ヴェグタムルの歌

這う這うの体でキムラスカに戻ってきた彼女達を迎えたのは絶対なる死と開戦の言葉だった。

「お父様、何故ですの?」

悲痛とも言えるキムラスカの王女だった少女の言葉に王は心苦しそうに眼を反らす。

「偽姫が王に気安く声を掛けるとは赦し難い!無礼者めっ!」

王の隣に立つ大詠師は己の勝利に確信を持っていた。

その姿は何と醜悪な事だろうか…

「女王の名を騙りし罪人メリル。そして反逆者ルーク・フォン・ファブレの死を以ってマルクトに宣戦布告するのだ!」

声高々に開戦の意を告げる部外者に何処までも冷え切った眼で見る者がいた。

「嘘、うそ、ウソですわ!わたくしが王女で無い等と!何故お父様は彼の者の言葉を信じるのです?」

悲劇のヒロイン宜しく情に訴えるナタリアに彼は溜息を吐く。

馬鹿馬鹿しい。

「ワシとて信じたくない。しかし本物のナタリアの遺骨が見つかったのだ。そなたの乳母である者の娘子供がお前だった。ナタリア…いや、メリル、お前の死を以ってキムラスカはマルクトに宣戦布告をする。これは決定事項なのだよ。」

心苦しいと言いつつも戦争を止めようとしない愚王。

どこの三文芝居だと嘲笑する。

「愚かしいですわね。」

凛とした声が謁見の間に響き渡った。

声の主に視線をやれば、身体弱き母が立っていた。

「こそこそと何を画策しているかと思えば、わたくしのルークを死地に追いやっただけでも赦し難いと謂うのにマルクトと戦争する為の火種として処刑とは片腹痛いですわね。」

病弱で儚いとしか記憶に無い母のイメージが吹き飛んだ。

「唯でさえキムラスカ王族は数が少ないのです。わたくしは子供を生む事も絶望的ですし、兄上もお年でしょうに、そんなに戦争がしたいのであれば小賢しいキムラスカの聖女と呼ばれている少女の首と無能な偽姫の首で十分ではありませんか。」

朗々と紡がれる辛辣な言葉に王はモゴモゴと言い訳をし始める。

「ルークの死でキムラスカが繁栄するのですぞ!」

戯言を貫かす大詠師に

「お前のような下賤な輩が我が息子を呼び捨てになぞするとは何様ですか!?口を閉じなさい!」

ピシャリと言い放った。

大きな巨体を真っ赤にする姿は宛ら紅の豚である。

但し、空を飛ぶどころか地殻の奥底まで落ちそうではあるが…

「あぁ、ルークよく戻ってきました。貴方は屋敷に居た頃のルークですわね。親善大使としてのルークは何処へ行ったのでしょう?」

母の言葉に驚きを隠せなかった。

誘拐された時ももう一人のルークに乗っ取られた時も誰も気付いていなかったと思っていたからだ。

しかし目の前にいる母は知っていたのかもしれない。

「貴方がわたしくを母と思えないのは致し方のない事です。七年前のルークがキムラスカを見限った事も貴方がキムラスカに希望を見出せなかった事も、此処にいないルークがキムラスカを存続させる道を模索していた事も、わたくしは何一つ出来なかったのですから…」
優しく抱きしめられる腕に彼はポロポロと涙を流した。

「貴方は、わたくしの自慢の息子。七年前に消えたあの子も、そして親善大使になったあの子も、わたくしの自慢の息子なのです。」

自慢なのだと断言する母の言葉にポウっと小さな光が集まってくる。

母は光を優しく抱くようにあやし

「愛しているわ、ルーク。」

子守唄を歌う様に愛を紡いだ。

「ルークの死がキムラスカの繁栄であるならば、キムラスカなど滅びてしまえば良いのです。」

キッパリと決別の宣言と共に彼とその母親は光と共に掻き消えた。




子守唄のようなヴェグタムルの歌。

聖なる焔は故郷と呼べない国と決別する事を決意する。

その先にある未来を夢みて



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