深々と零れ落ちる幸(雪)の如く
-SIDE シェザンヌ-


わたくしは愚かと称されてもおかしくはありません。

腹を痛めて産んだ我が子が摩り替えられていることにすら気付かなかった愚か者なのです。

七年前、聡明だった我が子がマルクトに誘拐され真っ新な状態で返ってきました。

その子が不憫だと嘆き悲しんだのは、戻って来たルークでも誘拐されたルークでもなく、わたくし自身を不憫だと嘆いた事に気付いたのです。

予言を礎にし、国にを動かす指針としたキムラスカは愚かとしか言い様がありません。

あの子が浚われた間に七年間ファブレ家で育ったルークもまたわたくしの子。

親善大使としてアクゼリュスへ向かったルークもわたくしの愛しい子に変わりは無い。

真実は時として残酷で、記憶を無くしたと思っていたルークはフォミクリーという技術で作られたレプリカというのだという。

あぁ、今は光の民(アメン)と呼ばれているのでしたわね。

これも全てマリアさんのお陰でしょう。

あの方は、苦しむ人々の希望であり支えであり光の民(アメン)の母であった人。

不吉な訃報はオールドラントを駆け巡り、彼女の死に喪に服した者も多かった事でしょう。

あの胡散臭い聖女様よりも…

アクゼリュスが崩落しルークがキムラスカへ戻って来た事にわたくしは喜びを隠せませんでした。

兄が夫が隠したルークの死によってキムラスカの繁栄を謳う秘予言を憎悪したのです。

聖女と呼ばれているアノ少女も秘予言を存じていた筈。

だからこそ許せなかった。

いいえ、今も赦す事は出来ません。

ルークの死で繁栄する国など滅びてしまえば良いのです。

「母上?」

心配そうに私を見るルークに私は意識を浮上させた。

「ルーク、怪我はありませんか?」

前兆も無く、光に包まれたと思えば全然違う場所に飛ばされたのだ。

あの光がルークに危害を加えるとは到底思えなかったけれども心配なのには変わりありません。

「俺は大丈夫だけれども…」

モゴモゴと言葉を濁すルークに、あぁこの子は誰よりも優しい子だったのだと思い知る。

優しさを表に出す方法を知らぬだけであって、ルークは根本的に人を思いやれる優しい子なのだ。

その優しい子がキムラスカを見捨てたのは、それだけ愚鈍で救いようが無かったからでしょう。

「ルーク、わたくしは貴方に真実を伝えなくてはなりません。貴方は七年前に誘拐されたルークを元に作られた者です。だからと言って母であるわたくしの愛は変わりありません。貴方も七年前のルークも親善大使でアクゼリュスへ赴いたルークもわたくしの愛し子に変わりないのです。」

懺悔ともいえるわたくしの言葉にルークは

「知ってた。俺と入れ替わったルークの記憶を覗いたから俺が紛い物だって云う事は知ってたんだ。だから母上が謝る事なんて無いんだ。」

大人びた顔で自分が何たるかを知っていると告げた。

それでもわたくしを恨む事もせず、有りの儘を受け入れようとするルークにわたくしは涙を流した。

全てを諦めてしまったのか…と。

フワリ、フワリとわたくしの涙を拭うように小さな光が漂う。

あぁ、この光は三人目のルークなのだと理解してしまった。

“あぁ、本当にギルティ(深淵の乙女)の周囲(まわ)りにいる人間は面白いね。”

クスクスと笑う声に私はルーク達を庇う。

“そんなに怖がらないでおくれよ。あそこから君達を助けてやったのは、私なんだからさ。”

「アナタは誰なのです?」

“古では神と呼ばれた事もあったねぇ。まぁ、そんな事はどうでも良い事だと思わないかい?”

至極愉しそうに告げる声にわたくしは戸惑った。

敵意は感じられないが、声の主のいうギルディが何者なのか判らないからだ。

“取り敢えずそっちの聖なる焔に肉体を与えないとギルディとの約を果たした事にならないからね。危害は加えないから安心しておくれよ。今のところは…”

その言葉と共にフワフワとわたくしの周囲で輝いていた光が凝縮され小さな子供が生み出された。

年齢は7歳前後の子供。

「…母上」

泣きそうな顔で小さく呟かれた言葉にわたくしは歓喜すると共に複雑そうに幼子を見つめるもう一人のルークに困惑した。

まるでその生を望んでいなかったように…

“人の女とローレライの忌子達よ、一つ賭けをしないかい?”

まぁ、拒否権はないけど、と何処までも愉快に嗤う彼の者は

“ローレライでも叶わなかった大爆発を防止してあげようか。その代わり、私に対価を寄越して貰おう。対価は    が良いね。期限は魔女が断罪の剣で血に染めるその時までにしようかな。”

精々足掻いて愉しませてくれとだけ残して何処かへ去って行った。

大爆発の意味もわたくしには理解出来なかったけれども、わたくしの子供達に関わる大事な事だというのは理解出来た。

足掻けというのならば足掻いてみせましょう。

どんなに無様で滑稽であったとしてもわたくしは、二度と我が子を手放す気はないのです。

小さなルークと大きなルーク、そしてもう一人のルークの三人が揃って幸せになる為に…



女は決意する。

ケテルブルクの一角で、己の未来を見据えて…

深々と零れ落ちる幸(雪)の如く、消えて溶けて行く。

母になりそこねた女の願い。


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追記

逆行ルークの名前をルナ、現行ルークをアルスと名付けました。

ルークって名前は元々はアッシュの物だし、捨てたとしても押し付けられた方は良い迷惑かなと思ったので。




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