店長さんと振り向かせたい客
 この古めかしい駄菓子屋の店長、異様に顔がいい。その上、見るに飽きない風変わりな装い。年齢不詳、はだけた和装、どこで売ってるその帽子、そしてお爺さんみたいな杖。
 商売相手は小学生のはずなのに、高校生や大学生くらいの子も、いい大人も変な社会人も出入りしている。なまえもなまえで仕事帰りにふらっとしていたらいつしか奇異的なお店の虜になっていた。と言うより、この店長に、だけれど。

「アナタも懲りないっスねぇ」
「懲りないというかめげないんですよ、ということでライン交換してください」
「みょうじサン。お客サンとはそういうのしないって何遍も言ってるでしょうに」
「じゃあ代わりに帽子外してお顔を拝ませてほしいです、客なので」

 ほら、と購入済みの酸っぱいイカや大きいカツのお菓子を袋から出す。

「どの辺が連絡先交換の代わりになるのか、まあとりあえずこれは頭皮とくっついてるんで無理っスね」
「ええー! そんな、くっついてるなんて。剥がすの手伝いましょうか」
「間に合ってるんで大丈夫っスよ」
「え、ひょっとして他にわたしみたいな客でもいるんですか」
「そういうことっス」
「それは大変ですね」
「ご自分で言います?」
「他の方も店長さんの胡散臭さに唆られてるということになりますからね」
「はいはい、そうですか」

 至極素っ気ない返事。いつものことだ、なんてことない。通いたての頃は、若い娘サンが、とか、華やぎますねぇ、とか煽ててくれたのに。今ではすっかり受け流し方に慣れたのか社交辞令すら皆無になった。

「こう言うのは残念っスけど、アタシその気がないんでね」

 う、たじろぎそうになった。
 自分がその否定を認めてしまってはもうお店に来られない、いや来るけど。

「残念って思うのならこれから徐々に好きになってくれればいいですし」
「いやこれからも厳しいっスねぇ」
「先のことなんてわかりませんからね、あっでも浦原さんの顔は永久にいいと思います!」
「前向きに捉えられても……」
「ありがとうございます、ポジティブが取り柄です」
「褒めてないっスよ」

 振り子時計がゴーンと鳴る。今日も夕飯近くまで入り浸ってしまった。

「また来ますので、次こそファンサください!」

 じゃ! とたくさんの駄菓子を手に提げた。
 大人買いするようなものでもないのだが、店長直々に売れ行きが、と経営難らしき話を聞かされると「ならわたしが買います!」とつい手を挙げてしまう。店から出ると「まいどォ」という緩くも呆れたような声が後ろからかけられた。

「アタシ、明日いないっスよー。明後日もその後もいないかもなんで、どうぞよしなにー」

 一回振り返ってニコ、と会釈で媚びを売る。売ったところで今日もだめだった。厄介な客にしか思われてない気がする、正直わかっているけれど、少しでもお近づきになりたいと渇望するのはごく普通の欲求では。ということで明日以降も謎めいた店長さんの気を惹けるように頑張ろうとなまえは夕空を仰いだ。

「ネーチャン、ちょい待ち」

 ──わたし、だろうか。
 呼ばれた声の方を向けば、細身のおかっぱ男が手招きをしていた。

「この店のおっさんのこと気になってんねやろ、知り合いやねん俺。話聞くか?」

 店長の知り合いと言うにはあまりに真逆な風貌で、圧し口から厭にその端を吊り上げて。見るからに怪しい男の声掛け事案だったが、なりふり構っていられないなまえは藁にも縋る思いでそれにコクンと首肯いた。


§



 知らない人について行ってはいけない。そんな当たり前の常識も働かないほど切羽詰まったなまえは、親しげにネーチャンと呼ぶ男と対峙している。

「あー立ち話もなんやから、茶でもしばきに行かへん?」
「行かないです、立ち話でいいので店長さん以外の人と茶はしばかないです」
「二度言わんでも」

 まあええわ、とその金髪おかっぱさんは続けた。

「そういうんはな、急に引いたらええで」
「急に引く」
「そや、明日アイツおらへん言うてたけど来る気やったやろ」
「わ、なんでわかったんですか」
「顔に書いてあんで」

 驚いたなまえは咄嗟に両手で顔下半分を覆った。初対面によく平気で言えるな、どういうことなの、本当にこの人が店長さんの知り合いなのかな。馴染みの薄い関西弁に細身のスーツ。共通点がてんで見当たらないまま、気怠げな目をじっと見やる。

「そない怪しまんでも、って丸見えやけどな」

 全然隠せていないらしい。意味がないので恥を忍んで口許を晒した。初めましての人に恋愛相談を聞いてもらって、明日の行動もバレていて、体が熱い。汗が噴き出そうだ。店長さんと初めて出逢った時にはほとんどわたしの一目惚れで、ずっと緊張しっぱなしだった。今でこそ、こんな脈なし状態を開き直ってるけれど。もちろん今の火照りはそれとは違うし、己の不甲斐なさであって、全くそういうのじゃなくて。

 ──なんで自分に言い訳してるんだろうな、わたし。

「……引く、とは行かないということでしょうか」

 意を決して訊ねる。浦原さんからのマイナスでしかない好感を少しでも上げたい一心だったが、なんか裏取引みたいで情けない。でも背に腹はかえられない。第三者からしたらそうでもないかもしれないけど、自分には一大事だから。

「ちゃうちゃう、行くねん。行って、何も言わんと帰ってくんねん。ほんで戻ったら俺と合流や」
「はい? お店に行ったら会話したくなります!」
「そこを我慢や我慢。アイツには効くと思うでー」

