13

ミルス・クレア魔法院の一角に存在するとある教室。
そこは校内の生徒からは滅多に注目されることはないけど、それなりの功績や歴史を残す部活の部室だ。
本来なら規定の人数が揃っていないため部活ではなく愛好会という名が正しいのだけれど―――に私は所属している。

新魔法具開発部―――名前の通り魔法具をより使いやすく便利なものに改良開発したり、新しい魔法具を制作したりするのを主な内容として活動している部だ。
校内では目立つような部ではないけど、ラティウムの住民からはそれなりに知名度がある。

なにせラティウムの街中にある魔法具の大半はここミルス・クレア魔法院の新魔法具開発部が創作している。
開発した物の安全面の確認や不具合が生じないようにラティウム魔法省が人員を派遣して点検しているし、私たち開発部も毎月確認しているためラティウムの住民からの知名度や支持はあつい。
……校内ではいまひとつ、名前はかろうじて聞いたことがある程度の認識なのだけれど。


校内で一番有名で生徒から支持されている部といえば新聞部だと思う。
彼らが毎月発行するミルス・クレアタイムズはみんながこぞって新聞を手に取る。
それくらい人気だ。
記事の内容も毎回違うし、ちょっとしたニュースから大事件になりかけたニュースまで、校内の至る所で起きた出来事を取り立てている。

だけど、生徒から人気な新聞部には多くの謎がある。
新聞部の顧問や部長の存在が表に出てこないところが一番の謎だが、彼らの実態を知る人はいないと言われるくらい、彼らの情報は少ない。

それに比べると私の所属する新魔法具開発部は謎めくような要素もあまりないと思うし、メジャーでもマイナーでもない普通という言葉がしっくりくるような部だ。
部長や顧問だって一応公表しているし、部活内容だって一般公開している。
……謎めく要素がない分、魅力がいまひとつ足りないのかも……?


私は新聞部のことをよく知っているわけじゃないから彼らのことはなんとも言えないけれど、新魔法具開発部の部員数は片手で数えられるくらい、他の部活と比べると少ない。
というより、部員らしい部員の数がわからないのだ。

基本この部は各々が独自に魔法具を改良・開発もしくは新しい魔法具案を提案・制作して、それを部長や顧問を通じて実験・検証していくシステムになっている。
だからこの部は集団ではなく個人で活動するところがあるため、余計に生徒たちから人気がないのかもしれない。
それによほど開発に熱中できるか、自分の腕に自信のある者もしくは自分の腕を磨きたい者でないとここは少々辛いものがある。

いつ付けられたのかは知らないけれど暗黙のルールと呼ばれるものがこの部には存在し、ここへ入部するなら血と汗を魔法具へ注ぐことを辞さない不屈の精神を持つことを定められている。
それくらいすさまじい部活なのだ……表立って言われることはないけれど。


ちなみに新魔法具開発部の顧問はエルバート先生で、私が一応肩書きだけの部長をやっていたりする。
どうして肩書きだけなのかと言われれば、それは単純に部長だった人が急遽ミルス・クレアから中退してしまったから。
そのため部長の引継ぎなど曖昧なまま最近まで存在していたのだが、それではいけないとエルバート先生から形だけの部長でいいからやってほしいと頼まれたため肩書きだけの部長をやっているのだけれど実際は平部員のときと変わったことはない。
自分の好きなときに好きなものを好きなだけ作る。
私はある意味気楽で自由なこの部活が好きだ。

私は授業が全て終わったあと足早に教室から出て、もうじき仕上がる作りかけの魔法具を完成させるべく部室へ向かった。


「やあ、遅かったじゃないか」

「こんにちは、ルミアさん。どうぞ、こちらへ」


部室の扉を開くとそこにはにっこりと柔らかい笑みを浮かべて椅子を用意するエルバート先生と、いつもと同じ得意げな表情を見せるノエルさんがいた。
エルバート先生がいるのは別に不思議じゃないからいいとして、問題なのは後者のノエルさん。
何故ここに?と訊ねようと鏡を抱える両手の指先に力をこめるが、はたと理由に気づいて止めた。
彼がここにいる理由は随分と前から知っていたじゃないか、と反省した。

