店長と雑用さんの距離が近い話
「ねえ、こんなことしていいと思ってるんですか」
「こんなことってただ横になってるだけですが、他にどんな意味が」
頼まれていた雑用が終わって商店の居間でだらけていると、浦原さんが手枕で同じように寝そべってきた。お遣いがとても疲れたのでわたしは半ばうつ伏せの横這いでぐうたらしている。
するとこの店長もまたそれに向き合うような形でほぼ真正面に横になった。静かな和室、何もない空間をぼーっと眺めていたのに急に雇い主が視界に入ってきては休憩にならない。わたしは休み時間やご飯くらいくらい一人になりたいタイプの働き方。なので干渉しすぎは困る。
「店番と雑用の合間くらい休みたいんですけど」
「休んだらいいじゃないですか」
「いやだからそこに店の人がいたら休まらないでしょう」
浦原さんは枕にしていた手のひらで頭を持ち上げて「そっスかねぇ」と面白おかしく口端を吊り上げる。わたし本人が休まらないと言っているのに、そうかなあ、はあまりに従業員の気持ちを蔑ろにしすぎでは? とろりと垂れた目で見下ろされたが変なことは言っていない、むしろプライバシーは守られるべきであるのに。一体何がおかしいんだろうと訝しむと同時にむむ、と眉間に皺が寄った。
「いつまで休憩を邪魔する気ですか」
「何もそんな言い方は悲しいっスよぉみょうじサン、いいじゃないですか添い寝くらい」
「絶対いやです、そういうの、断固として認めませんし」
何が嬉しくて上司と寝そべる。と言ってもこの人は上司という肩書きが不似合いなほど、その雰囲気を滲ませないのがまた憎い。けれどモラル的にわたしが無理なので、店長さんには従業員との距離感をもう少し保っていただきたいところだ。
「では逆にお聞きしますが。これがアタシの休憩の取り方だとして、どうしたら認めてくれるんです?」
「従業員の視界に入らないこと」
「手厳しい」
「だいだい、そういう間柄でもないのに店長と従業員が居間で横になること自体おかしいんです」
「そういう間柄、とは」
「男女の関係、って言わないと通じないんですか」
この店長のところで勤め始めてまだ数か月だけれど、いつまでも掴めない。理解できる日が来ることはないのだと改めて認識した。
また、そっスかぁ、なんて言ってわたしを見下ろす。欠伸を一つあげたあとの潤んだ眼、向こうも眠そうなのでこれ以上はもういいやとも思えてきた。わたしは横向きのまま、猫のように脚を曲げる。結局添い寝じゃん、と思いつつも眠気には勝てなくて。浦原さんもまた同じような体勢で向き合った。休憩がてら昼寝でもするんだろうなと、そんなことをぼんやりと考えていた。
「じゃあ、これならいいんスかね」
なにが、と胸の内で吐いた疑問は出さなかった。わたしはもう仮眠に入るのです。残念ですが業務時間外なので返事はできません。そう思って目を瞑る。
「アタシとそういう間柄になれば、問題解決なんでしたら」
一度下ろした目蓋を上げるには十分すぎた。
「は」と頓狂な声を上げてから、「休憩中ですよ、いい加減にしてください」といつもみたいに適当にあしらった。
「ええ、ですからアタシの休憩も取りたいんで」
「あの、聞いてましたか」
「聞いた上ですよ。あたしは貴女といると休まるんで、男女の仲になりませんか、というご提案をなまえさんに差し上げました」
突拍子もなく、なに。表情は眠そうなのにふざけ倒したような、それでいて至って真面目腐った内容を口走ったので、もう訳がわからなくなってしまった。
「まって、ちょっとまって、……一回、仮眠させて」
項垂れようにも横這いだったので、折り曲げた座布団枕に顔を埋める。今の出来事から逃避したものの、寝たところで、というか心臓が喧しくて眠れる気がしない。
「……ボクも少し寝るんで、起きたら、また」
──話しましょ。
ああ、だめだ。目蓋裏に映る浦原さんの締まりのない顔が、これまでの心象とは似つかないほどやけに端正に浮かんで、きっとこれはもう手遅れだ。
数十分後のわたしへ、思考は正常に働きそうにありません。店長への振る舞いも今まで通りの、何もなかった数十分前と同じにはならないでしょう。
店長と従業員以前に、わたしたちは男と女でした。おやすみなさい。
prev back next