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魔法語学の授業を受け終えた私は、暇を持て余していた。
どれくらい暇かと言うと、夕食の時間になるまで午後の時間がまるまる空いているくらい。
ちなみに今はちょうど昼食を食べ終えたばかりだったりする。

ちゃんと必要な単位分の授業は受けているのだけど、周りの生徒と比べると私の受けている授業数は極端に少なく、今日の午後の授業に興味のある講義がなかったこともあって、こうして暇を持て余していたのだ。
……少々時間が空きすぎているように思えるのは決して気のせいじゃない、と自分でも思う。

そして更に付け加えるなら、魔法語学の授業の後に受ける予定だった魔法歴史学の授業が休講したのが主な原因だ。
だけど今日に限っては私と同じく午後の時間をどうやって潰そうかと悩む生徒も多い。
原因は言わずもがな、魔法歴史学の授業が潰れたから。


ここミルス・クレア魔法院では幅広い学問を学ぶことができる。
世界一の魔法学校と呼ばれるのも誰もが頷けるほど、沢山の知識が吸収できる機関はミルス・クレアより他に右に出るものはないだろう。
ただ、受講できる授業が多いだけに生徒たちから人気、不人気の授業がある。
なかでも不動の人気を誇る授業は古代種であるイヴァン先生の知識の授業、同じく古代種のヴァニア先生の魔力の授業、そして新米教師にしながら最高魔法士の資格を持つエルバート先生の技術の授業。
この3人の先生が教える授業は、ほとんどの生徒が出席しており、いつも教室が超満員だ。

あとは、オーソドックスな魔法薬学、魔法生物学、魔法歴史学などの授業を大抵の生徒は受講している。
そのため、今回のように急遽授業がなくなった場合、時間を持て余してしまう生徒が多いのだ。


今日の予定はどうしよう。
今から寮に戻るにしても、やることが見つからなければ意味がないし。
裏山に行けるのなら行きたいけどあそこは本来、先生たちから許可を貰わないと入れない場所だし……。
どうしようかとうんうんと唸りつつ外壁の周りを歩きながら考えていると、体に小さな衝撃を感じた。
俯き気味だった顔を上げてみると、誰かの体が至近距離にあって思わず数歩後ずさって距離を取った。


「大丈夫?どこか怪我してない?―――って聞かなくても、それだけ動ければ問題なさそうだよね」

「、………」


顔を覗き込むように腰を折って言う彼……アルバロさんに私は大丈夫ですと言う意味を込めてぶんぶんと首を振り、鏡を彼に向ける。


『ごめんなさい、アルバロさん。私がちゃんと前を見ないで歩いてたから……』

「俺も前をよく見てなかったから気にしないでルミアちゃん。それより、何か悩み事でもあるの?」


あんまり元気がないように見えたんだけど、と続ける彼に私は目を数回瞬かせてから、曖昧に笑った。


『あんまりたいした悩みじゃないんです。授業が潰れちゃって……どうやって時間を潰そうかなって――』


考えていたんですと続けようとしたら、それじゃあこういうのはどう?と楽しげに言う彼の言葉に遮られた。


「実は俺も暇なんだ。魔法物理学の授業を取ってたんだけど、あの先生の悪癖が出ちゃったみたいでさ……時間が空いてるんだよね」

『えっと、そうなんです…か?』


じりじりと笑顔を浮かべさせたまま近付いてくるアルバロさんにおたおたと反応を返せば、にぃと唇を吊り上げられる。
なんでだろう……嫌な予感がする。


「ルミアちゃん、俺と前に約束したよね?」

『約束……?』


なにかしたっけ……?
ううーんと記憶の糸を手繰り寄せてみるけど、思い出せない。
約束……アルバロさんと………約束……。
……だめ、全然思い出せない。


『ごめんなさい。私、アルバロさんとどんな約束をしたか覚えてないです……』

「それは残念だなあ。だけど気にしなくていいよ。約束だなんて言えるようなものじゃないしね」


アルバロさんはそう言って近寄る足を止め、肩をわざとらしく竦めた。


「前にルルちゃんとベターカードをしに娯楽室に行った日を覚えてる?その時に今度ルミアちゃんが当番の時に遊びに行くって言ったんだけど―――」


それも忘れちゃった?とクスクス笑いながら聞く彼に私は、はっと息を大きく吸った。
私の反応に彼は満足そうに目を細めて、手招きする。


「今からベターカードをしに行かない?ルミアちゃんとカードゲームする機会なんて滅多にないし」


それにお互い暇なんだし、大丈夫だよね?と聞いてくる彼に私は内心気まずさを感じながら、ぎこちなく頷く。


『私はあまり強くないので……つまらないかもしれませんよ?』

「へえ、そうなんだ?」


ふーん、と返事を返すアルバロさんに私は眉を下げる。
ほんとに申し訳なく思うのだけれど、私はベターカードが弱い。
……と言っても数える程しかやった事がないけど。
これまでの対戦した記憶で勝ったのはほんの数回で、圧倒的に負けた数の方が多い。
アルバロさんとは勿論勝負した事がないけど、ルルさんいわく強いみたいだし……。
あんまり相手にならないだろうから、きっとすぐに暇になっちゃうかも。
そんなことを考えながら、私はアルバロさんと寮に向かって歩いた。


