12

私がミルス・クレアに編入してから早くも一ヶ月が経った。
まだまだわからないこともびっくりするようなことも沢山あるけど、編入したばかりの頃に比べれば、だいぶこの魔法院に馴れた気がする。

少しはミルス・クレアの生徒らしくなってきてるのかも…。
そう考えたら、胸がほくほくと温まる感覚がして、ついつい顔が緩んじゃうけど気にしない。
私は緩む顔を治さず、弾むようにリズム良く足を進める。


次の時間は授業を取ってなかったから本当はお昼寝でもしようかと思ってたけど、今日は自習室に行って勉強しよう。
少しはミルス・クレアの生徒らしくなっていると感じても、周りの人達と比べたら私が持つ魔法の技術や知識、魔力は彼らと肩を並べられているとは言い難い。

私の魔法は、私が属性を持っていないから失敗ばかりしてしまうって先生たちが言っていた。
だけどそれを差し引いても、私はまだまだなのだと自分でも思う。

でも頑張って勉強をしていたらいつかはみんなに追いつけるって信じている。
自分の属性を見つけて、みんなと同じくらい魔法が使えるようになって……そして大好きなおばあちゃんのような、素敵な魔法使いになるんだから!
だから今は、自分に出来る精一杯のことをしよう。
弾むように進む足に、私は少しだけ力を込めた。

軽く小走りになっている足で図書館を目指していると見知った人の姿が映り、私は小さく、あっと声を漏らした。
私の視界に映った人は、編入当日に出来た友達で、私とおんなじ無属性の女の子。
私のサポート役として先生たちに紹介されたのが友達になったきっかけで、彼女にはアミィと同じくらいお世話になってる。


一週間、先生たちの特別授業を受けて最低限の知識や技術を叩き込まれたんだけれど最低限必要な知識や技術だけでは授業の内容が理解しづらかった。
でもその事を相談したら一緒にお勉強したり過去の授業で板書したノートを貸してもらったりと、学習面でお世話になっている。
ちなみに生活面ではいつもアミィにお世話になっているんだけど……私ってもしかして周りに迷惑がられてたりするのかな?

私は小走りになっていた足を緩めて、じっと視界に映る背中を見つめた。
最近ルミアの様子が変な気がする……というか、ルミアに避けられている。
前は頻繁に授業の前後でも話したり、勉強したりしてたのに今では会う回数が減っているのだ。

でも偶然かもしれない、よね……。
授業が忙しいのかもしれないし、勉強を頑張っているのかもしれない。
だけどそれは可能性の話で絶対じゃない。
私、嫌われるようなことでもしちゃったのかな……。

しゅん、と少し肩を落として視線を下に向けるけどすぐに顔を上げた。
もし、私が何かしちゃったなら謝って……どうして私を避けるようになったのか聞かなきゃ。
勘違いかもしれないけど、気になったのだから仕方ない。
わからないことをわからないままにしておくのって、少し気持ちが悪くなるんだもの!
私は再び足に力を込めようと大きく一歩踏み出して、さっきよりも小さくなった背中に向かって声を掛けようとしたら、どこからか聞こえてきた話し声に私の動きは止められた。

私はその場に立ち止まって辺りを見回すと、すぐに声の主が見つかった。


「―――なんだって。知らない人っていないんじゃない?」

「そんなに有名ー?」

「知らなかったの?あの天才エストと並ぶくらいここでは有名な話題でしょ!……ま、あの天才エストもそういう面では怖いわよね」

「うんうん、知らなかったわ!もう少し詳しく教えてほしいかも」

「?!……ちょっと、あなた誰?」


私がナチュラルに会話の中に入ると、訝しげにじろじろと見られる。
だけど、ここで引くわけにはいかないわ。
だって――――


「ねえ、さっきルミアの事話してたんでしょ?私、ルミアと友達なの。だから少し気になっちゃって……」

「あなた、あのルミアと友達なわけ?!」


訝しげな視線を向けていた相手が、今度は顔を青くしてするから私は思わず目を白黒させて声を掛けるが、相手は私の声を無視して口を開いた。


「あなた、今すぐあの子から離れたほうがいいよ!」

「え……?」


体を震えさせながら言われた事に、私の頭が着いていかない。
周りの人達もうんうんと頷いて同意しているけれど……なんで?
どうして離れなきゃいけないの?
ルミアは悪い子じゃないし、とっても優しいのよ?
そう言いたいのに、口から出たのは声になっていない、掠れたような息だった。


