新しい宿に着いた夜中、風呂へ入れなければと爆睡していたいづみを起こしたのは良かったが、喜助は困惑していた。

「きすけさん、おかしちょーだい」

もぐもぐと彼女の口は休まることを知らず。昼間に体力を使ったが為に眼が冴えてしまったのだろう。いづみは髪を乾かしてもらったあと、小腹が空いていたのか、長いこと菓子をせがんだ。昼間に貰っていた無限甘菓子に心が奪われ、喜助を見るたびに他になにがあるのか、どれくらいあるのか、と興味津々の様子だった。

「ちょーだいちょーだい」
「ダメっスよー。夜にお菓子ばっか食べて太ったらどうするんスかあ、怒られますよ?」
「だいじょうぶだもん、おこるひといないもん」

ムッとしながら言い切るいづみに、喜助は立場が悪くなるのを感じる。ヒトの痛みに付け入るのが上手いというか、なんというか、やはり困惑した。

「じゃあこれで最後、約束」

結局あげてしまう喜助。いづみは、やったあ、と嬉しそうにしてから小指を差し出していた。

「え、なに」と返せば、「やくそくでしょ? はい!」とあっけらかんと。ああそんな儀式めいたものもあったな、と自らの小指をそれに絡ませた。
「ゆーびきーりげーんまん」から始まる言霊を大人しく聴いているが、喜助がこの約束を破る事はまずない。お菓子をこれ以上食べないという決め事はいづみだけのものだ。それを分かっているのかいないのか、ただこれがやりたいだけなのか。喜助は可笑しくなって口元を緩めた。

そして、「ゆびきった!」のあとには満面の笑みのありがとうを貰う。
この娘はまだ世に生を受けて数年ほどだというのに、よく躾けられた子だと妙に感心した。

「ところで、いづみはいくつっスか?」そういえば年齢を聞いてなかったな、と今更ながら問いかける。
「ろくさい、らいねんしょうがっこうへいくの」彼女は両手で数字の六を作った。続けて飴を舐めながら「きすけさんは?」と聞き返す。

「あー、何百歳も上っスかね」

これに驚くのかと思いきや、いづみは「ああ、そっか」と納得していた。逆に喜助が腑に落ちない。「えー、今の信じたの」喜助が笑うと、彼女は嬉しそうに肯く。

「だって、きすけさんは、もりのまほうつかいだから」

もはや妖精ですらなくなったことに呆然としながら思い返した。

(装置を使うとき、子供だからと『元に戻れるかもしれない魔法』とは言ったな、)

確かに言った、と苦笑を浮かべる。確かにこの際魔法使いに見えてもおかしくはない。寧ろ、あれを説明しろという方が難易度が上がる。

「えっと。次帰った時に、ボクと何してたか他の人に言いふらしたらいけないよ。いづみを困らせるだけだから」
「いづみ、まほうつかいにあったことは、だれにもいっちゃいけないってしってるからいわないよ」
「えっなんスかそれ。そんな言い伝えあるの」
「よんだえほんには、そうかいてあった、おぼうしもかぶってた」

それは一体どんな絵本だと思いつつも、逆に都合がいい、と自身を魔法使いに仕立てることにした。

(まあ仕込み杖もありますし、強ち間違いじゃあないっスけど…)

終わりのない子供の想像力には驚かされる。だが、それも育ってきた環境や周りの人々の影響なのだろうな、とまだ六つの彼女にそっと視線を落とした。

「ねえ、きすけさんってほんとうは、おとこのひと? おんなのひと? それともはんぶん?」
「はい?」

いくら想像力が豊かとは言え、流石にこの質問には頓狂な声を上げた。急に何を言い出すのかと頬を掻きながら、当たり前のことを返す。

「ボクは正真正銘、男のひとっスよ。なんでそんなこと聞くの」
「だって、わたし、っていってたから。ばあばといっしょ」

そう思うのは普通でしょ? と言いたげなほど純粋な双眸。喜助は、成る程、と頷きながら答えていく。

「アハハ、それは、…ボクが商人だからっス! お菓子を売るときはそういう話し方なんでね」
「ふうん、わかった。きすけさんはおとこのひとなんだ」

大きい質問をした割に存外素っ気ない返事だった。恐らく何故それを使うのか、など特に気にしていないのだろう。男か女かが重要だっただけで。いやぁ子供はこういうところがあるな、と思わず苦笑を零す。

(まあ、なんとも子供らしい疑問っスけど……、半分ってなんスか半分って)

喜助はその意味を確認せずに質疑を終えることにした。

ふ、と壁掛け時計へ視線を向ければ、時間が午前様を迎えている。これはいけない、といづみに歯磨きをするよう伝えた。聞き分けの良い娘は、「はい」と快い返事をしたあと、すぐさま洗面台へ向かう。そりゃ魔法使いが言えば従順だろうなと納得した。

「終わったら寝るよー」

布団を二つ敷いて、いづみが戻ってきたところで消灯する。

「きすけさん、」彼女は自分のところに置いてあった枕を持って近寄る。皆まで言わずに訴えるような眼差しに、「いやぁ、やっぱり甘え上手だなあ」と参ったように声を落とした。

「なんか、こわいから」

それは頷けるなと喜助は布団を捲って、おいで、と呼ぶ。外面は祖母と同じの老女が全くの別人だったとは、哀しみを通り越して怖い思いをしただろうとその不安を汲んだ。

喜助はいづみを安心させるように、手枕になって横になる。少し見下ろすような高さを作って、空いた片手で彼女の肩まで布団をかけ直した。そうして腹あたりに掌を乗せ、ぽんぽんと規則的にあやす。

この仕草に母親か家族を重ねたのか、いづみは喜助と向き合うように体を丸める。外から差す月明かりが彼女の表情を照らした。パチ、と上目を遣うような視線が喜助を捕らえる。

「寝れないの」と問うと、彼女は「ううん、」と返した。
すると、彼女は小さな腕をかざして喜助の顔の真ん中へ近づける。「え、」と予期せぬ行動に喜助が戸惑う中、鼻先あたりまで伸びた前髪を触り、ぺらっと後方にかき上げた。
流石の喜助もこの行動には眼を丸くし声を失う。

「へへ、みえた!」そう喜ぶいづみに、それだけか……と変に心が焦燥した。

「まえがみ、じゃまじゃないの?」
「あー、もう慣れちゃったから平気っスよ」
「ふうん」

きっと長いこと抱えられ、至近距離で顔を眺めていたから不思議に思っていたのだろう。時折、子供は想像の上の更に上を行く行動をとるから大変だな、と口には出せない想いを胸中で吐いた。

「ほら、寝るよ」

そう告げた時には、いづみはすでに夢の中だった。

「いやぁ、おやすみ三秒どころか一秒もないとは」

喜助は手枕を外し、同じように向き合ってから目を閉じた。


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