16

そのことに気付いたのは、ほんの些細なことがきっかけだった。

私がミルス・クレアに来てもう三ヶ月が経った。
時間が過ぎるのってほんとに早い。
三ヶ月といったら最初に先生たちから言われた、半年という期限が半分も過ぎてしまったということ。


「うーん……、魔法ってすごいものだろうけど、ただ楽しいだけのものじゃないのかも」


勉強すればするほど、魔法は奥が深いんだなってことが最近わかった気がするの。
だけど勉強すればするほど、最初に思ってた魔法のイメージが変わってきている気もするし……。

私はぼんやりと魔法のことを考えながらなんとなく外を眺めていたら、見知った姿を目が捕らえる。
思考を一旦止めて、その人物を見つめた。


「あれってルミアよね?」


外壁の辺りを歩いているあの生徒は、きっと彼女だ。
私は声を掛けようと息を吸うが、はたと気付く。

私が今いるところは建物の中……しかも、上の階にいるからここからルミアに向かって叫んでも気付くかどうかわからないよね……。
というか、気付いたとしても周りの人達に迷惑がかかっちゃうもの、やらない方がいいよね。

吸った息をゆっくり吐き出しながら、彼女の姿を視線で追っていてからふと思った。


「……そういえば、ルミアって湖や寮のある外壁は通るけど、東側の外壁を通っているところは見かけたことがないかも?」


なんでだろう……たまたま見かけたことがないだけ、なのかな…?
私はルミアから視線を外して、場所を移動する。
長い廊下を歩き、数回角を曲がってから止まる。
そして窓を覗き込んだ。

下の外壁の方に顔を向けて、何かあるのかなーと目を凝らしていると赤い髪が一つの場所に留まっている姿が目につく。

……ラギなら、何か知ってたりするのかな?


夕食の時間、食堂に向かうとラギに会った。
一緒に食べよう、と誘ったら丁度空いてる席がないらしく、ラギは私の前に座り、プーペから夕食を受け取る。


「あ、そういえば……」


ラギと最近あったことを色々と話していて、ふと今日の外壁のことを思い出した。


「ねえ、今日ラギが外壁の辺りでじっとしてるのを見かけたんだけど、何か考え事でもしていたの?」

「まあ、考え事っちゃ考え事だな。……あの辺りに鳥の彫像があるだろ?」


ラギに言われて、あの辺りを思い返してみる。
そういえば、あったような気がする!
確か……、


「胸に大きな傷のある像よね?」

「そこから離れねー鳥がいるんだよ。だからあの彫像を自分の仲間だって、勘違いしてんのかと思ってな」


ラギがしばらくあの場所にいたのって、鳥さんと彫像が気になっていたからだったのね。

あの彫像、まるで本物みたいだなって思うくらい精巧な造りをしているの!
だから私も目を引いてたし、あの通りを歩いたら必ず彫像を見ていたからくっきりと記憶に残っていた。


「実はすごい芸術品だったりするのかな?」

「んなこと俺が知るかよ。ムダに骨董品集めてるノエルなら、ああいうのに詳しいんじゃねーか?」

「あ、確かにノエルなら詳しそう!」


なんとなく像のこともきになるし、今度ノエルに聞いてみようかなって考えてから、また一つの疑問を思い出した。


「変なこと聞くけど、ルミアがあの外壁の辺りを歩いているところって見たことある?」


ああ?と眉を寄せながらもぐもぐと口に肉を頬張るラギに、私はもう!だからね、ともう一度聞いた。


「あの彫像のある外壁の通り、ルミアが歩いているところをラギは見かけたことある?」

「あー……よく覚えてねーけど、そういや最近では見かけた記憶がねーな」


それがどうかしたのかよ、と聞き返されて、なんとなく思っただけだよって答える。


「まあ、俺が見かけてねーのはたまたまだったんじゃねーのか?」

「うーん、だけど私が編入してからあそこでルミアと会ったことないし、見かけたこともないわ」


でもラギの言う通り、たまたま見かけたことがないだけかもしれないよね。
ほんとは、どうなんだろう?


「そんなに気になるなら本人に直接聞いてみればいいじゃねーか。一々周りの奴らに聞く必要ねーし、手っ取り早いだろ」

「うん、そうだよね!」


うんうん、そうだよ!
わからなかったら直接聞きに行けばいいじゃない。
別に通らない理由を聞いてどうするってわけじゃないけど、気になるんだから仕方ないわけだし。


「ありがとう、ラギ!おかげで頭のもやもやが消えたよ!」

「あー、そーかよ。それなら礼はおまえのとこにあるその肉で良いぜ」


ラギは私の返答を待たずにフォークで肉をぶすっと刺し、掻っ攫っていった。
う、……プーペに頼んで新しいのもらってくればいいのにっ!


ラギと一緒に夕食を食べた日の翌日。
閉め切ったカーテンを開くと、眠りに落ちた空間をやさしく目覚めさせるような朝の光が飛び込んできた。
うんっ、今日もお天気が良いみたい!

