14

落ち着きのある淡いオレンジ色の光が部屋中を照らし、そこはかとなくリラックスができる空間が生まれている。

久しぶりにきた図書館は以前と変わらず静かで落ち着いた雰囲気が漂っていて、うっかり気が緩んでしまいそうになる。
息を深く吸い込めば、鼻孔を伝って身体中に独特の香りが染み渡って、ついほっと熱っぽい息を出してしまった。

辺りに目をやれば、どこを見ても一面本が広がっていて、部屋の中央には階段あり上の階に繋がっている。
大理石でできた階段は、ランプの光を反射させてキラキラと照り輝いていた。

その光に目を細めながらふと気付いた、……ずっと入口に立ちっぱなしだったことを。
周りに人がいるわけじゃないのだけれど、なんとなく恥ずかしくなる。
慌てて入り口から歩を進めて図書館の奥に入って行き、中央の階段をのぼって行く。

中央に設置されているのはこの膨大な量の書物を管理・検索するためのブースであり、そのシステムを円滑に運営する存在である図書館の主――パルムオクルスがいる。

パルムオクルス、通称パルーは一見ただの鳥のように見えるが、実はイヴァン先生が作り出した魔法生命で本物の鳥ではないのだという。
……といっても、このことはイヴァン先生が公表しているため周知の事実であるので逆に知らない人の方が少ないのだろう情報だったりする。


「こんにちは、……パルーさん」

「クルックー」


そんなパルーさんと私は普通の人よりもちょっと仲が良かったりする。
図書館のお手伝い要員的な意味でだけれど、パルーさんとはよく会うから他の生徒よりも格段に接触する機会が多い分、以前よりもたくさん話すようになったのだ。


「パルーさん、今日は……なにか手伝えるようなこと…ありますか?」

「……ホーホケキョー……、」


私が尋ねると、若干呆れたような乾いた声で返答するパルーさん。
返事と同時に、検索ブースの奥に設置されている石盤に大量の紙の束が現れる。
それを見てつい呆気を取られそうになった。
……相変わらず紙の量が減らないなぁ、なんて思いながらその紙の束――いや、むしろ山と表現したほうがしっくりくる――を手に取り、持ち上げ、作業の出来る適当な机へと向かう。

こんな量の紙が生まれる原因はきっといつものように彼なんだろうな、と考えながらパルーさんから出してもらった貸し出し中の本の一覧表と延滞期限と貸し出し相手が載っている一覧表を照らし合わせながらちまちまと確認していく。

そして作業を開始して数分後、自分の予想と違えてないことがわかり、痛む頭に軽く手を当ててため息をついた。
これでいったい何度目になるんだろうか、と思いつつ制服のポケットから魔法具を取り出した。


どれくらい時間が経ったかはわからないけれど、山のようにあった紙の束が半分を切ったところで私の集中力は途切れた……いや、途切れさせられた。

突然ぽん、と軽く肩を叩かれ、反射的に体がびくりと跳ねる。
叩いた相手を見上げれば、そこには私が今まで格闘していた相手と言っても過言ではない人が立っていた。

私は机のわきに置いていた鞄から魔法媒介として使っている鏡を取り出すと、鏡面を相手に向けて話掛けた。


『こんにちは、ユリウスさん』

「あ、うん。あのさルミア、今手が空いてるかな?」


私が今まで戦っていた大量の紙の原因であるユリウスさんは控えめに尋ねてきたが、その目はキラキラと輝いていて問答無用だと言っていた。

私はチラリと背後にある紙の山を見てから、ふと思い付く。
ユリウスさんの用件が終わってから、私からこの紙の山の事を伝えれば仕事の手間が省けるんじゃないかな?
そしたらパルーさんも他の当番の人も苦労しなくて済むだろうし……。
うん、それなら――――


『少しだけでしたら……』

「ほんとに?よかった、助かるよ」


そう言って彼はついて来て、と一言呟くと足早に奥の本棚に向かって行く。
それを慌てて追いかけていくと、本棚の前にしゃがみ込んで本を取り出しているユリウスさんの姿が目に入った。


