06
朝1番に授業をとっていた私は、パタパタと校内を走り教室に向かった。
今日は魔法生物学の授業だからすごく楽しみにしていたのに、うっかり寝坊してしまったからだ。
どうして魔法生物学を楽しみにしていたのかというと、勿論この授業が好きだからというのも理由のひとつだけど……もっと大きな理由がある。
この授業にも…………私の数少ない《言葉》を聞ける人がいるから……。
ううん……あの人はそれだけじゃない。
あの人は、私と似た境遇だから……なのかな。
一緒にいると、体がポカポカするんだ。
私と同じ魔法生物学の授業を取るのは、ひとつ違いの…今度は年上の男の子。
エストくんとはまた違うタイプの人なんだけど……一緒にいて落ち着くんだ。
私は教室に着くと、即座に扉を開ける。
すると思っていたよりも勢いがあったらしく、開けた扉が大きな音を立てて壁にぶつかる。
「…………」
教室の中にいた人の視線が私に集まる。
む、無言って………重い…………。
私は俯いて教室の中に入ると、私に近づいてくる人がひとりいた。
「……珍しく、朝から元気有り余ってるみたいだな」
「!……ち、ちがっ……そんなこと…ない、よ……」
「だろーな。……寝癖ついてんぞ」
そう言って笑うのは、私と同じ異種族婚で生まれたハーフドラゴンのラギくん。
彼ははじめてこの学院で私の《言葉》を聞いた生徒。
ラギくんはドラゴンの血を引いており普通の人間とは違い属性がひとつしか存在しないため魔法は扱えないけれど、他の人達よりもずっと強い魔法耐性を持っている。
だから彼はまだ上手く制御できてなかった頃の私の《言葉》を聞いても大丈夫だったらしい。
私たちはお互い異種族婚で生まれたこともあって、今では少し気を許して話せる仲になった………と思う。
「んじゃ、早く席に座ろうぜ」
「う、うん……」
少なくとも……彼が私を側に置いても大丈夫だと判断するくらいに。
それが嬉しくて、私も彼にくっついているのだけど…………たまに、……本当にたまにだけど申し訳なくなる。
彼は私と違ってたくさん友達がいるのに、私の側にいてくれるのが、すごく……申し訳ない。
だから前に無理して側にいなくてもいい、と伝えたこともあったのだけれど……言ったらすごく怒られた。
その時、………生まれてはじめて、喧嘩というものをした。
だからどうしたらいいのかわからなくって……気まずい毎日を過ごしていたけれど、何故か今も一緒にいる。
どうやって仲直りしたかはあんまり覚えてないけれど、お互い謝った記憶はある。
……確か、ビラールさんが仲裁してくれたんだっけ………?
すごく曖昧な記憶だけど、彼のおかげで今でもラギくんと仲良くさせてもらってる。
そういえば……ラギくんの敬称が『さん』から『くん』に変わったのって、この喧嘩がきっかけだったはずだ。
さん付けはむず痒いから呼び捨てにしろー!って言ってくれたんだけど……どうしても、呼び捨てに抵抗があったから……『くん』で妥協してくれたんだよね。
なんだか懐かしいなあ……と思い出に浸っていると、みんなガタガタと席を立って教室から出て行く。
……え…………どうしたん、だろ……?
私は状況が理解できなくて、周りを見回していた。
すると、隣から声が掛かる。
「おい、ルミア!……やっと気付いたか……?ったく何度声を掛ければ気が済むんだよ、お前は」
「あっ………ごめ、ん……」
「まあ、いいけどよ。もう授業終わったしさっさとここから出てくぞ」
ラギくんはそう言って私のマントの端を掴み引っ張っていく。
え、待って……今、嫌な言葉が聞こえた…………。
「授業……終わった………?」
「あん?なに寝ぼけたこと言ってんだ。もう授業が終わってんだからみんな解散してるんだろーが」
「…………」
私の反応が変だったのに気付いたのか、彼は歩みを止め、こちらを見る。
「お前にしちゃ、珍しく板書もせずにぼーっとしてたよな」
「………、……」
「………はあ、わかった。お前に俺が書いたやつくれてやるから落ち込むなよ」
「そっ、それは……駄目っ」
「あん?俺がいいって言ってるんだからいいんだっての」
「あ、………でも……」
「ったよ!お前に俺の書いた板書の写しを貸してやる!……これでいいだろ」
「う、うん…!…………あり、がと……ラギくん……」
「べ、別にっ。たまたま写してただけだしな」
そういって、顔をプイと背けて足を進める彼に笑みがこぼれた。
私たちはお互い次の授業はないため、このまま一緒に勉強することになった。
…………というより、私が彼の写した板書の内容を写させてもらうんだけどね。
それでどこで勉強するかって話になったんだけど、1番最初にあがったのは図書館。
だけど彼いわく、あんな本がたくさんあるところにいると頭がいたくなるから却下、だそうで。
次に校内にある自習室はどうだろうかと聞くと、お互い人の多いところが苦手なんだしやめとけ、との返答に確かに、と頷いた。
……となると、人がいなくて落ち着いて勉強できる場所といえば……もう限られていた。
私たちは校舎から出て、外壁沿いにまっすぐ歩いて湖へ向かっていたのだけど…………、
「くそっ……、なんであそこで転ぶんだよ、あの女………っ」
「ら、ラギくん………」
女の子とぶつかって、ドラゴン化してしまったラギくん。
まさか、湖に行く一歩手前の森の中に女の子がいるとも思わず、うっかり油断していたところで女の子とぶつかってしまったのだ。
ふよふよと力ない動きで空中に浮かぶ彼に私は謝ることしか出来なかった。
「っご、ごめん……ラギくん……。私が………授業、ちゃんと聞いてなかったから…………ごめん、ね……」
「別に、俺がこうなったのはお前のせいじゃねーだろ」
「………だけど…………っっ……」
「!?おっま、………な、泣くなよ」
でも……、と鼻を鳴らす私に彼は困ったように頭を抱えると、じゃあさ!と明るい声で話掛ける。
「腹が減ってヤバイから急いで食い物持ってきてくれるか?俺、あんまり動けねーからここで待ってるからよ」
「う、うん!……なるべく、急いで来る…から……死んじゃ、駄目……だ、よ…………?」
私は彼に言うと、急いで寮を目指した。
私は、急いで寮に戻りプーペさんに平謝りしてなんとか昼食の一部を手に入れると再び元来た道を今度は足元を慎重にしつつ、だけど早い足取りで進んでいった。
私が外壁を降り、湖に続く道へ差し掛かった所に着くと、その先に2人の女の子がいた。
あ……彼女、は…ルル、さん……?