 眉根を寄せながら、わかりました、と首肯いた。「ほんまかーて思てるやろ?」と訊かれ、もちろん思ってますけど頑張ります、そう未だ腑に落ちないままを伝えると面白おかしそうに、正直やなあ、と笑われた。

「とりあえず明日は言う通りにしてみます、ありがとうございます、えっと、」

 帰る間際にお辞儀してから、名前を伺っていないことに気づいた。どれだけ他人からの助言を受けるのに必死だったのだろう。自分のことばっかりで呆れる。

「平子や。ま、すぐ会うやろし。そん時にどやったか聞かせてなあ」

 ほな、と右手をひらつかせて背を向けた。


§



 仕事終わり、なまえは今、商店のすぐ横にいる。息を潜め、タイミングを見計らって。
 昨日までだったら勢いよく入って浦原店長に挨拶をキメて時間まで過ごすのだけれど、今日だけはそうもいかない。わたしには果たすべき任務がある。これはミッションだ。

 入り口までゆっくりと歩を進める。年季の入った木造。開けにくい引き戸。目先のことばかりでちゃんと見えてなかったけれど、このお店ってこんなに築年数があったんだ。何年なんだろう、思えば聞いたことなかったな。

 今更そんなことで頭の中を埋め尽くして、浦原さんのことをなるべく考えないようにしていた。いつもなら元気よく活発に溌剌と、を心がけていただけにこんな内向的思考は柄じゃない。早く任務を終わらせよう、直前で立ち止まっていたなまえは浦原商店へ踏み入れた。

「あらいらっしゃい、今日はアタシいないって言ったのに」

 やっぱり来ちゃいましたね──。

 迎えたのは普段と変わらない店長のご挨拶。扇子で仰いで、ちょっと面倒そうにあしらわれるようなそれ。めげない心根で居留守には何とも感じたことがなかったのに、今日に限っては胸奥をチクチクと針で突かれた。ウソだったんだなあって、改めて理解してしまったから。

「こんにちは、浦原さん。もしかしたらいるかなーって思ってちょっと寄ってみました! ラッキーです」

 こちらも変わらない心持ちで返す。だめだ、お喋りしたくて仕方がない。この作戦は自分には向いていない。けれどこの後に平子さんと合流しなければならないことを思い出して、なまえは彼に近寄ることなく入り口まで後退りした。

「珍しい、今日は上がってかないんスか」

 浦原さんは扇子をパシリと閉じて置いた。
 それに言い訳をしたかったけど何も言っちゃいけないし。半ば板挟み状態のなまえは、はい、と首肯いてから「え、と今日は用事があって、ではまた」とだけ言い残して店を出た。
 背後からは「……へえ、そっスか」短い返事。
 浦原さんはその後にも何か言っていたかもしれないけれど、声を聞いちゃうと後悔でいっぱいになるから耳に蓋するように意識的に遮った。

 後ろ髪引かれる思いで道を歩く。トボトボと、げんなりする。いつもと違って素っ気ない態度をして、お菓子も一つも買わずにただの冷やかしみたいになって、好感どころか嫌われたと思う。元々好かれてはいなかったけど、流石に。
 あからさまに肩を落としたまま。集合場所に指定された数ブロック先の駐車場まで来た。

「ネーチャン、顔死んでるやん。大丈夫か?」

 前方から近づいてきた関西弁の男と予定通り合流。

「……これが大丈夫に見えます?」

 言いたいことは山ほどある。それは抗議と不服と愚痴と悲しみと、進展のなさ。

「まあまあ落ち着き、一旦深呼吸やで。はい吸ってー吐いてー」

 鼻で空気を吸い、口からゆっくり長く吐く。

「いや、深呼吸してる場合じゃないんですよ」
「しっかりノリツッコミしてくれんねんな。で、どないやった?」
「わたしには無理です、引くのつらいー! これ以上は無理ですー!」

 緊張がとけ一気に言い募る。
 溢れるがまま「浦原さんに居留守されてしっかり店番してた」とか「寄っていかないのは珍しいと言われた」とか。自分に意識が一ミリも傾いていない、とぎゃあぎゃあ平子さんに報告すれば、彼は片耳に指を入れてこちらの苦情を半減させていた。人にこんな苦行をさせておいて聞く気はないのか、と更に不服を申し立てたくなった。

「ええ感じやん。よう頑張ったな、明日もそれ続けてき」

 そう言って肩にポン、と手を乗せ労う。店長にされたらいいけど、そっちじゃない! とはいろんな意味で憤慨しそうになった。

「どこがええ感じなんですか! 喋れなくて悲しくて仕方ないのに」

 抗議の声は止まらない。

「だいたい店長のことまあまあ知ってるって言ってましたけど、本当にこれでいいんですか!? 辛いんですけど!」
「あーあーもうやっかましいなあ、アイツはこんくらいせんと気づかへんこと山の如しやで」
「喧しいってそんな。自覚してるから余計に刺さります」
「それ図星て言うんやで、かしこなったなあ」

 俯いたら出そうになる溜息。見せたらミッション失敗な気がしてぐっと呑み込んだ。そう、これは浦原さんを振り向かせるまでの険しい茨の道。

「明日もいないかもって言ってましたけど、……多分いるはずなので同じようにすればいいですか?」
「せやな、もっかい同じことしたら集合や」
「が、がんばります」
「言うたそばから泣きそうやんけ」

 仕方ないでしょう、辛いんです。とは言えず。クツクツ喉を鳴らした平子さんは、任せとき、と住宅街の方へ踵を返していった。

 浦原さんも、平子さんも、時折り唐突で突拍子もなくて。けれど自分も浦原さんを困らせているから、人のことを言えたもんじゃないか、と今日は任務完了にして大人しく帰路につくことにした。


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