店長さんと常連さん
 最近よく話すようになった店長さんに奥で手伝ってほしいと言われて行ってみれば、彼の作業部屋らしき暗所へ招かれた。古めかしい昔ながらの表とは違ってどんよりと小汚い。駄菓子の他に機械いじりが趣味だとは聞いていたけれど、なんだかよくわからない代物ばかりで。びっくりの一言に尽きた。なんで自分が呼ばれたのか、どういった反応をしたら良いのか。正解があったら誰か教えてほしい。

「散らかっててすいません。そこらへん、テキトーに座っちゃってください」
「……はい」

 とは答えたものの、散らかってるというレベルではない。指差されたそこら辺が見えないくらいに部品や工具などで埋まっている。ちらと一瞥する先には平積みの本。一歩動こうものなら、足の裏に刺さったら痛いであろう小さなネジたちが。

「浦原さん、ときどき情が薄いって言われません?」
「深いと言われたことはないかもっスね」
「じゃあ薄い方ですね」

 気を遣ってほしい訳じゃない。少しでも嬉々として入った先が想定にないほどの立派な研究室で、人なんか立ち入れないような所に招いているのにお構いなく平然としていられるのは不思議で仕方がなかった。普段は愛想良く商いをしている浦原さんがこんなにも趣味に没頭しているなんて、商売の面しか見ていなかった自分も悪いと先の発言を自省した。

「なんかみょうじサンの気に障りましたかね?」
「あ、いえ、商売人なのにいろいろと意外だなって。こういうのとか」

 なまえは転がった鋭利な工具に目を落とした。

「ああ、ガラクタばっかですもんね」

 ガラクタなんて。そこまでは言ってないけれど。
「んじゃ、こちらへ」と彼は近くから紫色の座布団を取り出して、ばさっと雑に敷いた。

 細かい灰のような埃が舞う。咳をしては失礼かと思い、堪えてしまった。誰か掃除してくれる人はいないのだろうか。大柄の男性と男女の子供は従業員として話したことがあるが今日は不在のようだった。

「ありがとうございます」

 招かれて用意してもらったことにはちゃんと御礼をしなきゃ。
 なまえは促されるまま、そこへ正座した。

「あんまりここへヒトを入れることはないんで、手際が悪くて」

 スミマセン、と苦笑気味の浦原さん。謝るのは口癖だと思うけれど流石に困らせてしまったかもしれない。情が薄いでしょうなんて、冗談を言える仲になったからとは言え、こちらの方が土足で踏み込みすぎていた。

「いえ、失礼しました。こうしてお邪魔させてもらえて新鮮です。新たな一面を知ることができて」

 普段は滅多にお目にかかれない自室。そこへ入れてくれたことの意味を反芻した。理解しきることは難しいが、彼の思考に近づこうと努めた。

「そっスか、そう言ってもらえたら有り難い限りっス。これでも、あたしもみょうじサンの事を分かろうとはしてるんですよ。……伝わりにくいかもしれないですけど」

 分かろうとしている。何気なく放たれた一言が、とくんとなまえの胸に置いていかれた。
 ああ違う、全然。これは薄いと告げたそれとは真逆のもの。きっとそう。
 その言下、私もです、と口が勝手に紡いでいた。

「あ、差し支えなければ下のお名前でお呼びしても?」
「は、はい」

 いきなりの提案にまた、跳ねる。とくん、とくん。回数が増えていく。

「なまえサン」
「はい、なんでしょう」
「呼んでみただけっス」

 人の名を呼んでおいてすぐに顔を背けるなんて。見られてなくてよかった。適切な返答が分からないし、頬が火照って仕方がないから。いつもの冗談好きの店長さんは机に向かって作業をしはじめた。

 ──え、と。結局、お手伝いってなんだったの。

 最初の誘い文句を思い出した途端、この状況に混乱して、なにも聞けなくて、その間にくるりと浦原さんが振り返って。

「なまえさん、最近はお忙しいんスか」
「はい、ちょっと」
「遅い時間に来られますもんね」

 と他愛もない会話が続いたのだけれど。
 そのあと、浦原さんとどんな顔をして何を話したのか、うまく思い出せない。


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