チョコバーと魔法の花 2

 鍵を取り出してドアを開けると、俺はすぐにテレビをつける。
 面白くないニュースを飛ばして、好きなアニメにチャンネルを合わす。ボリュームをこれでもかってくらい上げて、声を出して笑ったり怒ったりして楽しむ。
 それが終わるころに、ようやく晩飯を食べる。

「……今日はなにかな」

 イスを冷蔵庫の前まで引きずってきてよじ登る。冷蔵庫の中には、なにもなかった。
 振り返ってテーブルの上を見てみると、カップラーメンが転がっていた。ドラッグストアで安売りしてた、変なメーカーのとんこつラーメンだった。

「とんこつかよ」

 ぶちぶち言いながら封を切る。
 カップラーメンを作る腕なら、同年代の誰にも負けない自信があった。

(……でも。初めからそうだったわけじゃない)

 初めからこんな干乾びた晩飯だったわけじゃない。
 白飯だって俺が帰ってくる頃に炊きあがるようにタイマーセットしてくれてたし、みそ汁はインスタントが多かったけど、ときどきは唐揚げだって作ってくれてたんだ。

 いつの間に変わってしまったのかなんて、変わってしまった後じゃあもう思い出せない。
 炊きたてのご飯が冷や飯になり、みそ汁が消え、ラーメンが登場し、時にはうどんというフェイントをかけられながら、ついには『おかえり』という走り書きのメモさえどこかに消えてしまった。

「あッち!」

 ぼーっとしていたら、汁を手の上に零してしまった。
 熱かったのは一瞬だったのに、我慢できないほどじゃなかったのに、涙がにじんできた。


「……泣くなよ」

 初めて会った日、チョコバーは一度だけ泣いた。

「俺は別にさみしいとか、そんなの思ってない。
 ほら! 嫌いな野菜だって、無理に食べされられることもなくなったしさぁ。むしろせいせいしてるんだよね」
「ハヤトちゃん……」
「……なのに、なんでチヨコばぁちゃんが泣くんだよ。
 そのボールが頭に直撃したわけでも、盆栽割ったわけでもないだろ? 俺は、全然、さみしくなんか」
「ハヤトちゃん」

 チョコバーがシミだらけの汚いかっぽう着で俺を抱きしめた。
 それからしばらくして、鼻水拭きながら俺の顔見て言った。

「さみしいのは……私なの。
 ねぇお願い。明日からも来て、私の話相手になってくれないかしら? お団子用意して待ってるから」
「お団子? いまどき、お団子でつられる小学生なんていないよ」
「じゃあ、おまんじゅうは?」
「……チョコ」
「ちょこ?」
「チョコレートくれるんなら、来てやってもいい」

 キッと睨んだ俺に、チョコバーは赤っ鼻で笑った。

「分かった。チョコレート用意して待ってる」
「……ったく、しょうがねぇなぁ」

 しょうがないから、付きやってやる。



「ハヤト?」

- 17/20 -
[ ] | [ ]



≪ 一覧
Copyright c 2008-2021 石原マドコ
- ナノ -