いつの頃からだったかは正直覚えていないけれど、半年以上も前のことだったと思う。
今日のように、私が部室へ訪れて魔法具の制作を行っていた時のこと。
滅多に人の出入りがないこの部屋に突然彼が来たのだ。
何の用なのだろうかと聞いたら、彼はふふんと自信有り気な表情で片手に握り締めていた小さな紙を私の前に見せる。
その紙には見覚えがあった。
これって―――


『魔法具の実験の……確か、人員募集の広告だったような……』

「あぁ、そうだとも。今日新聞部が発行したミルス・クレアタイムズにこの広告が挟まっていてな!これを見て開発部まで来たんだ」


そう、確かにそれは毎月発行されるミルス・クレアタイムズで一緒に配るようお願いして入れてもらった広告だ。
だけどそれは……、


『あの、わざわざ部室まで来てもらって申し訳ないんですけど――』

「別にお茶の用意などしなくても構わないぞ」

『いえ、そうじゃなくてその広告……』


これははっきり言っても平気なのだろうか?
なんだか楽しみにしているように見える。
だけどそれがすごく居た堪れない気持ちになって、私は視線を彼から少しずらしてから告げた。


『先月のものだから、申し訳ないんですけど……募集は終了してます』

「…………」


私はちらりと視線を彼に戻してから、急いで視線を外した。
どうしたらいいのだろうか。
あんまり人と話したことないから……笑顔のまま顔色悪く硬直された時ってどうしたらいいかわからない。
心の中で思わずラギくんとエストくんに助けを求めるが、だからといって別に状況が変わるわけでもなく、私たちの間に……というか部室に重い空気が生まれた。


「…………」

『…………』 


しばらく時間が過ぎても硬直したままの状態から変わらない彼に私はだんだん可哀相に思えてきてしまった。
だからつい、言ってしまったのだ。
今思えばこれは失言だったのかもしれない。
でも、その時はなんとか彼に元気を出してもらいたくて必死だったのだ。


『あの、もし良かったら私の作っている魔法具の実験をやりますか?』

「!?……し、しかし募集期間はとうに過ぎているのだろう?」

『私の作ってる魔法具、先月はまだ完成してなかったから実験もまだなんです。だけどもうすぐ完成しそうだし……それまで待っていてもらえるんだったら……実験の手伝いをお願いしたい、な?』


嘘は言っていない。
魔法具の制作も最終確認のようなものでほぼ完成した状態だし、自分じゃなく他人からの評価とか意見も欲しいと思っていた。
それに自分自身を実験台にしたくない、という気持ちも少なからずあったりもする。
だから私にとっても悪い話じゃないし、彼もそれを望んでいる。
所謂、利害が一致しているのだから問題はないのだ。
ただ本来なら今回のように唐突に実験の申し出をされても作品が仕上がってない場合が多いため中々申し出を受け入れることが出来ないのだが、まぁ先月のものだと知らなかったようなので仕方ないといえば仕方ない。
そして彼は青くなっていた顔が嘘のように消え失せ、パァアと効果音が聞こえてきそうなくらい顔を輝かせて私の申し出に頷いた。


この出来事を境に彼――ノエルさんは度々部室を訪れるようになった。
ちなみに募集広告の有無に関係なしで、だ。
そんなに楽しかったのだろうか?と首を傾げるが喜んでもらえたのなら私だって嬉しいと思える。

だがさすがに毎回来られるのは正直……勘弁してほしかった。
はっきりと来ないでくれと言うのも失礼というか……事の発端は私のいい加減な発言のせいなのだから私がとやかく言える立場ではない。
それに迷惑かと言われればそれは違うし、彼の(少し空回り気味だけど)気遣いは純粋に嬉しいと思っている。
だたし、それなりに節度というか……TPOを考えて欲しいだけで。


魔法具の制作は一朝一夕というかのように取り掛かってすぐに完成するわけではない。
魔法具は芸術品だ。
絵や彫刻だってじっくりと時間をかけて作り上げていくのと同じように、魔法具も完成するまでにはたくさんの時間が掛かる。
そして制作中は神経を研ぎ澄ませながら作品に集中して、一人でもくもくと作業を進めていくものだ。

そのため毎日来られても手持ち無沙汰なため彼がここにいる意味はないし、こっちも人が一人いるかいないかで神経への負担の差が微々たるものではあるが変わる。
勿論一人の時よりも彼が来た時な方が作業がはかどらない。
だから日を空けて来るように言ったら、何故か作品が出来上がる頃合いを見計らったかのような絶妙なタイミングで彼は部室を訪れるようになった。


