道の駅で食べたり飲んだり。好き嫌いなんかを他愛もなく話していると、喜助が問う。

「ところでいづみサンは、どっか行きたい処とかしたいことはないんスか?」
「うーん、したかった事はおばあちゃんちでのんびり夏休みを楽しむことだから」
「すみません、おばあちゃんの家からずいぶん離れてしまって」

彼は苦笑気味に頭を掻く。いづみは、そういう意味じゃなくて、と慌てて口を挟んだ。

「違うよ、ただこうやって田舎で過ごしたかっただけ! 夏くらいしか来られないから」
「いづみサンは普段は都会に住んでるんスか?」
「うん、お母さんとお父さんと三人。あっでも楽しいよ、来年は中学生になるんだ」

喜助は「いやぁ、この間まで小学生なるって言ってたのに、成長は早いもんっスねぇ」と目を細める。
会えなかった空白の六年を埋めるように、これまでのことや自分のことを告げる。学校で最近あったこと、家のことを一方的に話していると、ずいぶんと体が涼んできた。そして、ふと。いづみは売店のひとつに目を向ける。季節柄の品が店頭に並んでいるのを見つけ、それを見るや否や、「あ!」と声を上げた。

「ねぇきすけさん、いづみ、花火がしたい!」

ガタ、と椅子から立ち上がり指を差す。その先には家庭用の様々な大きさの打ち上げ花火や手持ち花火が売られていた。

「へぇ、花火っスか、」
「だめ、かな?」
「駄目なわけないじゃないっスかあ、もちろんいいっスよ」

売店を遠巻きに眺める喜助は、懐かしむような顔で言ってから、すっと立ち上がって行ってしまう。やりたい事を望むままお願いしてみたものの、あまりに即決な流れだったのでいづみは、ほんとうに買ってくれるの? と独り残されその後ろ姿を見つめた。大きくなるにつれて十二才にもなると、欲しいものをおねだりして買ってもらうことや強い要望が通ることは、めっきり減っていた。

(突然思いついて言っちゃったけど、もっと丁寧にお願いした方が良かったかな、それとも言わない方が良かったかな)

いいよ、と否定もせず二つ返事で与えてくれる喜助。否定から入らずに肯定する家族は祖母以外に出逢ったことがなく。彼には感謝の想いを通り越して別の心情を感じた。──あ、きっとこれが遠慮で。この気持ちは相手を思いやることなのかな。

「じゃ、夕刻近いですし、外が明るいうちに移動して花火しましょ」

バケツにライターなど、花火をするにあたっての必需品を手に提げ、喜助が戻って来る。バケツの中には二人で楽しむには十分の、様々な種類の花火が詰められて。──かけられた声には空返事に。

「あっはい、」

嬉しかった。とても。小さい子みたいに嬉しかった。

「えっと。ありがとう、きすけさん」
「いえいえ、ボクも久しぶりだったんで太っ腹に買いすぎちゃいましたよぉ」

けらけらと笑む。自分と同じように楽しそうにする喜助を見て、手を挙げて走り回りたいくらい喜びたかった。

(はじめてだ、)

花火は観るものとして育ち、都心近くの大会は家族三人で観に行った事はあるけれど、した事はなかった。売られているのを尻目に通り過ぎ、忘れ去られるだけの小さな線香花火。ほんとうは口に出せなかっただけで、自ら花火をしてみたかった。都心では多くが規制されているようで、花火をしたら通報されて終わりなところも。だがもちろんできる場所もある。「この公園では出来るらしいよ」と耳寄りな情報を教えても、両親は乗り気ではなく、近所の迷惑もあるし何かあったら大変だからと面倒そうに口を濁していたのを憶えている。嬉しくない返事は哀しかった。

「なにぼうっと座ってるんスか、ここで花火はできませんよー」
「わっ分かってるそんなこと! 荷物まとめてたの」
「荷物なんてないのに」
「帽子とか!」
「はいはい」

行きますよ、と喜助に言われて急いで後を追った。







喜助は橋を渡って下へ降りていく。その後をついて行って、様々な大きさの石が転ぶ上をじゃりじゃりと進んで立ち止まった。この町の広い河原では花火して良いそうだ。周りに民家もなく、こんな素敵な場所で花火が出来る事を改めて感謝した。

上には茜雲がかかる空。準備は陽が落ちる前に、と進めていく。率先してバケツに水を汲んでから、袋に入った花火を眺めてどれから試そうかとワクワクしていた。喜助も横に立って同じように見る。
その中のひとつ、輪っか状のものには持つところがない。どの花火がどういったものか分からないいづみに、「これは鼠花火といって地面に置くと鼠のように動いて回るんス」と教えてくれた。「へー、そんなのあるんだ。面白そう!」と返したいづみは「これは?」「これはどういう花火?」と続けざまに質問が止まらなかった。

「はは、実際にやってみた方が分かりますよ。全部試していいから」

そう勧められて、まずは見知ったすすき花火から。
手にしたはいいがどうしたら良いかと窺うと、ライターを持った喜助が慣れた手つきで着火してくれた。ドキドキしながら火がついて。そっと灯って暫くすると音を立てながら勢いよく火花が散った。黄色から白く、紫にも移り変わって。こんなに至近で目にした事のない光景に、いづみは「わあ、」と驚きと喜びの入り混じった歓声を上げていた。
この様子をただ眺めているだけ喜助に、「きすけさんも、花火!」早く早くとせがむ。「慌てなくても、まだありますから」彼は眼尻を垂らしていた。

