「 9. 三途の河 」

 それは唐突だった。
 隠れながらIQ200を誇る少年奈良シカマルは、己の優秀な頭を以てしても理解不能な事態に、巻き込まれていた。

 イルカ先生との(役に立たなかった)悩み相談を終えてから、シカマルはそのまま帰路に立った。
 夕焼けに真っ赤に染まる街なかを歩いており、近道のためちょうど人けのない路地裏に差し掛かったときに、それは起こった。
 己の前に立ちふさがった、大柄な男が3人。
 服装からして、そいつらは忍び。
 彼らが野太い声を出した。
「お前は、奈良家の嫡子だな」

 奈良家の嫡子?
 ああ、そういえば、と。
 一応自分の家が『木の葉の八大名家』という括りの中に入っていたことを思い出した。
 あんな完璧庶民の家が、日向家やうちは家などの大規模なお屋敷(うちは家に限っては一族の自治する町まであった)と、一応並んでいるらしいことを、シカマルはすっかり忘れていた。どう考えてもおれん家はその辺の庶民と一緒だ、と思っていた。

 それを思い出したら優秀なシカマルは一気に状況が読めてしまい、
 面倒臭そうに頭を掻いた。

「あー、オッサン。おれを誘拐してもメリットは何もないですよ。奈良家には血継限界も無ければ金も無い」
 
 すると、男はにやりと笑い、シカマルに詰め寄った。
 2人の距離が縮まり、ついに、男の手がシカマルの腕を掴んだ。
 逃がさない、とでも言うように、力強く握る。
 下卑た笑み。
「しかし奈良家には秘伝の術がある。その秘伝の術の秘密を探り、他国へ売れば金になるんだよ、坊や」

 シカマルは遠い目をし、空を見上げた。

 ――ああ、メンドクセー

 頭の悪そうな連中に絡まれた上に、誘拐とは…。
 ――くそ、近道とか言って裏道を選ぶんじゃなかった。明日から面倒くさくても表道を歩こう。
 空を見上げたまま、シカマルはぼんやりと開口した。

「あー、ところで、オッサン。」
「なんだ」
「オッサン達が欲しがっている秘術って…」

 瞬間、シカマルの目が男を捉えた。
 漆黒の、鋭い瞳。

「これのことか?」

 刹那、彼の周りに闇色のチャクラが渦巻く。「なっ!?」男たちは身体が動かなくなった。
 自由が、奪われた。
 手足が動かない。
 こんな、12かそこらのガキによって、ベテランの忍びの大人3人が捕えられてしまった。

 男たちは唇を噛んだ。
 ――まさか、影縛りはまだこの年齢では使えぬはず…!
 しかも大人3人を一気にまとめてしとめるレベルの技術もチャクラの量も無いはずだ。
 ――油断していた!
 男たちは悔しさに少年を睨んだ。

 一方、男たちの睥睨を一手に受けている少年、シカマルは、ぼんやりと次の手を考えていた。
 ――この術は、今のおれのチャクラのキャパでいうと、保って3分だろう。それ以上は無理だ。
 どうするか。
 3分後、おれはどうやって逃げよう。
 この3分間のうちに、誰かが通りすがりに来てくれればいい。助けてもらうから。しかし、誰も来なかったら、おれは自力で逃げなければならない。

 また雲を眺めて次の手を考え始めたシカマルの耳に、苦しげな男の声が届く。

「ふっ、体の自由が奪われるというのは、想像していたよりも怖いものだな。相手がお前じゃなかったら恐怖を覚えていただろう」
「そりゃ、どうも」
 男は舌舐めずりした。「しかし、ますます、きみが欲しくなったよ…、奈良シカマル」
「オッサンが欲しいのはおれじゃなくておれん家の秘術だろうが」

 こんなことを話している間に、どんどん時間は過ぎていく。
 背後の男が余裕に満ちた声を出す。
「おや、だんだん拘束が緩んできたぜ、少年」
「…」
「まあ、お前もやはりガキだってことだ。技量はあっても、実戦にはチャクラの絶対量が少なすぎる」
 たしかに、大人の忍び三人を一気に拘束したことは、なかなかのことかもしれない。でも、それの続く時間が、実戦レベルには到達していない。
 ――そりゃ、そうだ。おれは実戦なんてしたことないし、アカデミーでも実戦は無いからな。

 さて、そろそろ三分が経つ。

 また、空を見上げる。
 真っ赤な空。血のようだ。

 絶対的な知識量を誇るシカマルは、これから自分の身に降りかかるであろう事柄を正しく理解していた。
 秘術を盗まれるということは、すなわち、生きたまま身体を解剖されるということだ。
 秘術というのは代々身体に刻み込まれるもので、口頭では教えられない。だから、身体を調べるのである。

 ――雲は、いいなあ。
 シカマルは眼を細めた。
 ――自由気ままで、平和だ。
 おれも、面倒の無い人生を、もう少し長く謳歌したかったぜ。

 ぷっつん、と、切れたのが分かった。
 張りつめた糸がぷっつんと切れたように、シカマルのチャクラが切れた。
 彼の周りの男たちが動き出す。
 血走った眼。
 ピリピリと皮膚を刺激する殺気。
 シカマルは男2人に身体を捕えられた。「今度はお前の自由が奪われたわけだ、」と楽しそうな声を聞いた。
 脚でも切る気だろうか、深紅の空を背景に、残った一人がクナイを振りかぶった。
 その様子がスローモーションで映る。
 ああ、おれ、歩けなくなるわ。
 そう、冷静に思えるほどのたっぷりの時間。
 そうして、
「ー―――っ!!」
 脚に走った激痛と共に、シカマルは地面に崩れ落ちた。
 いや、崩れたが、地面には到達できなかった。両脇の2人が無理やり立たせているからだ。
 シカマルの脚をだくだくと鮮血が流れる。
 今まで生きてきた中で経験したことの無いような痛みだった。
 顔には脂汗が滲む。
 リアルな痛みで、これから自分が死ぬのだということがようやく実感できてきた。
 頭をフル回転しても、この苦境から脱する方法は思い浮かばなかった。
 選択肢を用意できるほど、自分は力が無いからだ。ある程度力があれば、いくつでも選択肢は用意できたが、いかんせん、実戦経験ゼロの己には何もできることがなかった。
 そう、何も、できることがなかった。
 頭の中には『絶望』の二文字。

 遠くなる意識の中で、ぼんやりと、柔らかな微笑みを浮かべる少女を見た気がした。明るい茶色で、柔らかくて、暖かくて、甘くて、しかし蠱惑的で、あでやかな人。可愛らしい顔立ちなのに、男の力強さが見え隠れした、美しい顔。
 あのとき嗅いだ馥郁たる甘い香気が鼻腔をくすぐる。記憶通りの心地よい香り。
 そんな美少女が、今目の前に現れたような気がして、シカマルは苦笑した。「そうか、お前が、三途の河を案内してくれるのか。」心地よさを感じたまま、眼を閉じる。生きていたなかで最後に思い浮かんだ顔が両親ではなく一度見たきりの少女であることに少々罪悪感を抱きつつ、意識を手放す。
 否、手放そうとした。

 耳元に、吐息。適度に低い、甘い声。
「いや、残念ながら、おれは案内できねぇな」
 こんなに耳に心地よい声を、おれは知らない。誰だ?
 うっすらと目を開ける。

 瞬間、シカマルは、信じられないものを見た。

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