ヴァン・グランツは稚児趣味なのかしら?
アリエッタとの出会いで、連鎖的に導師との繋ぎが出来た。
それは構わないが、芋蔓式にダアト残留が確定した事に溜息を吐きたい。
残留するとなれば士官学校を卒業し、配属が決まるのだがそれは最低でも後一年半以上先の事だ。
騎士見習いとは云え任務がある。
パートナーと組み任務を遂行するのだが、例外もいるわけで、赤毛の彼はその例外に当てはまった。
士官学校すら入らずに軍に入隊した彼の面倒を見るのはヴァン・グランツ。
主席総長である彼が一兵卒に付きっ切りとは…ショタコンだったのか?
と疑問が湧いてしまうのは仕方の無い事でしょう?
しかし任務となれば話は別。
いくらショタコンでも彼は一兵卒。
扱い辛いと専らの噂の中で、誰と組ませれば?
と思案した所、経験の浅過ぎる彼とペーペーよりはマシと認識されている私がコンビを組むのは無難だろうと放り出されたわけだ。
アッシュへの印象は最悪の一言に尽きた。
髭…ヴァン・グランツに褒めちぎられた剣の腕は実践向けではなく、本当に子供の手習い程度だったの。
だからこそ力量が無いのにプライドが高く、他の誰ともコンビを組めないから比較的調和が得意な私に回されたのだろう。
分かっているのかしら?
私に回されると云う事は、軍人レベル最下位を意味するのだ。
後ろ盾が無ければ即軍籍抹消でしょうね。
募った苛々を発散させるように私は山賊を切り捨てた。
勿論、隣で奮闘するアッシュもだが…。
絶命した塊に怯える彼が初めて人殺しをしたという事実が浮き彫りになった。
あの髭将軍は何を考えてるのかしら?
大事な子供なら檻で囲っていれば良いものを、違う、俺じゃない、と混乱する様は軍人として見っとも無い。
一般人であれば違ったのだろうけれども…。
軍属である限り私達の仕事は人を殺す事であり、時にはダアトの為に死ぬ事が大事とされる。
カタカタと震える少年に私は溜息を吐いた。
「アッシュ、私達はダアトの兵です。」
「………」
「私達は命を奪取する側の立場だからこそ命を尊び死を受け入れなければならない。」
解り易く噛み砕いて説明をする。
「貴方の今持つ感情は“命に対しての畏れ”だと知りなさい。人の死を背負って生きる事こそが奪う側の責務であり、尊ぶ事が義務なのよ。」
「アンタは…怖くない、のか?」
少しだけ精気の戻ったアッシュの眼はハッキリと私を捕らえた。
「殺すのは怖い。しかし殺されるのはもっと怖い、と私は思うわ。」
「だから殺すのか!?」
悲鳴の様な問い掛けに私は嗤う。
「な、何が可笑しい!?」
怒りで顔を真っ赤にした彼に私は
「“優しさ”が時として残酷な時があるのよ。“優しさ”が“残酷”になるか、“残酷”が“優しさ”になるかは、その状況(とき)次第によるわね。そして命に貴賎は無いと万人は口にするけど、優劣があるのよ。」
クツクツと嗤った。
事切れた死体をブーツで突き
「躊躇した“優しさ”が相手にとっては“残酷”であったりするわ。苦しいのは嫌でしょう?まあ、貴方がキムラスカの王族であれ全てに納得がいくのよ。」
ニコニコとアッシュを見れば彼は酷く驚いた顔をした。
「何故?って顔ね。紅い髪に翡翠の瞳はキムラスカの王族の証でしょう。キムラスカ内々で済ませている公爵家の子息誘拐事件に主席総長が絡んでいる事は公然の秘密なの。」
「公然の秘密…」
ポツリと反復するように呟くアッシュに
「そう、公然の秘密。公爵家に戻された子息は赤子に戻ったと言われているのも公然の秘密。」
私は現実を突き付ける。
「どっちが不幸なのかしら?」
ヒロイズムに満ちた少年を見て私は問い掛けた。
「俺に決まってるだろ!!」
「何故?」
「レプリカに俺は居場所を奪われたんだっ!」
吐き捨てられた言葉に私は失笑する。
見当違いもいい所ね。
髭将軍は何処までも詰めが甘いらしい。
「赤子同然のレプリカが“ルーク”と名乗れる筈が無いでしょう。周囲がレプリカを“ルーク”に仕立てあげたのよ。居場所を奪ったのは誘拐犯(ヴァン・グランツ)であり、両親や友人などの周囲の人間ね。」
リスクを犯してまで手元に置きたい本当の理由を私は知りたいの。
ユリア再来と謳われるアレを抹消すべき布石にしたいから!
「ちが、違う!!」
彼の心の何処かで髭将軍を信頼しているのだろう。
レプリカが悪いとうわ言のように繰り返すアッシュにトドメの言葉を紡いだ。
「違わないわ。貴方が此処にいる時点で、レプリカルークは強制的に“ルーク”として公爵子息にさせられた。周囲は比較するでしょうね。過去(アッシュ)と現在(ルーク)を比べて落胆するのよ。10才の聡明な少年が赤子に逆戻りしたと、ね。比べられる為に生み出されたわけでもないのに、レプリカルークは事が発覚すれば破棄されるでしょうね。尤も貴方に近しくて、理解してくれる存在を手放すなんて、愚かよね?」
「自分を理解、する?」
「貴方を理解出来る唯一無二の存在は、レプリカというだけで簡単に抹消される。遠くない未来に双子に近い半身を勝手に処分しようとする誘拐犯(ヴァン・グランツ)を貴方は許すのね?」
誘拐犯(ヴァン・グランツ)に縋りつくぐらいなら私に縋れば良い。
「打ち棄てられるレプリカルークの命は紙よりも軽いのでしょうね。貴方の半身なのに、ね?」
「違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!あああああああああああああああああああああああああああーーーーーー」
壊れていくアッシュを見て私は更に笑みを浮かべた。
洗脳の如く『大丈夫』『私だけは味方でいる』『見捨てない』『貴方もレプリカも助ける』等と綺麗ごとを並べ腕(かいな)にアッシュを抱く。
暫くしてアッシュが大人しくなったのを見計らって
「貴方はアッシュ、レプリカは貴方を一番に理解する同胞の“ルーク”。一番悪いのは誰?」
刷り込みをしていった。
「…ヴァン」
「哀れなのは?」
「…ルーク」
「貴方は誰?」
「アッシュ…」
従順なお人形さん(アッシュ)に私は歓喜する。
「私の名前はマリア。宜しくね、アッシュ…」
狂った女と壊れた少年の足元には幾多の死体が転がっていた。