そして今回もまた、いつもと同じように魔法具の実験に参加するのが目的なのだろう。
私はエルバート先生が用意してくれた椅子に座って、制作中の魔法具を手に取り、見回していると彼は後ろから覗き込んで魔法具を見つめる。


「もうじき、また新しい魔法具が完成する頃合いなのだろう?」


私はノエルさんに視線を向け、頷くと再び視線を魔法具に戻す。
刻んだ魔法陣が律として編み込まれているか、魔法具そのものに宿した魔力や属性は十分に足りているかの確認だ。
私が作業をしている間、ノエルさんは私の傍を離れ、エルバート先生に私が作っている魔法具はどんなものか尋ねていた。

最初の頃は私に直接聞いていたのだけど、魔法具から手が離せない状態の中、魔法媒介である鏡で会話するのは困難だったため、いつからかエルバート先生に尋ねるようになったのだ。
エルバート先生は部室に散らばる魔法試薬や資料として借りてきた大量の図鑑などを片付けていた手を止め、彼の質問に口を開いた。


「ルミアさんが作っているのは魔石を使った動物たち用の目印です」

「魔石を使った目印……?」

「ええ。最近ミルス・クレアの校内へ裏山に住んでいる動物たちが入り込んで来てしまっているようで……」

「確かに僕も今日、外壁の辺りで動物たちを頻繁に見かけたな」

「それが悪いわけではないのですが、ミルス・クレアではいつ何が起こるかわからない場所です」


そこまで言うとノエルさんはエルバート先生が何を言いたいのか理解したらしい。
なるほど、と言葉をこぼして先生の言葉に続けた。


「動物たちを巻き込まないように、か……」


それじゃあ今回の実験では僕が彼女に手伝える事はあまりないみたいだな、と呟く彼にエルバート先生は乾いたような…気まずいという雰囲気を含んだような、そんな声を漏らす。


「事の始まりは僕が効力の強い魔石を紛失してしまったからなので、なんだか彼女には申し訳なく思います」


姿が見れないからわからないが、おそらく困ったような表情でいるのだろう。
彼の声色は、その表情が思い浮かぶくらい暗かった。


「もしかしてハーメルンの魔石の事ですか?確かルルからその話を聞いたような気がするな」

「ええ、そうです。ルルさん達のおかげで大きな被害が出ることなく、迅速に解決する事はできたのですが……あまりに強い効力を持つ魔石なので、どうやら弊害が生じているみたいで……」


ハアと大きなため息をついて言葉を途切らせる。
相当思い詰めているようだ。
そしてぶつぶつと小さな声で生徒に事件の後始末をやらせているなんて……僕は駄目な大人です、と話し出す。

私は確認をし終えたので視線を魔法具からエルバート生徒に移すが私の目に入ったのは、ノエルさんの足元にしゃがみ込んで今にも泣き出しそうなくらい悲壮感を漂わせた声でぶつぶつと言う姿だった。