「この本のことでルミアを連れて来たんだけど……、」


彼は取り出した本を私に手渡し、言葉続ける。


「この本、開けないんだ」

「……?」


開けない本?
手渡された本に視線を落とす。
渡された本の表紙は、なにも書かれていない。
これだとぱっと見、なんの本なのか判断できない。


「紙に年期が入っているように見えるから、結構古い本だと思うんだよね」


確かに断面から見えるページはよれていて黄ばんでいるところから、古い本だということがわかる。


「君ならなにかわかるかなって思って連れて来たんだけど……どうかな」

『こんな本があるなんて初めて知りました。えっと……私もこの本を開けることは出来ないみたいです』


試しに私も本を開けようと表紙に手を掛けるが、やはり開けなかった。
この本には高度な術式が施されているらしく、本の表紙に付けられている錠を見ると強い魔力を帯びていた。

こういう魔法具は専用の鍵以外で開けたら中身が白紙になって消えてしまったり、中身が書き換えられたりしてしまうことがある。
だから無理矢理こじ開けるようなことはあんまりしないほうがいいんだけど……この本に少し引っ掛かりを覚えた。

わざわざ鍵をかけるってことはそれなりに重要な文献だったり、禁書に指定されるくらいの機密事項なんかが書かれているんだろうけど……。

ならどうして、そんな鍵をかけるほど重要な書物をここに置いてあるのだろう?
ここは1階で、一般の生徒が自由に貸し出しを許可されている場所だ。
普通、封印が施されているような本なんかは特別な資格や許可がないと借りれないような場所にあるはずなのに。


『ごめんなさい、ユリウスさん。力になれなく…………あれ?


視線を本から離してユリウスさんがいた場所に戻すと、そこには人影などなく、彼は既にいなくなっていた。
…………なんだろう、このやるせないというか虚しい気持ちは。
私は机の上に置いてあるあの山を思い出して、乾いた笑いが出てしまいそうになった。


結局、あの紙の山を全て処理し終わったのは明るかった空が真っ暗になっている頃だった。

確認の作業が一通り終わって、紙をパルーさんのところに運び込んだ時に今日知った、あの不思議な本のことがふと頭に浮かんだ。
図書館の主であるパルーさんなら……知ってるよね?


「パルーさん……!」

「……?」

「あ、あの……実は今日、鍵が掛かっていて開けられない本があったんですけど……何か知ってますか?」

「クルックー」


パルーさんは一鳴きすると、検索ブースに数冊の本が現れる。


「……これは……ファランバルド語の……辞書?」


手にとって中を開いてみると、ラティウムではあまり馴染みのない言語とその言葉の翻訳がずらずらと書かれていた。
他の本に手を伸ばして中を見たけど、中身の内容は全てバラバラで違っていた。

だけど全ての本にはみんな共通してファランバルドにまつわることが書かれている。
それじゃあもしかして……、


「あの本は、ファランバルドの……?」

「クルックー」

「あの……、わざわざ教えてくれて……ありがとうございます、パルーさん!」


ぺこりと頭を下げてお礼を言うと、今出した本が瞬く間に消えた。
パルーさんからのヒントでわかった、あの本の正体。
あれがファランバルドに関する本だと言うのなら鍵が掛かっている事にも説明がつく。

ファランバルドは魔法が認められていない国。
ファランバルドの言語で魔法について書かれているのだとしたら禁書として封印されていてもおかしくはない。
封印されていることについてはなんとなくだけど予想がついた、でも………、


「封印されている本が一階に置いてあるって……やっぱり違和感、感じる……かも」


頭がもやもやするが、今はそれどころじゃない。
すっかり夜遅くなってしまっているので急いで寮に戻らないと夕食の時間に間に合わなくなってしまう。
人気のない道を走り抜けながら、いつの間にか私の思考は不思議な本から夕食の心配へとかわっていた。

