追想と独白 (2)
 半月に一回、多くて三回、曜日は不定期に。午後の四時近くになると店先から、ほら、今日も。

「ごめんくださーい、浦原さんいらっしゃいますかー?」

 それに居留守を決め込んでいると、店内に入ったようだった。更に、こんにちは、いませんか、と呼ぶ声が響く。開店しているのに店主が不在というのは由々しき事態。そりゃあそうだろう。さあて、向かうか否か。居間で欠伸をひとつ、仰向けの顔に乗せていた帽子を僅かにずらした。何度も飽きもせずに諦めずに。自分を探すさまが、いつか見た光景と重なって、懐かしい。似たような言動が既視感めいたデジャビュのように錯綜する。大昔にもこんなことがあったような、いいや、回覧板なんてものあちらで扱っていただろうか。

『──奥にいらっしゃいますよね、浦原隊長。こちらに置いておきますから、必ず目を通しておいてくださいね』

 目蓋裏で紡ぐ貴女は、どこの隊の遣いだっただろう。自隊の者かそうでないのかさえ知らない。日常ですれ違うヒトの一人。結局、最後まで面と向かって受け取ったことはなかったな、と気怠い目蓋を押し上げた。

「廊下に置いておきますから、」

 ──目を通しておいてくださいね。

 いつかの女性と重なる。姿も所属も知らないヒトと。
 ああそうか、優しく鼓膜を打つそれが妙に居心地がよかったのだと、今になって理解した。探す声が途絶え、カチコチと動く振り子だけが耳につく。規則正しく刻む掛け時計を一瞥。彼女はもう帰ってしまっただろうか。今ならまだ間に合うか。深く考えもせず、反射で身体を起こした。

 持ってきてくれた謝意も居留守の詫びも、伝えなくてはと思った。おもむろに入り口へ向かうと、そこに残されていたのは三ツ宮の回覧板だけだった。置かれたそれを拾い上げる。近々行われる催し物についての町内連絡。これを届けてくれた方は参加するのか、なんて至極どうでもいい疑問が脳裏によぎる、と。

「あっ、やっぱりいらっしゃったんじゃないですか」

 一緒に渡すの忘れてました、と関連行事のチラシを手にしていた。

「いやぁちょっと奥におりまして。……ご足労おかけしてすみません、いつもありがとうございます」

 渡された紙を受け取って首を垂らせば、いえいえ、と笑む。胸奥に沁みるこの朗らかさは、与えられた一滴にゆらゆらと波打つ水面のようだった。

 あの彼女にも居留守をしなければ、同じように返してくれたのだろうか。もう二度と知り得ない事実だけが僕を過去に置き去りにする。


prev back next



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -