15

最近、マシューさんの様子が変な風に見える。

そう思ったきっかけは、教室移動で廊下をすれ違った時。
ふらふらと足元がおぼつかない感じで歩いてて、今にも倒れそうに見えた。
なんだかほっとけなくて傍に駆け寄ったんだけど大丈夫だよ、の一言で済まされてしまった。
見ていて絶対大丈夫そうじゃなかったのに、彼は笑って答えるから渋々身を引いたけど、その時から私はマシューさんを心配するようになった。


「――で、それをなんで僕に相談するんです?」

「……エストくんなら、いい考え…思い付くかなって……」


たまたま席が隣になったエストくんを捕まえてマシューさんのことを相談したら、顔をしかめられた。


「マシューさん、なんだか顔色悪いのに……でも大丈夫だって…言うから……」

「……なんとかしてあげたい、と?」

「……だめ…かな……?」

「…………」


返答のないエストくんをじーっと見つめると、無言の攻防を諦めたのか、エストくんは小さくため息をした。


「……僕も今日、彼とすれ違いましたが確かにあなたの言う通り、いつもより顔色が悪いように見えました」

「エストくんからも…そう見えたんだ、ね……」

「ええ。ですが大方、寝不足か何かだろうと思って放っておいたのですが……」


と、言葉を区切って私の方を見る。
……ご、ごめんね…エストくん……。


「……彼に何かしてあげたいと思うのでしたら、安眠グッズでも渡してみたらいいんじゃないですか?」

「……うん…!……ありがと、です…エストくん……」


エストくんはとても投げやりな言葉で言ったけど、ちゃんと返事を返してくれた。
やっぱり、彼に相談してよかった……。
私はエストくんにお礼を言うと、そのまま私たちは別れた。


今日の授業を全て受け終わった私は、寮に戻る道を歩きながらエストくんからのアドバイスを参考にマシューさんに渡すものをひたすら考えていた。

エストくんの言う通りマシューさんが寝不足なのだとしたら、何をあげたらいいのだろう……。
安眠グッズってエストくんは言っていたけど、一言安眠グッズだと言われてもここ、ラティウムには沢山の魔法の品が溢れ返っている。

枕とか寝具類は人それぞれ好みがあるから、その類のものは一先ず却下だとして……。
……あとの安眠グッズといったら、ヒーリングやリラックス効果のあるものを渡すべきだよね。

私の手元にあるヒーリングやリラックス効果のあるものって言ったら精油やハーブ類だけ。
うーん……、男の人って匂いがするものってだめなのかな……。
アロマ系の匂いもやっぱり好みが別れるし……。

アロマ以外で使えるようなもの……っていったら、ハーブ類しか残っていない。
マシューさん、紅茶なら大丈夫、かな……?
ちょっと不安にだけど、他に渡せるようなものが思いつかないし……。
うん、ハーブにしよう。
紅茶以外にも一応、活用できるし。

そうと決まれば、早速用意して渡そう。
これ以上マシューさんの様子が悪くなる前に、なんとかしてあげたい。

私は足裏に力を込め、強く地を蹴ってまっすぐ寮へと向かった。




数日後。
私はマシューさんに無事用意したハーブを渡すことができたんだけれど、何日か経っても彼の顔色に大きな変化はなかった。
でもハーブを渡した時、マシューさんはうれしそうに笑ってありがとう、とお礼を言ってくれたから、一応喜んでもらえたのだと思う。
気休めでもいいから彼が無事に寝れるようになったらいいなあ。
そんな風に思った。


そしてマシューさんに差し入れを渡してから、しばらくの時間が経っていた今日、小さな異変が起きた。
私はラギくんと一緒に勉強……というより宿題をやりに寮の自習室に来ていた時のこと。

いつものように授業で板書した羊皮紙を広げて、ラギくんと問題を解いていたら、突然、頭がくらくらしてきた。
……何だろ、急に目が重たく感じる……。


「……あ?どうかしたのかルミア……って、おい!?」


大丈夫って言おうとしたけど、その前に私の意識はぶっつりと途切れた。。
そのあと、ラギくんから体を強く揺さ振られて私は目を覚ましたんだけど、びっくりした。
私が急に寝てしまったこともだけど、なにより――。