「彼女のいつも肌身離さず持っている鏡……あれって実はただの鏡だって知ってた?」

「あの子が魔法媒介として使っている鏡はね、本当にどこにでもあるような……なんの変哲もない鏡なのよ」

「だけどあの子は、《魔力を持たない》ただの鏡で魔法を使えるのよ?―――不気味だと思わない?」

「そんなこと……、」

「ないって言い切れる?魔力を持たない物を使って魔法を発動させるなんて……ただの人間には出来ないことなのに?」


厳しい口調で言われ、私は空いていた口を閉じた。
ただの人間では出来ないこと……。
確かに、私たちは魔法を発動させるために欠かせることが出来ないもののひとつに媒介がある。
長年魔法を使っていれば自然と体に律が刻まれて簡単な魔法程度ならば媒介なしに発動させることもできるってエルバート先生は言っていた。
だけど、この人たちが言っているのはそういう事じゃなくて……。


「でもルミアは異種族婚で―――」

「だから?異種族婚で生まれた人なら誰でも媒介も使わずに魔法が使えるとでも言うの?」


そんなのありえないわ、と目の前の彼女は吐き捨てた。


「それなら……そうねラギはどう?あなた、あの子とトモダチなんだったらラギのことも知ってるでしょう?」

「ラギはドラゴンと人間の間で生まれた異種族婚だけど、魔法を使えないわ。媒介なんてあろうがなかろうが、ね」


怯えたような目で話す彼女たちに私は何も言えなかった。
ルミアの事を怖いとか気味が悪いとか、そう思ったわけじゃない。
ただ無性に悲しくなって……泣きたくなった。


「それにあの子の話はこれだけじゃないわ。あの子はね、ありえないくらい潜在している魔力の量が多いのよ」

「あの天才エストも、ここに関してはあのルミアと張れるわよねー」

「どういうこと?」


そういえば、さっきもエストがどうとかって言ってたような……。
私が聞くと最初から話す気だったのか、彼女たちは次々に口を開いていく。


「ルミアって喋らないじゃない。あれって、彼女が話す言葉全てに力が篭っているからなんだけど―――」

「あ……っ!確か……言霊だっけ?」


その話はビラールから聞いて知っている。
ルミアが話す言葉が言霊になっていて、人になんらかの作用が働くからむやみやたらと喋らないようにしているのはそのせいだって聞いた。


「あの子の言葉が言霊になっている原因って知ってる?彼女の身に宿っている魔力のせいらしいわ」

「自分自身の魔力が原因ってこと……?そんなことどこで知ったの?」

「古代種の先生たちが言っていたの。あの人たちいわく、身に収まりきれずに溢れ出る魔力が言葉と混ざって出てきているかららしいわ。言葉に魔力を無意識に篭められているから言霊として機能しちゃってるんだってね」

「彼女の言霊を無効化するにはラギみたいに強い魔法耐性を持っているか、あるいは彼女が持つ魔力と同じくらいの魔力を持っているかの二択らしいわ」

「それじゃあエストが張れるっていうのは……」


エストもルミアと同じくらいの魔力を持っているから、ってこと?


「言葉に魔力が混じってしまう程の魔力を持っているなんて、おかしいとは思わない?だって、あの子達は古代種じゃないのよ?だけど古代種に次ぐ魔力を持っている。それって―――気味が悪いとは思わない?」


彼女が言い終えた瞬間、私の堪えていたものが一気に外れて頭がカッとなった。
私は両肩に置かれている手を振り払って、目の前にいる彼女に向かって思い切り手を振りかぶる。
パンッと大きな音が鳴り、叩かれた人はバランスを崩して尻餅をつくが気にしない。
私はびりびりと痺れる手をぎゅっと握り絞め、キッと前にいる人達を睨みつけて怒鳴った。


「勝手なことばかり言わないで!ルミアは気味悪くなんかない、私たちと同じ普通の人間よ!」


シンと静かだった廊下に私の声がびりびりと反響する。
ここが廊下だとか今は授業中だとか私は気にする余裕がなかった。
だってこの人達は大事な友達を言葉の暴力で傷つけているんだもの、黙ってるなんて出来るわけない。
何を言われたのかわからない、そんな表情を一瞬だけポカンと浮かべるがすぐに私を睨み返して、叩かれた頬に手を当てて向こうも言い返してきた。


「っ、古代種でもないのに媒介も使わないうえに、膨大な魔力を持っている子が私たちと同じ人間?そんなこと、あるわけないわ!」

「喋らないのは身にあまる魔力のせい。媒介が要らないのも魔力のせい。―――なら、あの子がニコリとも笑わないのはなんで?表情ひとつ変えない人形があんたにとっては普通だと言えるの?」