気分をワクワクさせながら、身支度を慣れた手つきで着々と整えていく。
最初の頃は全然慣れなかったけど、今では意識しなくても体が勝手に動くくらいスムーズにやれた。
最後に鏡を覗いて確認っと……うん、大丈夫!


「準備もできたし、そろそろ出ようかな?」

「今日は朝から実技の授業ね。ルル、ちゃんと予習してきた?」

「うん、ばっちり!……イメージトレーニングなら」


アミィと話しながら、寮を出て魔法院まで続く通学路を並んで歩く。
お天気は快晴だし、風もなんだか罪深いぐらいの心地よさで……。


「授業をサボってお散歩したくなるぐらい、気持ちのいい陽気だなあ……」


起きたばかりなのに、気を抜くけばすぐに眠ってしまいそうになるくらい、うとうととしてしまう。


「ねえ、ルル?」

「え!?あ、ううん、さ、サボろうなんて思ってないよ!」

「何のこと?そうじゃなくて、あそこにいるの、ルミアさんよね?」

「えーと……」


アミィに指差された方に顔を向けて見る。
うん、確かにルミアの後ろ姿ね。
でも、あっちは学校の方向じゃないのに……。


「ルミアったら、どこに行くつもりなのかな?」

「ん……ひょっとして今日は、お休みしちゃうつもりなのかも……」

「お休みっていうと……、ひょっとしてサボり!?」


ルミアに限ってそんなことするはずは、って思ったけど、でも今日はこんなにいいお天気なんだもの。
私も少しサボっちゃおうかなって考えちゃったし。


「あ、ううん、そうじゃなくてね……」

「私、ちょっとルミアを連れ戻してくるからアミィは先に行ってて!」

「えっ、ちょっと待って、ルル!?ルミアさんは……って、行っちゃった。まったくもう……」


私はアミィの制止を聞かずにルミアが歩いて行った方の道を、走って後ろ姿を追い掛けた。

石畳の上をカツカツと鋭く鈍い音を鳴るのを気にせず、急いでルミアの後を追い掛けているんだけど――。


「ううっ、ルミアって進むの早くない?もう見失いかけてるんだけどっ!」


走っても走っても、ちっとも距離が縮んでいるように思えない。
ここは何処なのだろうかとか、魔法院から結構離れた場所に来てるけど授業に間に合うだろうかとか、今は全然考えてなかった。
とにかくルミアを追い掛けて、授業を一緒に受けることだけを考えて走る。
たぶん、それがいけなかったのだと思う。


「ルミア!待ってー!」


何しろ、自分が今どこにいるのかなど、気づきもしてなかったわけで。


「まだこっちに気づいてないのかな?あ、でも止まったみたい」


このまま一気に追いつこうと、更に足に力を入れてばたばたと走る。
ルミアまでの距離が、あと5m、4m……と縮まったその瞬間、ぐいっと強い力で体を引かれる。


「ルミアー……って、な、なになに!?」

「えっ……ルル、さん……?」

「君!ここは関係者以外立入禁止の区域だというのに、なんでこんなところにいるんだ……っ、」


ルミアが振り返ったのと、私が白衣を着た人に腕を引っ張られたのと、私の足が縺れてバランスを崩しルミアに倒れ込んだのはほぼ同時。


「きゃ……!?」

「っ……!?」


真っ正面から思い切りぶつかった私たちは仲良く地面とこんにちはを迎えて――ドンっと鈍い音が辺りに響いた。




「ルミア、ほんとに大丈夫?怪我してない?」

「う、うん……私は大丈夫、だけど……」

「…………」

「ご、ごめんなさい!研究員さんたちの邪魔はもうしませんからっ!」


ジロッと視線を寄越されて、しゃきっと背筋を伸ばす。


「……ううっ……、」


――あの後、白衣を着た人たちに囲まれて、たっぷりと怒られてしまった。

私たちがいたあの場所は黒の塔という場所の門前だったらしく、私は気付かない間に立入禁止だとされている塔の敷地内に入り込んでしまっていたのだという。

とりあえず、悪気があったわけじゃないことはわかってもらえたので今回は厳重注意だけで収まり私は解放された。
だけどルミアのことが心配で気になってくっついていたら、研究員さんたちも思うように動けないから今日のところは血液採集と診断書を書いたら帰っていいとルミアに告げ、いそいそと作業を進めていた。


