私はびくびくしながら中央にいる3人のところへ向かい、先生たちに挨拶をしてから、編入生だという女の子の方へ体を向けた。
すると、イヴァン先生はうむ、と頷いてから、再び口を開いて編入生の女の子に話を続けた。


「そなたには明日より己の属性を見つけてもらうことになるのだが、期限がある」


……?
己の属性を見つける……?
途中で入ってきたから、話がぜんぜんわからない。
一体どういう事なんだろう……?
私はチラリと女の子を見た。
女の子は困惑したような表情で首を傾げていた。


「期限、ですか?」

「うむ。期限は明日より半年の間とする」

「もっと期限を長くしちゃダメなんですか?」

「言い方が悪かったかしらね。属性を探すまでの期限はあなたの誕生日まででしてよ」

「私の誕生日…?」

「さよう。そなたはあと半年で16になると聞く。人間の歳で16になるともなれば大人と認められる歳になったということ。16の大人になって、そなたが無属性のままだというのなら、…もう自分の属性が変わる見込みはないと我輩は捉えておる」


……無、属性………?
聞こえた単語に思わず、耳を疑った。
まさか、無属性の人が編入してくるなんて思ってもみなかった……。
私と同じ……無属性……。
……でもあの子は、人間………なんだ……よね…………。


「……まあ、いきなり半年の間に属性を見つけろなんて言われてあなたも大変でしょう?なので少しでもあなたの属性が見つかるように、こちらからサポート役をご用意致しましたわ」


ヴァニア先生はにっこりと効果音がするような笑顔で私をチラリと見る。
……ま、まさか…………。
サ、サポート役……って、……私のこ、と……?
でも…………この女の子は……人間、……なん、でしょ?
私は顔が青くなるのが隠せてないだろう。
カタカタと体が震えそうになるのを抑えるにいっぱいいっぱいだもの。


「こやつの名はルミア。……そなたと同じく無属性の者じゃ」


えっ……?という戸惑う気配が目の前から感じる。


「驚くのも無理はなくってよ?無属性の者なんてそういませんもの」

「じゃが、こやつは少々そなたとは事情が違う」

「……?事情が、違う……?」

「この者はそなたと違って、魔法を使っても律が歪むことはないのじゃが、」

「え!?でも、さっき無属性だと基盤の属性がないから正しく魔法が発動しないって……」


そう、普通の人間の場合は、属性を基盤に据えて魔法を使う。
……でも、私は…………普通の人間じゃない、もの………。


「そこにいる彼女はあなたのような純粋なただの人間ではありませんの」

「異種族婚で生まれた者じゃ。最近ではさほど珍しい存在ではあるまい?」

「異種族婚……?」

「この魔法院には世界中の魔法や不思議が集まっておる。こやつのような混血児は、この魔法院にごろごろとおるわ。まあ、その話は置いとくとして―――」


確かに、私は異種族婚で生まれてきた。
私は純粋な人間じゃないから……無属性の私でも、魔法の律は歪まずに発動……できる、けど………。
私は誰にも気づかれないくらいの小さなため息をついて、先生の話を待った。


「明日より5日間、そなたには特別授業を受けてもらう」

「と、特別授業…ですか?」

「ええ、特別授業ですわ。この5日間であたくしたちがあなたに基礎の基礎をビシビシ叩き込みましてよ。まさかとは思いますが、世界一の魔法学校と誉れ高いミルス・クレア魔法院が、地方の魔法学校と同じレベルだとは………お思いではないでしょう?」


ひんやりと、一瞬だけ冷たい空気を感じた。
ヴァニア先生はきっと、綺麗な笑みを浮かべながら言ってるんだろうなあ……。
…………怖すぎて笑えない、けど……。
だって……今の言葉の中に、とげとげした毒が混じっていたような気が……。


「しかし…明日より五日間特別授業を開始してそなたに基礎を叩き込むことにするにしても、だ。些か不安が残るのでな、何かあったらこやつに頼むと良い」

「彼女はあなたと同じ無属性なのですから。きっとお互いに何かしら得るものはあるんじゃないかしら。…ふふ、仲良くしてあげてね?」


先生たちの言葉に私はそっと目を伏せる。
だって、……私と仲良くしようなんて……普通は思わない、もの。
それに……私も仲良くなれる気がしない。
彼女は人間で、私は………―――
…………?
私は………、何?
……私って、…………何なの……?


「はいっ!…私、頑張ります!いっぱいいっぱい勉強して、自分の属性を見つけてみせます!だから…、よろしくお願いしますっ」


最初見たときとは想像もつかないくらい、元気のいい挨拶をする女の子。
キラキラと彼女の大きな目が輝いていて……まぶしい、って思った。
彼女は先生たちに頭を下げて挨拶を終えると、私の方に歩いてくる。
私は、えっ…?と驚いて目を瞬いていると、彼女は私に向かって、はいっと手を差し出した。


「初めまして!私、ルルっていうの。よろしくねっ」


え……?
驚いて、思わず何度も彼女の顔と差し出された手を交互に見る。
どうして彼女は挨拶したんだろう…?
私と仲良くなっても良いことなんて、ないのに……って自分で思っているのに……。

それなのに、…………なんで、だろう……?

気が付いたら、私は自分から彼女に向かって手を差し出して、出された手をそっと握っていた。
……なんとなく、だけど…………彼女なら、信じられる、……って思った。
だから、そう思った自分を信じてみようと思って、小さくだけど声を出して挨拶をした。


「、ルミア……です。よろしく、です………っ、ルル、さん……?」


すると彼女……ルルさんは、にっこりと笑顔を浮かべる。
…………どうして、……私に笑いかけてくれるんだろう……?
私は戸惑ってしまい、彼女から視線をそらした。
私に、ルルさんみたいな綺麗な笑顔を向ける人間は少ないから……慣れてない。
でも……戸惑いはあるけど、嬉しいって思う気持ちもやっぱりある。
だから、私も頬が自然と緩むのを抑えないでルルさんに視線を再び合わせた。



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