チョコバーと魔法の花 4

 チョコバーには言えなかった。
 言えないのに、いつもどおりの顔をしてチョコを食べながら、学校であったことを話すなんて出来なかった。
 俺はあの日以来、チョコバーの家に行ってない。

「では、荷物はこちらで終わりですね」

 爽やかに笑う引越し屋さんが、まるで風のように荷物を持ちだして行った。最初は「蟻みたいだな」なんて思うくらい地道な作業だったのに、気付けばもう片付いてしまっていた。

(そうだよ。俺がどれだけ足掻いたところで、引っ越しは避けられるものじゃなかったんだ)

 今日まで何度も言い聞かせてきた言葉だったけど、本当はそうじゃないって、もう気付いてた。

 本気で「いやだ」と抵抗できなかった。
 俺はやっぱり母さんが好きだった。
 でも、それと同じくらい、チョコバーが好きになっていた。



「ハヤトちゃん」

 車に乗り込もうとしたとき、聞き慣れた声がした。
 チョコバーが後ろ手を組みながら、いつもの汚いかっぽう着で歩み寄ってきた。

 絶対、悲しそうな顔か怒ってる顔をしていると思っていたのに、チョコバーはいつも通りの顔をしていた。
 花みたいに、無害で穏やかな顔。
 俺は逃げ出したいのか、駆け寄りたいのか、分からなくなって、ただ突っ立っていることしかできなかった。

「芽が出たの」

 チョコバーは後ろ手に隠し持っていた、ポットに入れた苗を差し出した。
 その節くれだった指はすごく懐かしくて温かく、俺はまるでガラスを扱うようにそっとそれを受け取った。
 生まれたての芽は……本当に小さくて、簡単に枯れてしまいそうで、なんだか泣きそうになった。

「ハヤトちゃん。これはねぇ、魔法の花なの」
「え?」

 チョコバーは土の挟まった爪で芽を指した。

「本当に本当よ。ハヤトちゃんが絶対好きになるって、決まってるんだから!」
「……」
「どこへ行っても、元気でね」

 チョコバーはそれだけ言うと、あっさりと背を向けて行ってしまった。
 そこで俺は初めて気付いた。
 本当に寂しかったのは、俺のほうだったんだって。

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