チョコバーと魔法の花 5

「ありがとうも、なにも言えなかった。
 なんであんな別れ方をしてしまったんだろうって、車の中で声を上げて泣いた。理由を知った母さんも、ちょっと泣いてた。
 それから二人仲直りして、絶対に花咲かせてやるんだって決意した」
「それが今じゃあ、枯れるどころか庭を狭くしちゃってるんだもんね。植物ってすごい」

 庭に群生している茶色い花――チョコレートコスモスを見つめながらヒロコが呟いた。

「でもよく枯らさなかったね」
「実はポットの隙間にチョコの包み紙が入っててね、開いてみるとそこに育て方が書いた紙が入ってたんだよ」
「……ねぇ、ハヤトは寂しかったのは自分だったんだって言ったけど、きっとチョコバーも寂しかったんだと思うなぁ。
 別れが辛かったから、わざとすぐ帰れるように準備してたのよ」
「そうかな」
「絶対そうよ」

 新聞紙を床に広げながら言った俺に、ヒロコは自信たっぷりに笑った。

「チョコバーの予言通り、その花好きになれて良かったね」
「うん。でも初めは……ショックのあまり寝込みそうになったよ」
「なんで?!」
「魔法の花だなんて言うからさ、俺はてっきり虹色の花が咲くと思い込んでいたんだ。
 だから茶色だって分かったとき、『チョコレートばっか食べてちゃんと世話しなかったから、こんな色になっちゃったんだ!』ってショックだった」
「可愛いー!」
「可愛くないよ。本当に生意気なガキだったなって、自分でも思う。
 でもチョコレートの匂いがしたときはもっと驚いた。よく見ればベルベットみたいに上品できれいだったし……そっか、結局すぐに好きになったんだな」

 俺は新聞紙に包み終えたチョコレートコスモスの花弁に触れた。

「ふふ、まさかチョコバーも、ここまで魔法が利くとは思わなかったでしょうね。
 “花よりチョコ”だったハヤトが農業高校に進学して、しかもこんな可愛い彼女までいるなんて知ったら、ビックリして腰も真っ直ぐになっちゃうかも!」
「自分で可愛いとかいうなよ」
「言うが勝ちよ」

 ヒロコは時計を見る。

「そろそろ電車の時間ね。
 あっちに着くまで、枯れないといいんだけど……」
「大丈夫だよ。なんせ魔法の花なんだから」

 甘く懐かしい匂いを肺いっぱいに溜めて笑った。

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