一本目はあっという間に終える。ああもう終わっちゃった、と残念そうに彼を見れば手には二本目を。
すると今度は。喜助自身が持つ分へと先に着火して、火花が飛ぶ。他のひとの持つ花火が散る様子はとても美しかった。たくさんの色を使って絵日記に残したいくらい。最近は、白黒の勉強ノートに敷き詰める無色な文字しか触れていなくて、煌びやかさが一層焼き付いて。ほんとうに、綺麗だった。

「ほら、いづみの分をこっちに寄せて」

意図は解らないが言われるがまま、火のついていない花火を喜助のそれに近づける。「こう?」確かめながら喜助へ肩を寄せて。

「そう。こうやって他の花火から火を分けてもらうんスよ」

分け与えてもらう距離が妙に気恥ずかしくて。こんな気持ちに変なの、と戸惑いながら風物詩の楽しみ方はしっかり学んでいく。

そうして三本目に四本目、何本も、何本も。あっという間に数は増えていき。次第に辺りは真っ暗に。ちらりと天を仰げばテレビでしか見られない、宝石をばら撒いたような星空が、──。

「ねぇ、星もいっぱいだよ」
「ほんとう、これはたくさんだ。…あれが夏の大三角形ってやつっスね」
「へえ! どれどれ?」

喜助が夜空を指差して教えてくれる星座たちは、見たことがなくて新鮮だった。
山田舎の一角に外灯はなく、ここらの明かりはきらきらと輝く火花のみ。それ越しに映る喜助の顔は見慣れていたはずなのに、陰陽が際立って美しいと初めて思った。きっと何でも熟知して思い通りにこなしてしまう彼を尊敬したんだといづみは認識した。

(きすけさんは、なんでも知ってて、なんでもできて。すごいなあ)

続けて喜助が「はい、お待ちかねの」といって並べられた物たちへ目をやる。
ひゅるんひゅるんと廻る鼠花火、弾ける結晶のような棒状のもの、飛んでいくロケット仕様に、太くて派手な手筒花火。
初めてのものがたくさん記憶に刻まれていく。忘れることのない素敵な想い出を胸に焼きつけた。「わあ、これも楽しい!」いづみは此処がどこかも忘れてはしゃいだ。どれも違っていてぜんぶ好き。全て試させてもらったけれど、最後のものはちょっぴり怖くて喜助に持ってもらった。

「あと、こういうのもありますよ」

言って、平らな場所へ置いたのは打ち上げ型のようだった。

「ばーん、て大きいのが出るの?」待ちきれない様子のいづみに、「まあ、見ててくださいな」と喜助がそっと着火した。

──ボンッ、大きな発射音が響くと。上へ上へ勢いよく昇ってもう一度弾ける。

暗くてその瞬間はうまく見えなかったが、何かがヒラヒラと降ってきた。まるでパラシュートのような傘がゆらりと舞いながら。ぽと、と地面に落ちた所へ駆け寄ると、パラシュートの先には可愛らしいネコの人形が。

「ええすごい! なにか降ってきたらお人形がついてた!」
「昔から落下傘の花火はあるんスけど、近頃のは玩具がついてるんスねぇ」

彼も興味津々にそれを覗き込む。

「ですが、ここらで終わりみたいっス。最後に線香花火でしめましょ」

いつしかこの楽しさが一生続けばいいと思っていた。いづみは、一瞬顔色を曇らせた。何事も、始まりには終わりがあるけれど。今回はあまりに早すぎる。嬉しい時間はあっという間だった、ほんとうに。

「線香花火は短く儚い、まあそれが案外良かったりする」

最後に喜助が言った意味はよく分からなかった。けれども、もう終わりなのは理解した。「わかった」寂しそうな色を含ませたいづみは大きな石の上に腰掛け、線香花火を持つ。そっと火を添えられ、隣に座る喜助も同じように線香花火を垂らした。

「ぱちぱち音がして、小さなたまができて、かわいい」
「長く持たせるには少し斜めにするといいよ」

言われたように傾けた。
それでも大きくなる火の球はいずれ落ちてしまい、──ポト。

「…おわっちゃった」
「あと少し残ってるからやり尽くして終わろうか」
「うん」

落ち着いてくると、漂ってくる煙の香り。気づけば響いている虫の声。
祭りの後のような恍惚感に人気のない閑けさ。このまま線香花火が無くならなければいいと願った。決して口に出せない願望。こんな事が体験できるなら、神さまもいるのかな、いづみは胸奥がきゅっとしまって苦しくなった。

しかし意に反して終わりが来てしまった。互いに寄り添った腕の熱が離れていくのも寂しくて。いづみは落下傘花火の人形を握りしめて立ち上がる。バケツと残骸を持って振り返る喜助は、眉尻を下げていた。

「花火、楽しかった?」

いづみはそれに二度、うんうんと肯いて「きれいだった、ものすごく!」と想いのままを伝えた。前を向いた彼から、そりゃ良かった、と声が返ってきて。いづみも、きすけさんと会えて良かったと心底安堵した。


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