「 2 」

 狐空が鳥を飛ばしているのを見ていると、制服の裾を引っ張られる。振り向くと、姫さまだった少女がいた。もじもじしている。裕也が「なに?」と言い、目の高さを合わせると、彼女は恥ずかしそうに開口した。小声で。


「あ、あのね、……あ、私ヒナタっていうの。で、でね、あなたが住む部屋の隣にはね、『うずまきナルト』っていう男の子が住んでいるの」

「うん。(すごい名前だな)」


 何が言いたいんだろう。安心させるような笑顔のまま続きを待つ。『ナルト』という名前を聞いたとき、心のどこかが引っ掛かったが、裕也は無視した。
 「だからね、」と顔を上げたヒナタは、真っすぐに目を見据えてきた。白い瞳。


「ナ、ナルト君に手を出しちゃ、ダメだよ

「……あぁ、うん、そりゃモチロン」


 何言ってるの、この人?
 裕也の微笑みは、完全に苦笑いに替わっていた。念のために確認しておく。「一応言っておくけど、俺、男だよ?
 それを聞くと、ヒナタは今度こそ顔を真っ赤にさせた。「ごめんなさい!」と何度も謝ってくる。泣きそうだ。……俺も泣きそうだけど。


「どうした?」


 狐空がやって来た。
 苦笑する裕也の前でヒナタが挙動不審になっていることを訝しんだらしい。
 裕也は縋るように言う。


「俺、男に見えます? 女に見えます?」

「は? 男だろ。お前何言ってんの?


 よかった!
 不思議そうな顔をしている狐空を抱きしめたくなる。
 幼い頃イギリスに住んでいた時代はよく『お前は女みたいだ』と言われたが、高校生になるころには誰にもそんなことは言われなくなった。結構身長ものびたし、ほどほどに筋肉もついた。生徒会役員に任命されるまでに、皆から尊敬されたりした。
 それが、今になって『女だと疑いませんでした』だ。悪夢の再来。プライドの危機。
 しかし狐空は当たり前のように否定してくれた。これは安心した。


「やっぱ、あんた、いい人ですね。これでそろそろ『名前何て言うの?』と聞いてくれれば、さらに良いんですけど」

興味ないし。お前なんて『お前』で充分。……行くぞ」


 パパパッ、と狐空が指を動かす。速過ぎて見えない。
 すると突然空間が歪んだ。ぐにゃりと周りの木々が曲がる。驚いて目をつぶる。すさまじい風が裕也の髪を掠う。
 数秒して「着いた」という狐空の声に、目を開ける。


「ここの2階の部屋に住んでもらうから」


 ボソリと言ったナルトの背後には、とてもボロい建物が建っていた。
 ――ここに、住むのか。
 豪華絢爛な金持ち学校に住んでいた裕也は、頬を引き攣らせた。

 これが、あの驚きの瞬間(冒頭参照)の5分前の話。

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