「ルミアさん……?」
「え?……あ!ルミア!!」
「ルル、さん……、…あの、どうして……――」
ここにいるの?と続く言葉は彼女の言葉に遮られた。
「ルミアも聞いて!あのね真っ赤な火トカゲさんがお腹ペコペコで、見てみたら人間の男の子が燃やすって。でね、マカロン食べてたのは男の子で火トカゲさんじゃなくって……」
えっと……話がわからない…………。
ついルルさんから視線を外し、隣にいた女の子を見ると苦笑を浮かべて首を横に振られる。
彼女にもルルさんが何を言いたいのかわからないらしい。
「ん?でも火トカゲさんにも燃やすって言われたような気が……」
あ、…れ………『火トカゲ』で『燃やす』………?
…………。
……もしかして……ルルさんが言っているのって…………。
「あの……、ルル。できれば、私にもわかるように説明してくれると――」
ルルさんの友達らしい、女の子はルルさんに戸惑ったように話掛けるが、それは背後から現れた第三者に遮られた。
「……てめーら、邪魔」
「あ!!さっきの男の子!」
「ラギさん……!」
「…………」
やっぱり、ルルさんの話の相手は彼だったんだ……。
ラギくんは不機嫌そうに睨みつけながら場所を空けるように言うと、2人はすぐに道を開けた。
「ぼーっと突っ立ってんじゃねーよ。これだから女は……」
「ご、ごめんなさい……!」
「ごめんね!」
酷く苛々した彼は、ルルさんたちから顔を反らして、私がいるのに気がつくとスタスタと近寄りマントを引っ張ってささっと歩き出した。
私は心の中で、ごめんなさい…といいながら、小さくなっていく彼女たちを見ていた。
「はあー……ったく、散々だった」
彼は湖に着くと私のマントから手を離し、盛大なため息をついた。
私は、ごめんね…といいながら昼食の一部を彼に手渡す。
「もう今日はロクなことねー1日だったな。女にぶつかって腹はめちゃくちゃ減るし……」
彼はもっちゃもっちゃと口にほうばりながら愚痴を零す。
「そのあげく、初対面の女に火トカゲ呼ばわりされるわ………っ〜〜、だーもうマジで燃やしてやりゃよかった!誰が火トカゲだ、全然ちげーっての」
イライライライラと段々表情が凶悪的になってくる。
私は話題をすり替えて彼を落ち着かせようとした。
「あ、の……でもラギくん元の姿に戻ってる、よね?……確か、ルルさんから……マカロン、もらったんじゃ…?」
彼女がさっき言っていた単語のひとつに『マカロン』があったから、なんとなくで言ってみたんだけど………。
そしたら、ラギくんの表情は一変して気まずそうになる。
「……まあ、腹減りまくってたとこに菓子をもらったのは助かったけどよ。味もまあ悪くなかったし」
しかし、今度は段々落ち込むように声の張りがなくなっていく。
「とはいえ、さすがに全部食ったねはまずかったかもな……」
「……ラギくんが元の姿に戻れるくらいの量、だよ、ね………?……きっと、悲しくなってる……かも……」
「……いや、あれは供物だろ。つまりドラゴンである俺への敬意!だったらいいじゃねーか、なあ?」
「……………それは、………ちょっと………ない、かな………」
だって火トカゲ呼ばわりされたんでしょ?と聞くと、うっ…と唸る声がする。
「……それに、ルルさん………3日前に編入してきた…ばかり……。……きっと………落ち込んでる……かも…?」
「…………あーっ、ちくしょう!返せばいいんだろ、返せば!」
「!……うん!」
私は、彼の言葉に笑顔で頷くと彼は顔を赤くして、お前も手伝えよな!と怒鳴ると食べかけのものをすべて口の中に入れて飲み込んだ。