「どうして僕はこうなんでしょうか……」

「いや、先生はもっと自信を持っても良いのではないでしょうか……ってなんで僕が慰めているのだろう」

「す、すみません。全部僕のせいなんです。……はあ」

『そんなに気負い立つ必要はないと思いますよ、先生』

「あ、ルミアさん……」


先生の目の前に鏡を差し出し、魔力によって書かれた文字を見せると彼は顔を上げてこちらを見る。
私は先生の隣に座り再び鏡を見せた。


『私は私が作りたいと思ったものを作っているだけです。それがたまたま先生の事件と被ってしまっただけです』

「そ、それは確かにそうかもしれませんが……」

『かもじゃなくて、そうなんですよ』


それに、と言いながら机に置いたままの私が作った真新しい魔法具を手に取ってノエルさんは続けた。


「先生は責任を持って魔石を厳重に封印すると言っていたと僕は聞いたのだが」

「ええ、それはもう。今度こそ同じ失敗をしないように厳重に封印をしておきました」

「だったらもう良いじゃないですか」


ふふん、と自信に満ち溢れた笑みを見せながら彼は私に手を差し延べて立ち上がらせた。


「先生がやるべき事、出来る事は全てやった。なら前の失敗など掘り返して自分を卑下する必要はないはずだ」

『それにノエルさんが手にしている魔法具は、先生の力があったから完成したんです』

「いえ、そんなことありません!魔法具を作ったのはルミアさん自身の力です。僕はただ作業に勤しむあなたを見守ることしか出来ませんでした」

『先生にとってはそうかもしれませんが、私にとっては違います』


前に古代種の先生たちから言われたことをふと思い出した。
私が新魔法具開発部に入部する頃に二人の先生は言っていたのだ。


「ルミア。あなたとエルバートって中々似ていますわ」

「………?」

「そうじゃな。そなたらはとても似通っておる。まあ根本は違うがのー」

「あなたは入学したばかりですし、まだわからないかもしれませんが……いつかわかる日が訪れるかもしれませんわね」



エルバート先生は魔法士を目指す人達にとっては憧れの対象である最高魔法士の資格を持つ人だ。
まだ若いのに誰もが羨む魔法の才能を持ち、最高位の力を手に入れている凄い先生。
授業だってとてもわかりやすいし生徒思いで、みんなから慕われている優しい人だ。

私は魔法士を目指しているわけではない。
だけど、少なからず私はエルバート先生に憧れの対象として見ている。
前にそれをラギくんやエストくんに言ったら二人して微妙そうな顔をしていたが、少なくとも教師として尊敬しているのは確かなのだ。

だからそんな人物と私が似ていると言われても全然信じられなかったし、わからなかった。
だけど今なら何となくだが、似ていると言われたところがわかる。

私と同じ――自分に自信を持てないところが似ているのだ。


『先生がずっと見守ってくれていたから完成したんです』


魔法具制作は、魔法薬の調合と少しだけ似ている。
魔法薬の調合は使う薬草の比率や手順を少しでも違えたら想像していた物と違う効能を持った薬や毒に変わってしまう、初心者には扱えない難しい技術だ。
同じように魔法具の制作も属性や魔力、制作目的に合った相応しい律を正しい形で刻んでいかなければならない。
二つとも技術がなければ作れないものだけど、それ以上に知識がなければ話にならないのだ。

私の持つ知識はミルス・クレアに来てから育まれてきたものだからとても少ないけど、エルバート先生は違う。
私とエルバート先生は生きてきた時間が違う。
彼と私の生きてきた間に蓄えられている知識の量は圧倒的な差がある。


『先生はいつも私が手詰まりになったらアドバイスしてくれます』


それは知識があるからこそ出来ること。


『先生が傍で見ていてくれているっていうだけでとても安心して作業が出来ます』


先生は何かが起こるのを未然に防いでくれる。
何かが起きたとしても解決してくれる。
そういう心の支えがあったから集中して作れた。


『先生がいたから完成したんです』

「ルミアさん……」


エルバート先生はしゃがみ込んでいた体を崩し、ゆっくりと立ち上がって私とノエルさんの方に向かい合った。


『だから先生はもっと自分を信じてあげて下さい』

「、……でも僕は……」

「自分を信じられないなら自分を信じてくれている人を信じればいい」


ノエルさんの力強い声に八の字だったエルバート先生の眉がみるみる変わっていく。
そして呆気を食らったような表情を一瞬して、すぐに笑みをこぼした。


「生徒に説かれる教師なんて僕くらいですよね」


言葉は卑屈なままだけど、声はさっきとは違って明るく笑いを含んでいた。
その声色に私たちの表情も緩む。


「二人とも、ありがとうございます。もっと自分に自信が持てるように頑張りたいと思います」

「ふふん、やはり人助けをするのは良いことだな!」


私たちは顔に笑みを浮かばせてしばらく笑っていた。
エルバート先生の顔を横目で盗み見ると照れたように頬を微かに赤らめながらも穏やかな表情をして笑っている。

先生が元気になって良かった、と人知れず安堵のため息をつきながら私はノエルさんに向き合う。
私の視線に気付いた彼は、ああ!と元気よく頷きながら先生へ指示を出すよう仰ぐ。
それを受けてエルバート先生はにっこり微笑みながら実験の注意点や手順を簡潔に伝える。
そして各自必要な魔法具と媒介を持って、私たち三人は新魔法具開発部と扉に小さく書かれている教室から揃って出て行った。


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