私たちは学校から寮に戻ると、直ぐさま第一娯楽室へと向かった。
娯楽室へ通じる扉を開くと中にはチラホラと人が集まっている。
どうやら、考えることはみんな同じらしい。
チラホラと娯楽室に集まってゲームを楽しむ面々の中には、見覚えのある姿も何人かいた。


「結構人がいるけど……ゲーム盤はちょうど一台分は空いてるみたいだね」


よかったよかった、と笑う彼は私に向き直って楽しげに笑いかける。


『あの……行かないんですか?』

「ちゃんと行くよ。でもせっかくだしルミアちゃんに案内してもらおうと思ってさ」

『え、……あの……』

「当番の時は遊びに来た人の案内係をしたりするんだよね?ならちょうどいい機会だし、俺のこと案内してくれないかな」


そう言ってにじり寄る彼に、たじたじになりながら頷くとゲーム盤まで先導して行く。


『えっと……ゲーム盤の使い方の説明は要らないですよね?』

「うーんそうだなあ、せっかくだし復習も兼ねて聞いてみようかな」

『…………』

「冗談だから、そんな困った顔しないでよ。ルミアちゃんって打てば響く子なんだね」

『は、はあ……?』


意外だなーと笑うアルバロさんに、私は心の中でひっそりと呟いた。
アルバロさんって……ちょっと……意地悪な人……なんですね。
打てば響くって……あんまり褒められてる気がしない……かも……。

私が微妙そうな顔をしているのに気付いているのか彼はへらりと笑いながら、じゃあ早速やろうか?とカードを片手に持ちながら空いてるもう一方の手でゲーム盤に触れた。
私も続いてゲーム盤に触れると自分の分身が盤上に現れて、ゲームスタートの合図が流れる。
私はチラリとアルバロさんの様子を伺いながら、自分の手札から1枚カードを選んでセットした。








「ねえルミアちゃん。君、強くないって言ってなかったっけ?


眉を下げて、こちらを見るアルバロさんに私はこくりと首を縦に振って応えるが微妙そうな顔をされる。
ルミアちゃんって、意外と食わせ者なんだねーと零す彼に、私は苦笑しながら本当に強くないですよ、と返すが中々信じてくれない。

ゲームの結果は、私の勝ち。
最初はお互いまぐれかと思ってもう一度勝負したのだけれど結果は変わらず……妙な空気が漂った。
そして何度かやってみると、いつのまにかアルバロさんに連勝していて……何枚もの嘘つきカードが私の手に収まっていた。


「参考までに聞くけど、ルミアちゃんって誰と勝負してるの?」

『えっと、マシュー君とエルバート先生、イヴァン先生と…ヴァニア先生です』

……へえ……


マシュー君とエルバート先生には何度か勝ったことがあるんですけどイヴァン先生とヴァニア先生には一度も勝ったことがないんです……と応えながら、しょんぼりと肩を落としていると後ろから私たちの名前を呼ぶ元気な声が届いた。


「こんにちはルミア、アルバロ!こんな時間から娯楽室に……っていうより2人が一緒にいるなんて珍しいわね」


ひょっこりと肩から顔を覗き込んで、私が手に持つカードを見ようとするルルさんにアルバロさんが口を開いて逸らさせる。


「やあルルちゃん。授業が休講しちゃってさ、お互い暇だったからここでベターカードをやっていたんだ」

「そうだったの?実は私もなの!」


さっきまで街にお届けものを渡しに出て行ってたんだけど、戻ってきたら授業が休講になってて暇なの……と話す彼女に私はお疲れ様と声を掛けると、ルルさんは私が持っているカードに視線を送る。


「ねえルミアが持っているそのカードってなあに?」


ベターカード用のカードじゃないし、トランプでもないわよね?と首を傾げるルルさんにアルバロさんは困ったような笑みを浮かべた。


「ルミアちゃんが持ってるカードはね、ちょっと特別なものなんだ」

「特別……?」

「そう特別。あのカードはね、嘘つきカードって言うんだよ」


ベターカードで対戦して、同じ相手に3回勝つと1枚貰える面白い商品なんだ、と説明するアルバロさんにルルさんはへえーと相槌をしながら興味津々といった表情でカードを見つめる。


「具体的にどこが面白いの?」

「負けた相手からするとかなり最悪な代物なんだけどね。対戦相手が普段言わないようなことを話すカードなんだ」

「普段言わないようなこと……?」

「……例えば………マシューさんが、乱暴な口調で話したり……とか…………」

「うわあ、面白いかも!じゃあルミアが持ってるカードって全部アルバロの嘘つきカードなの?」

「う、うん……」


そうだよ、と言えばルミアって強いのね!と笑いかけられる。
ほんとに強くなんかないんだけどなあ……。


「まあルミアちゃんが普段から対戦している相手が相手だからね」


そう言って、アルバロさんは両手を上げて降参なポーズをとる。
マシューはともかくまさか古代種の先生たちとやってるとは思わなかったよ、と言う彼の小さな呟きにルルさんは驚いたような声を上げる。

……そんなに意外……なの、かな?
先生たち、ベターカードとか対戦ゲームの類が結構好きなんだけどなあ……という私の呟きはどうやら2人には聞こえていないらしい。
2人の反応を見てると……なんだか先生たちとゲームをしたこと、ないみたい……だよね?
……もしかして……先生たちとゲームしたらいけない、のかも…………。
うん、……次からは先生たちに誘われてもやらないように気をつけよう……。
私はひっそりとそう心に決め、手に入れた嘘つきカードを丁寧にまとめながら制服のポケットに仕舞った。


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