「 8 」

 イルカは使命感に燃えていた。
 思えば、彼は、シカマルから悩みを打ち明けられるのは初めてだった。
 シカマルは精神が成熟しきっていて、悩みなど自分で解決してしまっており、我々教師など不要な存在なのだろう、と、イルカは少し寂しく思っていた。時々俺らよりも知識があるんじゃないかと思わせる場面もあるし、つねに落ちついていて、周りの思春期の子どもたちとは全く違う人間だ。子どもとは思えない。少なくとも、年相応ではない。精神年齢は50過ぎなんじゃなかろうか。
 そんな彼から悩みを打ち明けられるなんて、教師として特別に思われているんじゃないかと、イルカは目を輝かせていた。さぁ、先生に、言ってみなさい!と。




 一方、そんな目の輝きを見て、シカマルはげんなりしていた。
 こういう熱い人間は苦手である。めんどくさいから。
 はぁ、と、ため息とともに、漏らした。

「さっき、屋上で、会ったんですよ」
「誰とだ?」
「知りません。屋上の扉を開けたら、誰か知らない奴がいて。里の人間じゃねぇなと思ったんで、警戒して、後ろから近づいて行ったら、そいつが、振り返ったんですよ」
「うん」
「その顔が…」思い出しながら、シカマルの顔が赤くなった。「忘れられないっていうか…気になって仕方ないっていうか…。顔っつか、笑顔というか、…あとなんかいい匂いがして…」



 シカマルがもごもご話すうちに、みるみるイルカの顔が明るくなっていった。
「(シカマル…! お前ってやつは…!)」

なんて可愛いんだ!!!!
 
 そう叫んで抱きしめたくなるほどの破壊力を持っていた。
 年相応ではない、決して子どもっぽい真似はしない少年が、今、
 初 恋 に 悩 ん で い る …!
 しかも本気で! なんということだ…。
 彼は精神年齢が50以上なんじゃないかと思っていたが、やはり、彼も結局は初恋を知らぬお子さま、思春期の子どもだったのだ。大人としては庇護欲が刺激されてたまらない。

 イルカは一気に『教師』から『お父さん』の顔になり、愛情丸出しの、締まりのない表情になった。
「シカマルゥ…」
(うっ、こいつの顔きめぇ!)…なんスか」
 イルカはポンポンとシカマルの両肩を叩いた。
「先生は、応援しているからな!」
「は?」
「お前のその悩みは、だれーでも、だれーでも経験するものなんだ、シカマル。先生もよーく知ってるんだ」
「はぁ…」
「甘酸っぱくってな、でも、素晴らしいものなんだぞ!」
「悩みが、ですか?」
「そうさ、シカマル! 存分に悩め!」
「はぁ…」



 ウンウンと勝手に一人でうなずくイルカ先生を見て、シカマルは眉をひそめた。
 ――『悩みを解決してやる』って言ってたのに、舌の根の乾かぬうちに『存分に悩め』だぁ? こいつ、支離滅裂だ。
「はぁ…めんどくせぇ」
 ため息をついた。

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