こうして野菜や特産品の並ぶ道の駅へ。
こぢんまりとした建物の中へ入ると、小さいながらに食べるスペースがあった。そこのどこかに座るように言われ、大人しく席につく。田舎特有の自由気ままな開放感もあって真新しい観光気分を味わえた。いづみは被っていた麦わら帽を外して涼んでいると、喜助がソフトクリームを両手に運んできた。

「──わあ! アイスだ、ありがとうございます!」

苦手意識を感じていたのに、その相手に対して、一気に声が高く跳ね上がった。

自分の分も片手に喜助は「喜んでくれて良かった」と席につく。
上機嫌になったいづみがミルク味のソフトクリームを手に取ると、彼は続けて「いづみサンは甘いものが大好きでしたから」と目を細めた。その表情に、あれから六年間も経つのに憶えていたのか、と先ほど感じたものに似た疑問が浮かぶ。
しかしいづみは、それよりまず甘味を摂取したい、と「いただきます」と断ってからペロペロと舐め始めた。

「美味しい?」
「はい、とっても美味しいです」
「おや、いつの間にか敬語使うようになっちゃって」
「そ…それは、きすけさんだって」
「ボクは昔っからですよぉ」
「そうだったかもしれない」

あんまり喋っているとアイスが垂れてくる。ああ危ない、と急いで舌を這わせていると、喜助は「はは、食べてからゆっくり話していいっスから」と可笑しそうに笑った。

そうしてコーンまでしっかりと食べ尽くし、水を飲んで、ひと息つく。家族旅行をあまりした事がなかったいづみは、幸せな観光気分を味わっていた。
「で、何から話します?」待ってましたと自ら切り出す喜助に、たくさん渦巻く疑問を一つずつぶつけていく事にした。

「えっと……。きすけさんの姿が変わらないのはなんで?」

一番に聞きたいこと過ぎたのか、昔の感覚を少しずつ思い出してきたか、敬語をつけるのを忘れてしまった。それでも喜助は「あー」と考えながら答えていく。

「そうっスねぇ、ボクは元々寿命が長いっていうのもあるんスけど、それ以前に時空の歪みか何かで、向こうとこちらで時間経過が若干異なるようで」
「どういう意味? きすけさんがいる所では六年間は六年じゃないの?」

元々寿命が長い、──この部分に関しては疑わなかった。
ヒトではないけれど外見だけヒトの借り物かも、と意識の根底で認識していたのかもしれない。すんなり受け入れている自分も自分だけれど、これは祖母から譲り受けた予備知識のお陰だろう。だからその箇所は問わずに、時間が異なる事由に対して声を返した。

「いえ、一分一秒、一年。時間の流れ自体は同じなんスけど、幼いいづみに出逢ったのがボクにとっては少しだけ前なだけでして。つまり六年も経ってなかったりするんス」
「ええ〜、すごい。よく分からないけど、すごい」
「ただそれも越えてみないとこちらで何年経ってるかが分からないんで、今はまだ確証実験のひとつみたいなもんで」
「うーん、それは言ってることが難しい…」
「分かりやすく言えば、こっちへ来てみないといづみサンが何才かは分からないってことっスね」
「…あっそういうことか、えっとね、こっちでは六年経ってて、わたしは十二才になったの!」

意味が合致したいづみは張り切って答えた。

「うん。大きくなったね、驚いた」喜助は頭のてっぺんに大きな手のひらを乗せて、わしゃりと撫でる。こんな風に誰かから撫でてもらうのは本当に久しぶりで、何もしてないのに褒めてもらえたようで、いづみは、えへへ、とはにかんだ。

「…あとね、さっき助けてくれた時。下に地面がなかったから、きすけさん、浮いてた気がするんだけど……。ほんとうはヒトじゃないんでしょ?」

やっぱり気になったことを伏せたままには出来なかった。寿命が長いって言われたことも、小さい頃に変な機械を使ったことも。憶えているけれど、これを口に出すことは恥ずかしくて。ヒトじゃないなら何なのか分からないし、祖母の言っていた迷信だって信じたくはなかったのだから。それに小学六年生。来年は中学生なのだ、子供じみた思考は自尊心を傷つける。

「あの頃のいづみは魔法使いだって自信持ってたのに、信じられなくなった?」
「わ、わたしもう幼稚園じゃないし、六年生なの。魔法使いなんて思わないよ!」
「そんなこと言って、顔には魔法使いかもって書いてあるっスけどねぇ」
「えっ、書いてない! 書いてないし!」
「耳まで真っ赤にして、ほら、暑いのなら仰いで差し上げますから」

