チョコバーと魔法の花 1

 “花より団子”という言葉を聞いて「なんてシブい趣味なんだろう」と思った。
 俺なら“花よりチョコ”がいい。団子なんかよりもチョコレートがいい。いまどきチョコレートより団子が好きなやつなんて、いないだろうと思った。
 チョコバー以外は。

「おいチョコバー! 今日も相手しにきてやったぞ!」
「あら、ハヤトちゃん。おかえりなさい」

 手を洗ってらっしゃいな。チョコならちゃぶ台の上に置いてあるから。
 庭仕事をしていたチョコバーが、曲がった腰を伸ばしながらシワを増やして笑った。


 そう。チョコバーっていうのはお菓子の名前じゃない。本名は本田チヨコという、れっきとした人間だ。
 俺の近所に住んでいて、去年の夏に長年連れ添ったじいさんと永遠のお別れをした、かわいそうな独りぼっちのばあさんだ。
 チヨコばぁちゃん、チヨコばぁ、チョコバア、チョコバー……という進化を経て、今の名前に落ち着いている。



「――っていうわけなんだよ」
「大変だったのねぇ」
「そうだよ。小学生だってストレス多いんだよ?」


 チョコバーとは持ちつ持たれつの関係だ。
 優しい俺がかわいそうなチョコバーの話し相手になるかわりに、チョコバーはチラシで折り紙した箱いっぱいのチョコレートを報酬として俺に提供する。
 それに愚痴も聴いてくれるし、相談にものってくれる。こんな割の良い仕事……いやいや、ボランティアは無いと思う。

「ところでさ、さっき何してたの? ほらそこ」

 縁側の向こうに見える花壇に、新しい土のあとがあったので聞いてみた。
 するとみたらし団子をちびちび食べてたチョコバーが、

「ハヤトちゃんには、まだ秘密よ」

 と、珍しくにやりと笑った。

「な、なんだよ……。
 じゃあヒント、ヒントくれよ!」
「そうねぇ」

 チョコバーはもったいぶりながら湯呑をすする。

「……ハヤトちゃんが絶対、好きになるお花の種をまいたの」
「花ァ?」

 俺はがっかりした。

「食べ物じゃないの? どうせなら、イチゴとか植えなよ。その方がお得じゃん」

 チョコバーは「チッチッチッ」とでもいうように指を振って、

「甘いわね。イチゴは一口食べたらなくなっちゃうけど、お花は一度見たってなくならないわ」

 と胸を張った。
 で、「おー痛てて」と腰をぽんぽん叩いた。

「そりゃそうだけどさー。花なんか見たって、腹の足しにもならないじゃん。
 チョコの咲く花とかあればいいのに。そしてら毎日欠かさず世話するよ? 朝だって早起きするし」

 チョコバーは大笑いした。

「まぁ楽しみにしてなさい!
 またおいで。もう五時だ」

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