以前、ゴーグルは私の包帯と同じような物だと言ったことがある。
もしかすると私のように身体のコンプレックスを隠しているのではないか、という我ながら浅さかな予測を立てていた。奴は私が包帯を巻いている理由を知らないのだから考えすぎだと思ったが…。
ただ予測をしただけで、確認するつもりなど毛ほどにも考えてはいなかった。例え私と同じような理由であるにしても、それは私には関係のないことであり態々奴のテリトリーに入る気にもなれなかった。それは私にとってどうでもいいことなのだから。
だが、奴が話の流れを思わぬ方向へとやったお陰で、絶好のタイミングが生じてしまった。その上、軽く流せば見逃してやったというのに、普段とは全く違う態度に豹変したものだから更に追い詰めたくなってしまった。どこまでも馬鹿な奴だ。
「やっ、やだーエルグ様たら、大胆ですねっ。でも私、今はちょっと遠慮した、いかなって」
いつもの空気に戻したいのか、それとも自らを奮い立たせるためなのか。理由は不明だが、そのように喋るのはむしろ逆効果だ。声が上擦り震えている。目の前にいるのは、いつもの飄々とした態度もウザさも失った、只の貧弱な女だ。
だというのに、こうも刺激させられるのはどうしてだろうか。
「手を退けろ」
「っい…いや、嫌ぁ!!」
さして抵抗にもなっていない手を退けたものの、何かの弾みで取れないためだろう。外れにくい構造をしている。中々外す方法が分からない。仕方ない。
「目を瞑っていろ」
念のため目に破片が入らないようにと忠告をいれ、ゴーグルを掴む。その手に力を込めれば一瞬にして粉々に砕け散る。
それでも尚隠そうと目を覆う腕を引き剥がし晒した素顔は、必要以上に固く目を閉じられていて肝心の目玉が見れない状態だった。無駄な足掻きだ。瞼を抉じ開けるくらい私には造作もないことだというのに。だが、別に構わない。むしろ好都合だ。自らの顔を覆う包帯に手をかけ、力任せに引きちぎった。包帯の残骸がロッソの顔、首、胸に落ちていく。目を開いて確認することができないロッソは、自身に降りかかる物が何なのか分からないようで更に体を硬直させる。
「目を開け。そして私に見せろ」
そう声をかけると硬直から一転、ガクガクと体が震え出した。その震えに合わせて机がガタガタと耳障りな音を立てる。やっと開いた口から単語ですらない音を漏らしている。どうせ拒絶の言葉だろう。聞く気にもなれない。勝手にほざいてろ。私は好きにやらせてもらう。
前足をロッソの頭の横へ下ろす。びくりと身体が魚のように跳ねあがった。それを無視し両足を抱えると、私が何をするのか分かったのだろう。髪を乱し叫びながら必死に足掻き出した。片手で抑えることが出来るような抵抗がこいつの全力なのだから笑える。
この体型では、情事を為すことが困難だ。……この身体になったデメリットにはそれも含まれるな。以前問われた質問を思い出し、そう思った。質問した本人がこの状態では伝えることもできないが。
「あ、え、えるぐさ、やめてっ」
何を今更。それに元はといえば貴様が最初に望んでいたことだろう。
「っあが、あああああああっ!!!」
貫いた瞬間、仰け反り叫ぶロッソの顔に鮮やかな色彩が視界に突然現れた。
一瞬、目が抉られているのかと錯覚した。
赤と呼ぶには余りにも毒々しく、気味が悪い。その色は何度も見たことがある。血の色だ。何度もこの手で切り裂き、全身に浴びてきた色。その一色が眼球を塗り潰している。
これが、見せたくなかったモノか。
「やだ、ぁ、みな、ぃでっ…!」
ボロボロと情けなく泣き懇願するこいつはどこまでも馬鹿だ。私がその言葉を聞き入れるとでも思っているのか?
「ロッソ、私を見ろ」
顔を手で固定し、無理矢理顔を合わせさせる。
「確かに貴様の目は気色悪い」
「う、ひぅっ、は」
「だが、それは私も同じだ」
顔を近付け、目を覗きこむ。水の膜を張った赤一色の中、そこに映っているのは他でもない、醜い私の素顔。周りから散々蔑まされてきた化け物の顔がそこにあった。
たかが目の色が何だ?お前の目に映っている顔の方が、何倍も気色悪い。
「この顔が、貴様が散々見たがっていたものだ」
「は、ひっぎ、ぃ!」
「どんな想像をしていたか知らんが…醜いだろう」
返事はない。最早私の声など聞こえてはいないようだ。この様子だと、もしかしたら私の顔も認識できていない可能性もあるな。ただ私に貫かれる苦痛に悲鳴をあげるだけだ。
「お前の苦悩が下らんものだとは言わない」
「う、エルっぐさ、ぁ、あぁっ!」
「だが、私にとって然したる物ではないということを覚えておけ」