紅茶の理由を聞かせて
 おやつの三時。自由気ままに営む自分にはあまり関係ないのだが、振り子が鳴ると自然と足が台所へ向かう。何十年も体に染みついた習慣だ。

 流し台では、鉄裁が緑茶以外のものを淹れていた。本日来客はない。となれば、居間で仕事を片付けている彼女かと察するには容易かった。お盆に乗せられた紅茶に少しのミルク。これがなんの紅茶かと置かれた茶筒を見ればアッサムとあった。馴染みの薄い小洒落た缶は軽く、すでに長く使われていたようだった。そうか、なまえは湯呑みよりティーカップを好むのか。特に気にかけていなかった分野へ、今更に新しい知見を得た気がした。

 台所を後にしようとする鉄裁に、

「へぇ、西洋のお茶の方がいいんスか、彼女」

 と感じた通りの感想を投げかけた。他意はない。

「おや、店長でもご存知ないことがありましたか」

 珍しく鉄裁が口許を緩ませる。

「親しいからと言って全てを知ってる訳じゃないっスよ」

 親しい。まあ親友よりかは少し先の、と言っても体だけではない訳だが。親密というか、色恋のそれというか形容はなんでもいい。ただ、昔馴染みの同居人にそんな話をする気もないので適当にハハハ、と笑っておいた。
 すると「ほう」と相槌を打った鉄裁から、お盆を差し出された。

「ではこちらをお渡しくだされ」
「ボクがっスか」
「店長にお持ちいただくのが適任かと」
「適任ってただ持ってくだけですよ」
「ええですから相応わしいのです」
「はあ」

 押し問答の挙句に解せない答を受け入れた。渡されたお盆を慎重に持っていく。普段は鉄裁が持っていくのに、敢えて渡すとは何か意図があるのだろうか。先ほどの、秘められた暗喩のような会話を脳内で再生してみても真意は謎だった。カップから漂う、日本茶と異なる芳醇な葉の馨り。多くを言わないだけで本当は和より洋を好んでいる? 近しい間柄にも拘らず、自分の知り得ない事実を鉄裁だけは──。いや馬鹿馬鹿しい、休憩へ持っていくだけだというのに一体何を。

「はぁい、今日はアタシがお持ちしましたよん。なまえサン」

 和室で寛ぐなまえの目の前へ置いた。

「わあ、ありがとうございます」

 嬉しそうに礼を向けられると何故だか余計に靄がかかる。あなたは紅茶が好きなんですか、と一言聞けばいいものを。知りたい事をこちらから誘導している気がして納得がいかない。そちらから好みのものを存分に告げたらいい。

「いい馨りっスねぇ、たまにはこういうのも悪くない」

 考えた末、なんでもないように茶の感想を返した。

「こうやってミルクを入れるといいんですよ」

 言って、彼女は添えられたそれを注いでくるくると混ぜ始めた。

「ほら、できました」

 はにかんでどこか照れ臭そうに。滲み出る喜悦は休憩にありつけるこの瞬間に対してだろうな。いつも通り鉄裁が持ってきたとしても、同じように接するのだろう。であれば自分でなければならなかった理由が未だ見当つかずで腑に落ちない。

「美味しそうっスね、普段の緑茶には出せない色で」

 対比して述べると、なまえはひと口啜ってからこちらを一瞥して言った。

「浦原さんの髪色みたいでしょう? ミルクティーって」

 ああ、なんだ、……そういうことか。
 言下に気付けば、腹底で思案していた事が本当に馬鹿らしく、こんな愚考は誰にも言えやしないなと、ふっと目を細めた。

 ──あ、浦原さん、笑ってます?

 悪い大人へ抗議でもするように、横からこちらの顔を覗こうとする。

「いやぁ、なまえさん……そんなに好きだったんスねぇ、あたしの色」

 隣の彼女を直視することなく、広げた扇子で声音ごと遮った。


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