「……みんな、どうした、の……?」


私とラギくん以外の自習室にいる人たち全員が眠っていたことに驚いた。


「いきなり周りのやつらが眠りだしたんだよ。ま、1番早く寝たのはルミア、おまえだけどな」


呆れたような、からかうような軽い口調で説明するラギくんに私はほっとするような、申し訳なくなるような……そんな気分になる。
ラギくんにありがとうとごめんねを伝えたかったけれど、今はそれどころじゃない。
私たちはとりあえず、宿題を再開する前に周りの人を起こす作業をすることにした。


そして、この出来事はその日から頻繁に起こるようになった。
私とラギくんは元からあんまり自習室を利用することは少なかったから、関係ないといったらないんだけど、少し気掛かりだった。

このことをばったり食堂で会ったルルさんに相談すると、ルルさんもちょうどユリウスさんからその話を聞いたようで、気になっているらしい。


「私、今度の休日に自習室に行ってみようと思うの!」

「……え、…?」

「眠気の謎を解決できればいいなって思って……もしよかったらルミアも協力してほしいな!」

「……でも、私……きっと、ルルさんの…役に立てない…と思う……」


たぶん、だけどあの眠気の原因って魔法に関係しているのだと思う。
私が最初に眠った、ってラギくんも言っていたし……。


「……もしまた、あの眠気が……自習室を襲ったら私が…1番に寝ると思うの……」

「大丈夫!ルミアがいるってだけで私、すごく心強いって思えるもの!」

「ルルさん……」

「ねえ、だめかな?」

「…………」


私はじーっとルルさんに見つめられる。
なんだろう……この状況、微妙にデジャヴュを感じる。

ルルさんとの無言の攻防は、私でよかったら手伝わせてほしい、と私が言ったことにより休止付が打たれた。



そして週末、ほんとに眠気の謎を解決させるためにルルさんはユリウスさんとラギくん、それと私を呼び出し、自習室に向かった。


「ユリウス、ここでいいの?」

「うん。……今は眠くならないけど」

「私も眠くならないけど、ラギとルミアはどう?」


自習室に着いた私たちは辺りを見回しながら、その場に立ったまま話す。
私はルルさんの質問に眠くないと答えるが、ラギくんは眠気を充分に感じている様子で目が据わっていた。
……まあ、ラギくんが眠い理由も目が据わっている理由も明白だけど。


「眠い。めっちゃ眠い。休みの日くらい昼まで寝てーのに、こうして朝から呼び出されてるしな」

「ご、ごめんなさい……!」


ラギくんはあんまり朝に強い方じゃない。
そして休日に早起きすることなんて滅多にない。
気持ちよく寝ていたところをたたき起こしたりすれば、ラギくんの場合……じゃなくても誰だって機嫌が悪くなるんじゃないかな、なんてちょっと思った。

もしエストくんを無理矢理起こしたら、絶対零度の笑みを向けられながら長々と嫌味を言われそうな気がするし……。
なんてボーッと考えていたら、突然、耳に大きな衝撃が襲った。


「っ……!?」


あまりに大きな音だったからわからなかったけど、廊下の奥から聞こえてきたらしい。
爆発音が自習室に反響して耳鳴りがする。


「今の爆発音……、あっちから聞こえたみたいだ。とりあえず廊下に出てみよう」


ユリウスさんはそう言って自習室の扉を開けると廊下一面、視界が煙で悪くなっていた。
すると廊下から聞き覚えのある女生徒たちの驚いた声が聞こえる。


「ちょっと!なんなんですのこの煙……は……」

「ごほごほ……あ、あら?なんだか眠たくってしょうが……な……」

「むにゃ……もう、食べられない……」


ユリウスさん親衛隊、だっけ?
シンシアさんたちは確かそう名乗っていたような……。
3人は悲鳴めいた驚きの声をあげるけど、それはすぐに寝息へと変わって、その場に倒れる。