「違うっ!!ルミアは笑わなくなんかない!ルミアにもちゃんと表情があるし感情があるの。だからルミアを……私の友達を人形だなんて言わないで!!」


一気にヒートアップした口論に、静かだった廊下がざわざわと騒ぎだす。
私は大声を出したせいで呼吸が乱れ、肩で息をしているが向こうも同じようだ。


「もう…いい、から………やめて……ルルさん………」


じりじりと一発触発な雰囲気が流れる中、この空気を壊したのは私たちの口論の原因となったルミアだった。
ルミアはゆっくりとこちらに近寄ると、ぎゅっと握り絞めていた私の手にそっと触れる。


「ルミア?!でも……、」

「ルルさん、ありがとう…………だから……、…もう、いい…よ……」


はにかむように笑うルミアに私は何とも言えない気分になった。
どうしてあの人達に何も言わないの?
いつから私たちの会話を聞いていたの?
なんで私の事を避けてたの?
聞きたいことも言いたいことも沢山あるのに……、喉が引き攣っていて声が上手く出せなかった。
私が黙りこくっていると彼女は眉を下げて困ったような表情をしながら私の手をそっと引いて、その場から私を連れて一緒に立ち去った。


あれからどれくらい時間が経ったのだろう。
気がつくと、周りの景色が緑一色になっていた。
私が目を瞬かせて辺りをキョロキョロしていると、小さな声が後ろから聞こえた。


「よかった……やっと、気がつい、た………?」

「ルミア……」


後ろを振り返ると、ほっしたような表情を浮かべたルミアがいた。
私が彼女の名前を声に出すが、出てきた声は自分でもびっくりするくらい、悲壮感が漂っていて…少し掠れていた。


「……ルルさん、声かけても返事が…ない、から―――」

「ご、ごめんなさいっ!!」


私は彼女の言葉を遮って頭を下げた。
突然の謝罪にルミアは何の事だかわからないといった表情で首を傾げているが、私は頭を下げたままもう一度謝る。


「わ、私…ルミアに何か嫌われるような事しちゃったんだ、よね?本当にごめ、っね……」

「あ、の……ルル、さん……っ?!」

「それに##NAME1##が傷つくような事…聞かせちゃった、し……っ、ルミアが周りからどんな目で見られてるのかとか、全然…か、考えた事っ……なか、っ、た……」


目からぽたぽたと涙が溢れ、嗚咽が出て上手く話せなくって……それが無性に情けなく感じた。


「だから…私っ謝りたいの……!ごめっ、ね……ルミア……」


そして、私の言葉が途切れたところで顔を上げるとルミアは苦しそうに表情を歪ませて私を見るが黙って話を聞いていた。
彼女の瞳は潤んでいるどころか、涙が溢れ返っていて今にも零れてしまいそうなくらい溜まっていた。


「あ、の……ルミア……?」

「………ごめ…、ね……ルルさん……」


顔を伏せながら消え入りそうなくらい小さな声で謝罪する彼女を、私は涙で濡らした瞳で見つめる。


「、ルルさんの迷惑……掛けてる、のかも、って……私に話し掛ける人、少ない……から……、だから…………ごめん、なさい……っ」


彼女は小さく震えながら、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
もしかして……私を避けていた理由は、私のため……?


「……迷惑、掛けたくなかっ、た……のに……!私のせい…で、……ルルさん、辛い思い……させちゃった……」

「、………っ」

「……だかっ、ら……ごめん…ね……、ルルさん…………」


ルミアの目から零れた涙がぽたぽたと地面に落ちていくのを見て、胸がぎゅっと絞まるような感覚に襲われた。
ルミアの言葉が途切れたところで、辺りは私たちの嗚咽や鼻の啜る音、風が草花を揺らす音以外なにも聞こえなかった。
2人とも黙ったままでいたけど、さっきの一発触発のような張り詰めたような空気の重苦しさや気まずさはなかった。
むしろお互いに心の中に溜めていたものを吐き出せてすっきりしたと言ってもいいくらい、私たちの周りの空気は清々しさで満ち溢れている。

そうして私たちの涙が止まった時には、空は辺り一面オレンジ色に染まりきっていた。
私たちは顔を見合わせると、自然に前へ歩き出して寮へ向かっていった。
さっきと同じように一言も話していないけど、やっぱり重苦しさや気まずさはなくて、気がつけばいつものように笑いながら私たちは話していた。


←prevnext→


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -