17

寮の中庭には大きな花壇があり、寮の入り口前の扉からだと、一面花畑が広がっているように見える。
まるで七色の虹をつかって貼り絵をしたかのように、様々な色が散らばっているのが本当に綺麗で、たまに意味もなく花壇に立ち寄っては観賞してすることがある。

今日もまた新しいお花があるかなあとか、
この間植えられていた苗は芽が出たかなあとか、
そんな他愛もなにことを考えながらゆっくりと花壇を見回っていると、緑色のローブと銀色に輝く何かが視界の掠めた。
あれは……、エルバート先生とビラールさん?

2人はどこかに向かっている途中らしく、何か話ながらどんどんコチラの方に足を進めている。

私はしゃがんでいた状態から立ち上がると2人の方に向けば、2人は私に気付いたらしい。


「おや、そこにいるのはもしかシテ……」

『こんにちは、ビラールさん、エルバート先生』

「あ、ルミアさん。どうも、こんにちは」


2人に挨拶しながら会釈をしようと頭を軽く下げた。
すっと頭を下げる時、エルバート先生が握っている大きな……鋏かな?
細長い刃がぎらつく、それが目に飛び込んできた。

じーっとそれを見つめていると、私の視線に気づいたらしくエルバート先生は、これが気になりますか?と苦笑を漏らしながら言うので、頷いて説明を求めた。


「これは剪定するための専用のハサミです。これから庭木のお手入れをしようかと思いまして……」

『剪定……?プーペじゃなくて先生が、ですか?』

「えぇ。いつもは庭師プーペたちにやってもらっているのですが、今日はメンテナンスがあるようで……。イヴァン先生が庭師プーペたちを一旦回収しているんです」


そっか、庭師プーペたちがいないから先生が剪定するのか。
明らかに木の手入れに使うような、大きな鋏を持っているからちょっと驚いたけれど、理由を聞いて納得した。


「庭木を整えているところ、ワタシはあまり見たことがありまセン。なのでエルバート先生とご一緒させてもらっているのデスが……、もし時間があるのでしたらルミアも一緒に見ませんカ?」


ビラールさんはニッコリと微笑みながらルミアと一緒なら楽しそうデスと一緒に見学することを提案した。
確かに時間はあるし、剪定しているところなんて見たことなかったからちょっと興味もあるけど……、


『……でも、私も一緒に行ったら作業の邪魔になりませんか?』

「別に大丈夫ですよ、ルミアさん。さすがに危ないので生徒に剪定をさせるわけにはいきませんが、見ているだけでしたら問題ありませんよ」

『じゃあ、せっかくなのでビラールさんと一緒に見学させてもらいます』


そう伝えるとエルバート先生は頷いて、では行きましょうと再び歩き始めた。

先生に連れられて行った先は校舎脇……外壁の一角だった。
太く大きな木が連なっていて、これら全てに手を加えるとしたら骨が折れる作業になりそう……と心の中で呟く。

エルバート先生は少し離れたところから見ていてくださいね、と私たちに声をかけると木に近づいて回りをぐるぐるしながら木の様子を確認していく。


「エルバート先生。センテイ、とはどういうことをするのですカ?手に持っているモノはとても大きいハサミに見えますガ……」

「これは剪定専用の鋏です。剪定というのは枝葉を切って外見を整える……所謂お手入れのことを言います。木のお手入れは、今言った剪定をしたり、育ちが悪い枝葉を取り除いて木が十分に生育できる環境を整える作業をします」

「木を間引いたり、枝を切ったりするということデスか?なんだかカワイソウな気がしマス」


ビラールさんはエルバート先生が言った手入れの作業を聞いて、驚いたような表情で訊ねた。
そんなに驚くことだろうかと一瞬考えるが、彼はファランバルドの出身だということをすぐに思い出す。

ビラールさんの祖国、ファランバルドは周りを砂漠で囲まれているところだ。
土地柄、降雨が極端に少なく植物がほとんど生息していない。
おそらく彼の国では希少な植物を間引いたり切ったりするという発想がないのだろう。
ビラールさんが驚くのも無理がない。