「た、大変っ!」


3人に駆け寄ろうと扉から身を乗り出そうとしたルルさんをラギくんがすぐに制止する。


「バカ、下手に近寄んな!これ、ただの煙じゃねーぞ!おい##NAME1##、こいつを抑えて―――」


ラギくんがこっちに振り返りってなにか言うけど、私は音が耳からすりぬけて、何も聞こえなかった。

そして―――


「ルミア!?」


意識が途切れる寸前の、私の記憶に残っていることは、私に駆け寄ろうとしているルルさんの姿だった。




私が目を覚ました時には、ほとんど事件は解決していた。
体を揺さ振られて、目を開けると辺りに広がっていた煙がなくなっていて心配そうな表情のルルさんがいた。


「よかった……、目を覚ましたのね!」

「ルル、さん……?」

「ルミアったら、いきなり倒れるからびっくりしちゃった」

「ご、ごめんね……!すごく……眠、…く…て……」

「ああっ、また眠っちゃだめー!」


眠くて目を閉じようとした私をがくがくと、再び揺さ振るルルさん。
うーん……、煙はないけどまだ眠い……。

眠たい目を擦って、無理矢理意識を覚醒させながら、ルルさんの後をついて歩く。
ルルさんは私を呼びにきたらしい。

ルルさんに案内された場所は自習室の隣にある実験室だった。
実験室に入ると、さっきよりも眠くなってふらふらするけど、頭をぶんぶん振って眠気と戦う。


「おいおい、大丈夫かよ?」

「う、ん……だい、じょ、ぶ………眠い…だ、け……」

「俺には全然大丈夫そうに見えないけど……もしかしてルミアは魔法耐性が弱いのかも」


ふらふらしながら立っているとユリウスさんが支えてくれた。
ありがとうございます、と鏡に文字を浮かべようとしたけど眠くて上手く魔力を鏡に込められない。

私はユリウスさんが言うように、魔法耐性が他の人と比べて弱い。
だから自習室で眠気が襲ってきた時は1番に眠ってしまったし、さっきの煙が部屋に充満する前に倒れてしまったのだ。

やっぱり、危惧した通りルルさんたちの役に立てなかったなあ……。


「、…………」

「まだふらふらしてるけど大丈夫ルミア?」
「…………」


こくり、と頷いて答える。
ユリウスさんには、あとでお礼を言うことにしよう。
今はほんとに集中できないから無理みたいだ。


どうして私をここに呼んだのかとルルさんに聞こうとルルさんの方に顔を向けると、そこにはルルさんと眠っているマシューさんがいた。

どうやら自習室で起きていた眠気はマシューさんが原因らしい。
ラギくんは全員集まったみてーだし、マシューのやつを起こすぞ、と言ってマシューさんを起こしにかかった。

マシューさんを起こし意識がはっきり戻ったのを確認してから、私たちは彼にここで何をしていたのか聞いた。
マシューさんいわく、この実験室で眠り薬の調合をしていたとのこと。
そして、薬の調合はうまくいっていたが……うまくいきすぎた、らしい。


「僕まで眠くなっちゃって……ふと気付いたら鍋の中身が爆発して、煙がすごいことになっちゃったんだ」

「と言うことは、もしかして……最近自習室で眠る人が増えていたのは、マシューが眠り薬を作っていたから?」

「……そうかもしれない。でも、爆発したのは初めてだよ。凍中火草を混ぜたのがいけなかったのかな……」


悲しそうに眉を垂らしながら、肩を竦めるマシューさんは反省しているようで申し訳なさそうにしていた。


「でもマシュー、どうして眠り薬なんて作っていたの?」


ルルさんが首を傾げながら聞くと、マシューさんは苦笑を漏らしながら答えた。


「ユリウスは遅くまで勉強するからね。ずっと明かりがついてても、騒がしくても眠れるようにって、薬を用意しようかと思ったんだ」

「そ、それって……」


ルルさんがゆっくりとこっちを振り返る。
その表情はなんだか引き攣っているように見えたのは気のせいではないはず。
ユリウスさんは疑問付を飛ばしているが、私とラギくんは一緒に頷いた。

本当の原因は、ユリウスさん……だよ、ね?
私は初めて以心伝心というものを体感した。

ともあれ煙は早めに収まったため大きな被害は出なかった。
だけどいろんな人を巻き込んでいたため、マシューさんは先生に怒られたらしい。

……マシューさんが無事に眠れる日がきますように、と祈りつつ私は自室に戻って寝ることにした。


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