手にした試験管を小さく揺らす。それに合わせて中の液体がユラユラと怪しく蠢いた。蛍光灯の安っぽい光に透かせば、透き通った緑が輝く。
時速500キロのスピードで泳ぎ、死ぬまで止まることがないと言われるロケットマグロ。抜群のスタミナを誇るそいつから採取した体液を濃縮還元し、更に薬品を諸々混ぜ合わせた液体は強力な筋肉増強剤となる。常人では耐えきれないこれは、グルメ細胞の持ち主には抜群の効果を発揮することだろう。
早速料理長に報告しなくては。
資料をかき集めている途中、ふと顔を上げるとエルグ様と目が合った。ような気がする。包帯で覆われた目が何処を向いているのか分からないけど。


「…どうかしましたか?」
「よく飽きないな」


珍しいエルグ様からの問いかけに対し、情けなくも私は喜びよりも疑問の割合が大きくて、反応に困ってしまった。ああ、申し訳ない。


「……ええと、それはどういう事で?」
「お前の実験に付き合ってきたが、殆ど同じ作業の繰り返し……もっと他にやることはないのか」


同じ作業?おっかしいな、毎度毎度異なることをしてるのだけども。圧殺爆殺毒殺ああでも、エルグ様にとっては最終的に死ぬだけのものだから短調に感じるのかしら?そりゃ申し訳ない。


「実験は繰り返すことに意味があるんです。一度目と二度目の結果が違う、なんてこと珍しくないですからねー。それに飽きませんよ」
「何故?」
「だって好きですもの」


得意分野ってのもあるけれど、それを度外視しても研究や実験という作業がとてつもなく楽しい。新しい発見が見つかったり、そうでなくても昔のことを思い出したりして懐かしんだりという楽しみがある。それに大好きなものに飽きるなんてことは決してない。むしろ更に意欲が湧いてくる。同じ食べ物を毎日食べてるのとはわけが違うんだから。


「ま、エルグ様には分かりにくいでしょうけど。探求心なさそうですし」
「……そうでもない。最近気になることがあってな」
「へーっ!エルグ様でもそのようなものがあるんですね。で、何なんです?」
「お前のことだ」
「えっ」
「一つ、質問したい」


なん…だと…!?き、聞き間違いかと思ったら、私の耳は正常に機能しているようだ。あのエルグ様が、二度もこの私に自ら話題を振ってきた……!?しかも私に質問!?知りたいなんて……!なんてこったい、これは明日、槍が降るのではなかろうか!ひゃっほい!


「もっちろん!エルグ様が私に興味を持ってくださるなんてっ……これは脈ありと捉えていいですね!?さあさあ遠慮なさらずに何でも聞いたください!」
「何故ゴーグルをかけている?」




一瞬、時間が止まったのかと錯覚した。




「………そ、りゃー主な活動が実験ですから。ほら薬品目に入るの防げますし?失明したら研究員として終わりでしょ?」
「以前視界が狭まると言っていたな。それならば普段は外せばいい」
「………」
「ロッソ、」
「私料理長に用事があるんです!エルグ様はどうぞ其処らでご自由にしていってください!」


扉の方へ向かおうと身を翻す。

なのに、何故か目の前には包帯で覆われた身体があった。
一歩下がろうとしたけど、それよりも先に強い力で手首を掴まれた。

私なんぞがエルグ様に素早さで勝てるはずが、いや、まず身体能力においてこの方と比べられるような力なんてない。掴まれた手首が鈍い悲鳴をあげても、その手を振り払う術など、あるはずがない。


「ゴーグルを外せ」


有無を言わせない声色。その言葉はまるで刃物のように鋭く体に突き刺さった。
乾いた喉から、無理やり言葉を吐き出す。


「ぃ、やで、す」


いくらエルグ様の命令とは言え、聞くわけにはいかないのだ。
聞きたく、ない。


「何故だ」
「………」
「……答えないか」


諦めてくれるか、という淡い期待はすぐに消えた。ぐいと腕を引っ張られる。


「え、エルグ様っ?あの、放して、」
「好きにしろと言ったのは貴様だ。私の好きにさせてもらう」


それは私がいなくなった後で、この部屋で寛いでくださいって意味ですから。
内心で反論するも、それを口に出すことなんかできなくて。
思いっきり腕を引っ張られた勢いで、机の上に体を打ち付けた。バサバサと音を立てて落ちていく、私の研究結果。
それを無惨にも踏みつけ、私の目の前に迫る存在に体が無意識に震える。



ああ、私は今初めて恐怖というものを感じている。


の嘆き



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