泥酔するにも限度ってもんが
 がん、どたばた、がたん。閉め切ったはずの店先から喧しく音が響いたと思えば、「ただいまぁ、かえりましたぁ」と間延びした声。時刻はもう夜十一時を回っている。子供たちは寝静まり、大人もそろそろ休もうかという平日の夜、なまえは真っ赤な顔で戻ってきた。

「あら、こりゃまた随分と楽しまれたようで」

 今日は久々の飲み会だから遅くなるとは聞いていた。深くは訊ねなかったが営業関係の、誰々とその上司だとかなんちゃらで。正直彼女以外の人物の名なんて興味がないわけで、耳には入れたものの覚える気は更々なかった。

「わたくし、もどりましたぁ」

 しこたま呑んだのか、これ程になるまで。いや呑まされたのか、彼女が下戸だと分かっていながら。沸沸と、耳に入れっぱなしにしていたどうでもいいはずの名たちが脳裏に浮かぶ。まあ加減なしに呑んでしまったのは彼女なので、それを周りに咎めるのはお門違いってものだが。

「たくさん呑みましたねぇ、よかったですねぇ」

 上がり框で項垂れて倒れ込む体を脇下から抱き上げる。

「うーらはーらさん、ただいまぁ、もどりましたぁ」
「はいはい、それは聞きましたよーなまえサン。おかえんなさい」

 回らない呂律に、繰り返す会話。典型的な酔っ払いと化した彼女は、この状況をわかっていないらしい。
 あとは着替えさせて、顔を洗って歯を磨いて寝させるだけだ。成る程、工程が多い。普段子供にさせることをへべれけになった大人にできるのか、介抱を越えて不安要素しかない。

「ぎもちわるい」
「あ、吐いたら駄目っスよ、あと少し我慢してくださいねー」

 ぐっと肩まで抱き上げて担ぐ。背中にぶちまかれてしまったらひとたまりもない。だがこれが運ぶにも酔い覚ましにもちょうどよかった。

 泥酔から漂う酒臭さも彼女だと笑って許せてしまうから不思議だ。これが男だったら渋々の対応になるのだろう。
 のしのしと廊下を進むうちに鼻腔を掠める、アルコール以外の苦い煙の残り。それはやけに眉間を疼かせた。非喫煙者の彼女なら絶対に身に纏わない、自分の煙管でもない、知らない残り香が。

 ──何種も混じった、しかもこんなにも染み付くほどに。

「たのしかったから、もうねたいー」

 もう気持ち悪くはないらしい、それは何よりだ。
 こっちはこっちで事情が変わったので素面に戻った時にじっくりと聞くとしようか。彼女を着替えさせ、寝支度をして、そして明日の朝に目を覚ましてから。

「……ちょっと聞きたいことが二、三ありますが、今はよしときましょうかね。なまえさん、ご気分が宜しいみたいですし」

§


 普段早起きのなまえには珍しく、昼前にむくりと半身を起き上がらせた。快眠だったのならたまの泥酔も悪くはないのだろうが。

「おはようございますなまえサン、二日酔いは大丈夫っスか? お水とお薬あるんで言ってくださいな」

 起き抜けに布団の側で問いかける。彼女は夢の中なのか記憶がないのか、まだ目が開けきらないようだった。手元に水と薬はあるものの、ほしいとは言われなかった。

「ん、昨日、わたし……」

 目頭を押さえながら、うーん、と項垂れる。恐らく昨晩の食事会から帰りまでを振り返っているのだろう。暫く無言の間があいたあと、彼女は「あっ」と何かを思い出したように顔を上げた。顔面蒼白、直後、額に滲む汗。視線が右往左往と揺れ動く。

 普通に憶えていないとシラを切ればよかったものを。何か後ろめたいことあったのかそれとも──。

「あー、頭痛もないようでしたら薬はいらないっスかね」

 横に置いておいた薬と水をすっと遠ざけて彼女と対峙した。気まずそうに俯く様子は一体何に対して非を感じているのか、貴女からそれを引き出さないとこちらとしても得心がいかないので。大人げないと言われようが仕方がない。

「あの、昨日は、その、」

 昨日の事を話し始めたあたりで、訊くとしましょうか。

「まずはそっスねぇ。昨晩は営業の誰々サンと上司と、どなたでしたっけ、男性か女性か。なまえさん、もう一度お聞かせ願えますかね。
……アタシ物覚え悪いんで」


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