へらりと笑う喜助から、開いた扇子で風を送られる。「……っ、」いづみは堪らず顔をそっぽ向けた。結局何者かは明かされず。誤魔化された気がしたけれど、これ以上触ると魔法使いの話で揶揄われるのが落ちなので、もう聞かないことにした。

(…もういい、神隠しとか狐とか、考えないでおく)

いづみは少し膨れた。男子にちょっかいを出されたような、なんか複雑な気分でツンとした態度を返す。

「まあまあ、怒らないでくださいよ。可愛らしいお顔がもったいない」

ぱたぱたと扇子を仰いだまま、喜助は軽口を叩く。
なんだか、このおじさんの所為で心が忙しい。感情遷移が激しくて疲れる。そう感じるのも悔しい。でも、このヒトの性格は最終的に優しいと知っているから、怒りきれないしきっとまた居なくなったら寂しいのも解っている。
諸所諸々を考え巡らせたいづみは「……別に可愛くは、ないけど」と告げたそれよりも嬉しそうに呟いた。

しかし、思う途中でいづみは気づいた。
いずれ帰るのが通常ならば、こうしてこっちへ来ている間、喜助の言う『向こう』にも待っているヒトがいるのではないのか、と。こちらが寂しいと思うということは、向こうでも誰かが同様に感じているということ。生を受けまだ十二年しか経っていないのに『寂しい』という感傷へ人一倍敏感ないづみは、不意に眉尻を下げていた。

「きすけさんに、家族のひとはいないの。待ってるひと、とか」

今、この瞬間に会っていることが少しだけ心苦しくなった。向こうではそんなに時間が経っていないかもしれないし、その逆かもしれない。実際いづみには何が起こっているのか分からない。けれど、置いていかれるヒトの気持ちは知っているつもりだ。

「あー、そうっスねぇ。いますよ、一緒に住んでいるヒトたちが」

ああやっぱり。いづみは早く帰った方がいいのでは、と焦燥に駆られると同時に、一緒に住んでいるヒトたちが気になって仕方ない。そもそも喜助の正体が分からないのに、全く可笑しな関心だ。

「一緒に住んでるひとって、奥さん、とか?」

これに喜助は一瞬答えるのを躊躇ったのか、自分を見つめながら頬を掻く。

「……いるように見えました?」
「別に、おじさんだから。いてもおかしくないだけ」
「そんな冷ややかな目つきで言わなくても」
「どんなひとなんですか、住んでるひと」
「えっと、いづみサンと同じくらいの子供、と言っても実子じゃないっスけど。その子らが男女二人と、大人の男性に女性。あとボクの相棒も女性っスね」

彼は案外ぺらぺらと答えてくれた。女性が二人もいて、男性に子供も居て、大家族なのか親戚なのか、よく分からなかった。『向こう』にとってはそういう暮らし方が普通なのかもしれないけれど。両親と三人暮らしのいづみは、賑やかそうな日常にほんの少しだけ羨ましく感じた。

言われた人数を指折り数えていると、ひとつだけ引っかかり「…ん、相棒…?」いづみは怪訝そうに訊き返す。喜助は「ああ、こいつっスね」といつも肌身離さず持っている杖を指した。

「え……杖が相棒で……女の人」
「はい、ご推察のとおりっス!」

いよいよ騙されているのかもしれない。
子供騙しか、といづみは話半分で「へぇ…」と呆れつつ、「一体どんな女のヒトなのそれ」とこれまた半信半疑で返した。

「そうっスねぇ、言うならば…、おおらかで髪が長くて強い女性っスかねぇ。…にしても、改めてどんなヒトかって訊かれると難しいもんです」

喜助には珍しく、首を傾げながらそれでも答えてくれた。その姿は真面目なのかふざけているのか判断に難しいけれど。いづみは「そうなんだ、」と素直に聞き入れた。
自分には昔から気になることがあると頭より口が先に動いて質問していたり、行動に起こしていたり、そういった節がある。色んな事に興味津々なのは元来の性格だと喜助自身も解った上で話してくれたのかもしれない。

(…おおらかで、髪が長くて、強い女性…)

十二才ながらにいづみは、この三点を胸に刻み復唱を重ねていた。これらはきっと彼にとって大事な要素なのだ、と。──ただし、この行動と感情が意味することだけは理解できないまま、そっと眉根を寄せた。


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