「 7 シカマル・イルカ目線 」
―――――――――――――――
奈良シカマル少年は、今までに経験したことない悩みを抱え、苦しんでいた。
――クソッ、クソッ、なんなんだ、めんどくせぇ!
あのまま屋上でぼんやりとしていたら、イルカ先生に見つかり、現在叱られている。お前は本当に卒業する気があるのかとかもうちょっとやる気を出せとかと怒鳴られているが、右から左だ。
もう、殆ど聞こえていない。
シカマルの頭の中は、あの少女のことでいっぱいだった。
明るい茶髪のその少女は、口元に甘い微笑を携えている、とても整った顔だった。そしてこちらに近づいてきて、とびきり甘く優しげな頬笑みを向けてきた。可愛いとか美しいとか整っているとかそういうのを通り越して、いっそ性的で、蠱惑的な、男を惑わせるような倒錯した色気を孕むものだった。
どうしてこんなに気になるんだろう。
日々是平穏也がモットーで、娯楽と言えば囲碁や将棋、空を眺めることに限られており、『めんどくせぇ』が口癖、常にやる気のなさを丸出しにしている、思春期の少年にしては随分と老い過ぎた中身をしていた彼は、
今、未知の悩みに本気で苦しんでいた。
平穏を愛す彼の精神を、これでもかと乱すこの感情を、彼は分からないでいた。実はIQ200を超える彼の優秀な頭脳と豊富な知識を以てしても、彼の苦しみの原因が分からないでいた。
――どうして、どうしてあいつがこんなに気になるんだ…ああああメンドクセー!
頭をかきむしりたい衝動に駆られる。
頭上でイルカ先生が「聞いてんのか!?」と怒鳴るが、「はい」と機械的に頷くシカマルは上の空である。
「お前、本当に聞いてんのか!?」
「はい」
「本当は聞いてないんだろ!?」
「はい」
「はぁ? おいふざけんな、真面目に聞け!」
「はい」
「俺はな、お前の将来を心配しているんだぞ」
「はい」
「お前、きっと、頭は悪くないから、あとはやる気だけなんだよ」
「はい」
「やる気さえ出してくれれば、お前はもっとまともになれる!」
「はい」
「…」
「…」
「あいうえお」
「はい」
このやろう!と頭を殴られ、シカマルはハッと我に返った。
「いってぇ! 一体なんスか」
「いったい何なんだはこっちの台詞だ!」そう怒鳴った後で、イルカ先生はシカマルに目線を合わせ、シカマルの両肩に手を置いた。真剣な顔だ。「お前、どうした。いつもよりも俺の話を聞いていないぞ。いつもなら聞くふりだけはうまかったのに、今日はそれもできてない…。心ここにあらず、って感じだぞ」
どうした、悩みでもあるのか?
悩み…。
シカマルは考える。
悩みか。そう、これは悩みだ。しかし、名称しがたい悩みだ。実態がつかめないから、名前がつけられない。正体のつかめないことだ。
例えば、成績不振の悩みなら、『成績不振の悩みです』と言える。名前がつけられて、説明ができる。
でも、シカマルのものは、本人でも分からないものだ。
何が悩みなのかが分からないし、それがどうして悩みになるのかも分からない。
だから、ここでイルカ先生に説明しようとするのは、とても面倒臭いだろう。
「ただ、」シカマルはなんでもないことのようにつぶやいた。「ただ、気になって仕方ないだけです。だから、べつに、悩みとかじゃありません」
「なにがそんなに気になるんだ、シカマル。先生に言ってみなさい。俺と一緒に解決しよう!」
あー、面倒臭くなってきた。言うんじゃなかった。
「いや、べつに、大したことじゃないんで。大丈夫です」
「そう言わずに。その気になるもののせいで、心ここにあらず、だったんだろう? じゃあ、今後の勉学にも支障がでるだろうし、解決しなきゃじゃないか。ほら、先生に言ってみなさい」
奈良シカマル少年は、今までに経験したことない悩みを抱え、苦しんでいた。
――クソッ、クソッ、なんなんだ、めんどくせぇ!