「はは、確かに草木を切ったり抜いたりするのは可哀相かもしれません。ですが、不要な枝を残したままにしておくと、正常な枝の成育を妨げてしまいます」


例えば……、と言いながらエルバート先生は木の根に視線を落とす。


「この木の根元を見てください。根元から立ち上がる枝があるのがわかりますか?」

「はい。不思議なところから枝が生えていマスね」

「こういう枝を【ひこばえ】と言います。ひこばえがあると、根に蓄えられている養分が吸い取られてしまいますし……、そこにある主幹から勢いよく伸びている長い枝も、木には良くありません。養分をとって成長し、自分や周囲の樹形が乱れてしまいます」


指差したところに視線を投げると、確かに隣の木に陰を作っていて日照が悪くなりそうだった。


「歪んで育った草木は自分と周囲、両方の成長を妨げます。長い目で見ると間引くような作業も必要なんですよ」


エルバート先生は優しく微笑みながらビラールさんに説明すると、くるりと体を翻し木に向かい合った。
そして今さっき指摘した問題のある枝に鋏をあてがい、そのままバサリと枝を切り落とす。

切り落とされた葉が奏でる音をバックに、私とビラールさんは剪定の作業を見つめていた。




数日後。
エルバート先生が手入れを行った木々がある通りに足を運んでみる。

普段は木の手入れがしてあるところを注意深く見たりしないし、ましてや何処に手入れが施されているかもよくわからなかった。
だけどあの日見に行ったあの一角だけは印象に残っていたから、すぐに気付いた。


「みんな……元気、そう……」


パッと見るとイマイチわからないけれど、前見たときと比べてみると辺りがみずみずしくなっているように感じた。
木の下に生えている草を見れば、一本一本が太く、青々とした色を発しながら風に揺れている。

手入れをした一帯は、見た目もだけど纏う空気も綺麗に感じた。
木に目をやれば歪んだ枝や痛んだ葉など、木の成長の妨げになるようなものはなく、スラリとした姿をしている。

不要な枝を残しておくと、正常な枝の成育を妨げてしまう。
先生が言った間引く理由。

言っていた意味も理由もちゃんとわかっている。
だけど、なんとなく気分が悪くなった。


「大丈夫デスか?チョット、顔色が悪いように見えマス」


ぼーっと道中に立っていると横合いから声をかけられ、顔を向ける。


「なんだか悲しそうデス……。何か嫌なことでもありまシタか?」


『ビラールさん……』


腰を屈めて目を合わせる彼に、私は大丈夫です、と答えてから視線を木に戻す。


「確か、この間手入れをした木デスね。前に見たときよりもイキイキしてマス」

『すごく元気そうですよね』

「ルミアは嬉しくないのデスか?」


私の返事に違和感を感じたらしく、ビラールさんは首を傾げた。


『嬉しくないわけじゃないです。ただ……、』

「ただ?」

『この木たちはどう思っているのか……、声が聞けたらいいなって思ったんです』


私に声を聞く力があれば、聞いてみたかった。
綺麗になって、ちゃんと成長ができるようにと自身を切り落とされて……それをどんな風に感じているのか。
それを良かれと思ってやっている私たちのことをどう思っているのか。


「ワタシの祖国、ファランバルドでは植物を間引いたり切ったりしまセン」


横目でビラールさんを見れば、目を細めて切なそうな表情をしていた。
植物がとても少ないから、というのもありマスが……と言いながら風で揺れる木の葉を見つめながら続ける。


「ドレかを生かすためにドレかを殺す……そういう発想はファランバルドにはナイものデス」

『……生命力が強い者が生き残るのが自然の摂理、この世は弱肉強食だとよく言います』


何かを得るためには何かを犠牲にしなくちゃいけない。
自然界においてそれは当たり前のことだけれど。


『みんなが仲良く生きられるように……共存できればいいですよね』

「ハイ、ワタシもみんなが仲良くデキたらいいと思いマス」


それきり、私たちは言葉を紡ぐことはなく、そのまま自然と別れた。

私は寮に戻る道をまっすぐ歩きながら、さっきのことを思い返す。


『みんなが仲良く生きられるように……共存できればいいですよね』


「仲良く、……共、存……」


言葉を声に出してみる。
さっきのは、ビラールさんに向けて言っていたはずなのに……なんでだろう?

まるで自分に言い聞かせていたように今更感じて、苦く思った。
抱き抱える媒介の鏡をぎゅっと力を込めてきつく抱え込んだ。



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