そして不思議な本のことをすっかり頭から離れていた私が、そのことを思い出すきっかけとなったのは、その週の休日のことだった。

羊皮紙が残り少ないことを思い出し、買い足しておこうと常連の魔法具店に訪れたときのこと。


「………?」


レジの前に並んでいるショーウインドーの中にある数々の魔法具。
その中で一際私の目を引いたのは一つの鍵だった。

濃い魔力を宿し、ファランバルド独特の模様細工が他の魔法具との異色さを引き立たせている。
別に魔法具なのだから魔力を宿しているのは当たり前。
だけどこの鍵が宿す魔力には少し覚えがあった。

どこでだっけ……?
この鍵と対になるような錠前なんて知らないし、ましてや持っていない。
じーっと見つめて頭を捻ってみる。


この鍵は魔力を持った、れっきとした魔法具。
こういう魔法具には専用の対となるものがある。
……別に普通の魔法具のはずだ。
でも何かが引っ掛かる。

鍵……。
金色の、魔法具……。
模様がファランバルド風だって事以外は至って普通の、魔法具……。

……って、あれ……?
ファランバルド風の…魔法具……?
明らかにおかしい組み合わせだ。

なんだかこの鍵を見ていると、つい最近知ったあの本のことを連想させられて妙な気分になる。

……そういえば、あの開かない不思議な本。
パルーさんからのヒントでファランバルドの本だということがわかった、あの本。
確かマジックロックが掛けられてる錠前が付いていたよね……。

…………。
………………。
……魔法具の鍵と、魔法具の錠前。
……ファランバルド風な鍵とファランバルドの本。
いやいや、まさか……ね?
と、思い浮かんだ一つの可能性を否定してみるけど……なんか当たりな気がする。

私は予想外のエンカウントに軽くショックを受けながら、仮面の店員さんに声を掛けた。


私は買い出しを終え街から魔法院に戻ると、外はまだ日が高く、ポカポカと陽気な光が差していた。
まだ昼間だし……夕食までの間、少し図書館に行くくらいの時間はあるよね?

私は制服のポケットからさっき買ったばかりの鍵も取り出す。
ちょっと図書館に行って、この魔法具で合っているか確認したい……かも。
……もし合っているなら、出来れば中身も見たいなあ……。

そう思ってすぐに図書館に訪れた。
今日は休日のため、平日の時よりも図書館を利用する人が少ないように見える。

ガラガラの図書館に足を踏み入れ、例の本のところに向かう。
すると、本が置いてあるはずの棚の前に見覚えのある人達がいた。


「……?そこにいるのは……誰ですカ?」

「あれ……もしかしてルミア?」

「え……、ほんとだ!こんにちは、ルミア!」
「あ、……こんにちは、です……」


本棚の前にいたのはビラールさんとユリウスさん、ルルさんの3人だった。
どうやら目的も私と一緒だったらしく、あの開かない本を取り出して囲んでいる。


「ねえルミア。もしかしてルミアもこの本のことで来たの?」


どうやってこの本を開けるか今話してたところだったの、と困ったように言うルルさんに頷いて、床に置いてある本を覗き込む。


「アナタなら、どうやってこの本を開けマスか?」

「解錠の魔法で開けるか、錠前を破壊するかで今三人で話し合っていたところだったんだ」

「なにかいい案とかないかな?」


キラキラと期待の篭った目で見つめられる。
……ど、どうしよう、あんまり期待されても困る……!