あのまま屋上でぼんやりとしていたら、イルカ先生に見つかり、現在叱られている。お前は本当に卒業する気があるのかとかもうちょっとやる気を出せとかと怒鳴られているが、右から左だ。
もう、殆ど聞こえていない。
シカマルの頭の中は、あの少女のことでいっぱいだった。
明るい茶髪のその少女は、口元に甘い微笑を携えている、とても整った顔だった。そしてこちらに近づいてきて、とびきり甘く優しげな頬笑みを向けてきた。可愛いとか美しいとか整っているとかそういうのを通り越して、いっそ性的で、蠱惑的な、男を惑わせるような倒錯した色気を孕むものだった。
どうしてこんなに気になるんだろう。
日々是平穏也がモットーで、娯楽と言えば囲碁や将棋、空を眺めることに限られており、『めんどくせぇ』が口癖、常にやる気のなさを丸出しにしている、思春期の少年にしては随分と老い過ぎた中身をしていた彼は、
今、未知の悩みに本気で苦しんでいた。
平穏を愛す彼の精神を、これでもかと乱すこの感情を、彼は分からないでいた。実はIQ200を超える彼の優秀な頭脳と豊富な知識を以てしても、彼の苦しみの原因が分からないでいた。
――どうして、どうしてあいつがこんなに気になるんだ…ああああメンドクセー!
頭をかきむしりたい衝動に駆られる。
頭上でイルカ先生が「聞いてんのか!?」と怒鳴るが、「はい」と機械的に頷くシカマルは上の空である。
「お前、本当に聞いてんのか!?」
「はい」
「本当は聞いてないんだろ!?」
「はい」
「はぁ? おいふざけんな、真面目に聞け!」
「はい」
「俺はな、お前の将来を心配しているんだぞ」
「はい」
「お前、きっと、頭は悪くないから、あとはやる気だけなんだよ」
「はい」
「やる気さえ出してくれれば、お前はもっとまともになれる!」
「はい」
「…」
「…」
「あいうえお」
「はい」
このやろう!と頭を殴られ、シカマルはハッと我に返った。
「いってぇ! 一体なんスか」
「いったい何なんだはこっちの台詞だ!」そう怒鳴った後で、イルカ先生はシカマルに目線を合わせ、シカマルの両肩に手を置いた。真剣な顔だ。「お前、どうした。いつもよりも俺の話を聞いていないぞ。いつもなら聞くふりだけはうまかったのに、今日はそれもできてない…。心ここにあらず、って感じだぞ」
どうした、悩みでもあるのか?
悩み…。
シカマルは考える。
悩みか。そう、これは悩みだ。しかし、名称しがたい悩みだ。実態がつかめないから、名前がつけられない。正体のつかめないことだ。
例えば、成績不振の悩みなら、『成績不振の悩みです』と言える。名前がつけられて、説明ができる。
でも、シカマルのものは、本人でも分からないものだ。
何が悩みなのかが分からないし、それがどうして悩みになるのかも分からない。
だから、ここでイルカ先生に説明しようとするのは、とても面倒臭いだろう。
「ただ、」シカマルはなんでもないことのようにつぶやいた。「ただ、気になって仕方ないだけです。だから、べつに、悩みとかじゃありません」
「なにがそんなに気になるんだ、シカマル。先生に言ってみなさい。俺と一緒に解決しよう!」
あー、面倒臭くなってきた。言うんじゃなかった。
「いや、べつに、大したことじゃないんで。大丈夫です」
「そう言わずに。その気になるもののせいで、心ここにあらず、だったんだろう? じゃあ、今後の勉学にも支障がでるだろうし、解決しなきゃじゃないか。ほら、先生に言ってみなさい」