「――――というわけでね、追い掛けてきちゃったの。ほんとに、悪気があったわけじゃないのよ」


ルミアの方の用事が終わり二人で魔法院に向かう間、私は事のあらましを話した。


「えっと…大丈夫だよ。私がルルさんたちに、ちゃんと…言っておかなかったのが悪いから…心配かけて、ごめんね……」

「そ、そんなルミアは悪くないわ!私がはやとちりしちゃったのがいけなかったと思う」


しょんぼりと肩を落とすルミアにあわあわと慌てる。
ごめんなさい、ごめんねの抗戦がしばらくの間ずっと続くからなんだかおかしくって、いつのまにか二人で笑っちゃった。


「なんか謝りあっててきりがないし、ここはお互い様ってことにしない?」

「うん、そうだね……このままだと、魔法院に着くまでずっと…謝り合っていそうだし……」

「ふふっ、そうかも。……ねえ、ルミア、そういえば、どうして黒の塔って所に行ってたの?」


なんとなく気になっていたから聞いてみたんだけど、なんだかルミアの表情が暗い気がする。


「……体を調べるため……」

「調べる?なにを調べてるの?」

「ごめんね、私もよく…知らないんだ……。前は私の体質…言霊について調べてたみたい……」

「みたい……?ルミア自身も知らないの?それに、言霊のことって……」

「…………たぶん、私の血筋が珍しいから…色々調べているのだと思う、けど……。言霊については数年前…急に、使えるようになったの……」


ルミアの言霊は、てっきり生れつきの体質だと思ってたから、言われた事にびっくりしちゃった。
でも考えてみれば確かに。
潜在する魔力が多い人がみんな、言霊を使えるようになるなんてそんなわけないよね。


「私の中に流れる半分の血が…原因だと思う……だけど、いくら調べても…結果が芳しくない、みたい……。他にも色々、普通の人と違う…変なところもあるし……」

「ええっ、私には違うところなんて全然わからないよ?」


じーっとルミアの体を見回すけど、違うところなんて思い当たらないけどなあ。


「声が、聞こえるんだ……」

「声……?」

「私の耳は普通の人よりちょっとだけ…聴覚が良いみたいで……」


ルミアは声を搾り出すかのようにぽつりぽつりと話し出した。
そういえば前にルミアがよく行く場所を聞いたとき、人が少ない場所が好きだって言ってたかも。


「……声も、足音や風の音も……聞こえる。人がたくさんいる場所は音が多いし、大きいから……苦手……」

「そうだったんだ……でも耳が良いだけで普通の人とは違うとは言わないんじゃ……?」

「……声は…人の言葉以外も理解、できて……動物たちが伝えたいことが、なんとなく、わかるの……」


ええっと、動物さんたちの気持ちがわかるって……ことは、つまりルミアは動物さんたちの言葉がわかるってこと!?


「すごい!ルミアは動物さんたちとお話できるってことよね?それってとっても素敵なことだと思うの!」

「!……あ、ありがとう……」


ルミアは困ったような、複雑そうな顔で私に笑った。
私は羨ましいなって思うんだけど、ルミアにとってはなんだか複雑みたい。
ラギも変身体質で困っているけど、異種族婚で生まれたハーフの人たちってみんなそれぞれいろんな悩みがあるのね。

私の故郷にも、異種族同士で結婚した人はいた。
その子はハーフだけど、見た目はラギやルミアと同じように、普通の人と区別つかない子だった。
その子から教えてもらったんだけど、ハーフだと子供の頃は片親と同じ姿で、成長すると自由に変身できるようになるんだって。


「だからね、もしかしたら、ルミアの言霊や聴覚も成長すれば自分の意志で制御できるようになるんじゃないかな?」


自分の意志で変身ができるようになるんだもの、自分の能力だってそれと同じように、好きに使えるはずよね。
私はそう思って口に出したんだけど、すぐに後悔することになった。


「……私、今は15歳で…ルルさんと同じ、今年で16歳になるんだ……」

「ルミア……?」

「16歳はもう…大人、なんだって……。大人はちゃんと、自分の意志で制御できてなきゃ…いけないんだって……」

「あっ……、」

「っ……ごめんなさい、私…授業、休みます……っ」


言ってすぐにルミアは走って行ってしまった。
深い部分に踏み込んでしまったことに気づいて、後悔の念が私にじわりと忍び寄ってくる。

ルミアが走り去るときに顔がちらっと見えたけど、いつもより心なしか表情が固くなってて、なんとなく怯えているように見えた。
その理由はきっと大人になる……16歳の誕生日を迎えること。

私も知っているんだもの、きっとルミアだってわかっているんだ、大人になる意味が。
ハーフの子が16歳になったらやらなければいけない、運命の選択。
きっとルミアはそれに怯えてるんだと思う。

……今日は図らずも、ルミアのことをいろいろ聞いちゃった気がする。
ルミアが抱えているもの全部を聞いたわけでも、知ったわけでもないけど……。


「私が思っている以上に複雑な事情があるんだよね、きっと」


あんまり、他人の事情に深く関わらないほうがいいんだと思う。
だけど、なにもしないで苦しんでいるルミアをただ見てることなんてできない。

私にできることなんてたかがしれてるけど、それでもルミアの力になりたい!
だって――


「――私とルミアは友達だもの。理由はそれだけで充分……そうだよね、おばあちゃん?」


大好きなおばあちゃんから貰った大切な杖。
それを翳しながら、私は奥に広がる真っ青な空を背景に杖を見上げる。
杖の先端にある宝石が太陽の光でキラキラ輝いていて、それが私の呟きに頑張れって言ってくれてる気がした。


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