「えっと……いい案、かどうかはわからない、です…けど…………これ……」


私は握りしめていた鍵をルルさんの手の上に載せる。


「これって……鍵だよね?」


手渡した鍵をまじまじと見つめるルルさんに、隣にいたユリウスさんの瞳が変わった。


「これは……、ただの鍵じゃない。かなり高度な技術で作られた魔法具だ!マジックロックを不正な手段で開けると中身が消滅することもあるから鍵を使うのが1番なんだ!」

「な、中身が消滅!?」

「これだけ厳重に封じられてた本だし文章を消したり書き換えたりするような魔法がかかってる場合もあるんだよ!」

「そ、そうなんだ……!すごい、お手柄だねルミア!」


早口でまくし立てるユリウスさんに若干たじたじになるけど、嬉しそうに笑うルルさん。


「あり、がと…ルルさん……でも、この鍵が正しいものかは……わからない、よ?……だから試すのは危ない、かも……」


似たような魔力を感じたから買っただけで、この鍵が錠と対になる魔法具だという確証はない。
だから不安だなって伝えたら、そんなことないよ!とルルさんに言われた。


「この鍵が正しいものかどうかは、やってみないとわからないと思うの!それに私たちが何もしなければ、この本はずっと開かないままでしょ?」

「……俺もルルの意見に賛成かな。試してみる価値はあると思う。もしその鍵がこの本についてる錠前と対になるものじゃなかったとしても、そのときは違う方法を考えればいい」

「そうデスね。錠を壊すような魔法を使えバ、本が傷んでしまうカモしれないデス。そうなるくらいなら、ルミアの持ってきた鍵を使う方が良いと、ワタシは思いマス」


それに……、とビラールさんはニッコリと笑いながら屈んで私に視線を合わせて、再び言葉を続ける。


「ワタシは期待できると思いマス。その鍵の模様、ファランバルド風。祖国でよく使われていマス。今も昔も」


なので安心して下サイ、大丈夫、大丈夫…と頭を撫でるビラールさんに、それじゃあやっぱり正解の鍵かもしれないわ!と目を輝かせるルルさん。

これはもう試すという選択肢しかない気がするのは……気のせいじゃない、よね?
私はじーっと見つめてくるルルさんに向かって、苦笑いを浮かべたままの表情で頷くと、彼女は嬉しそうに笑う。

そして4人で顔を合わせてから、彼女はゆっくりと鍵を錠前に差し込んだ。




結論から言うと、私が入手した鍵は正解だったらしく、無事に解錠することが出来た。
そしてあの開かない本の中身は全てファランバルドの言葉で書かれており、内容は魔法の基礎的なルールが書かれてあった。

ユリウスさんいわく、この本が書かれた頃は、これが最先端の研究だったんだろうとのこと。
確かに、とても古い本だったから彼の言葉には信憑性がある。

禁書としてはいまいちピンとくるような内容ではなかったけれど、どうして封印が施されている本が一階に置いてあったのかがわかって、個人的には満足だなって思っていたら隣で……あれ?と不思議そうな声が聞こえた。


「ねえ、ここ。余白に走り書きがあるわ!まるで後から書き足したみたい」


ルルさんは、そう言って走り書きされている部分を指差す。


「これは……、持ち主の想いデス。彼の生きた時代、ファランバルドでは魔法を学ぶ者が迫害を受けたようデス」

「迫害……?」

「はい。今も偏見はありマス。少し。この本の持ち主は魔法を勉強するために、留学してたようデス。……ワタシと同じ」


ビラールさんはそう言って、悲しそうに目を伏せた。
迫害……。
あまり気分のいい話じゃなくて、なんだか気が滅入りそうになる。
そんな私の様子に、ルルさんは心配そうにそっと声を掛けてくる。


「大丈夫、ルミア?なんだか顔色が良くないように見えるけど……」

「!……あ、…大丈夫、だよ……」


ちょっと悲しいなって思っただけなの、と続けて返答する。


「……【魔法が祖国を豊かにすると信じて自分はこの地で研究を続けたいと思う】…………」

「……え?」

「走り書きの……続き。そういう風に…書かれてる……みたい」


ファランバルドの言葉で書かれたこの一文。
たった一文なのに、この本を書いた人はなんて強い人なんだろう、って……漠然とそう思った。

本に書き残されていた言葉から、とてもとても大切なものを教えてもらったような気がした。
そう言葉を漏らすルルさんに、私も黙って頷く。

私もいつかはこの本の著者の人みたいな強い人になれたら……と胸のうちで呟きながら、本を棚に戻した。


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