-SIDE 被験者イオン-
いつだったかマリアが石楠花を摘んで来て
「イオンにピッタリな花よね。」
と笑ったのを覚えている。
「どういう意味さ?」
不機嫌そうに言えば、マリアはクスクスと笑って
「花言葉、危険なんだって。あぁ、警戒もあったかしら?」
子供のように接する彼女。
誰もが導師として崇めたのに私(し)であれば敬意の欠片すら見せなかった。
「アリエッタは桃が似合うわ。花言葉はチャーミングなのよ。」
嬉しそうに、どこか遠くを観てクスクスと笑うマリアに僕は苛立つ。
僕はマリアのこういう所が嫌いなんだ。
此処にいるのにいない。
彼女にどんな過去があって、キムラスカの聖女とどんな確執があるのか知らないけれどもマリアの心はキムラスカの聖女で埋め尽くされている。
時折、マルクトから来る銀の軍人と会っているのは知っていた。
親密な関係であっても関係ない。
彼女の華奢な腕を掴み押し倒した。
抵抗する気も起きないのかマリアは僕の好きなようにさせる。
それが更に僕を苛立たせた。
無理矢理に合わせた唇は次第に深くなり、マリアの甘い吐息を共有する。
ほんの一瞬だけ哀しみか、罪悪感なのか、定かではないけれどマリアの奥底にある感情を引き出せる瞬間だった。
行為にマリアは理性を飛ばさない。
僕だけが理性を飛ばすのだ。
快楽に、悦楽に溺れてしまう自分に自嘲した。
マリアを抱くと同時に彼女によって手折られた石楠花をグシャリと握り潰す。
マリアに触れる事が出来るのは、僕だけで良い。
クタリと意識を飛ばしたマリアの髪を梳きながら僕は嗤った。
マリアに似合う花がバーベナだと教えてやらない。
誰もを魅了し、魅惑する花。
マリア、お前なんて嫌いだよ。
傷付けて、傷付けて、ボロボロにして、僕を刻み付けるんだ。
そしたら僕を忘れる事はないだろう?
偽者の僕が挿げ掛けられてもマリアが憎しみを向けるのは僕唯一人。
銀の軍人も聖女も全て僕が作り上げる憎しみの前に消え去れば良い。
「マリア、やっぱり君が嫌いだよ。」
その数ヵ月後、僕は惑星消滅預言を彼女に突付けた。
絶望と憎悪を僕だけに魅せてくれれば良い。
君は僕のモノ。
************
-SIDE シンク-
マリアが毎月第五週目の52日になると石楠花を持って何処かへ出かける。
当初、僕はそれほど気にしてはいなかった。
アニスの言葉だったか
『石楠花の花言葉って「威厳」「警戒」「危険」「荘厳」なんだって!ディストに教えて貰ったんだぁ〜。でもマリア様には似合わない花だよね。誰かにあげるのかな?』
その言葉を聞いて僕は心にドロドロとした黒いモノが溜まっていくような気分になったのを覚えてる。
マリアは誰の特別にもならなかったからこそ、行動に制限を設けなかった。
被験者に一番似ているイオンでさえも彼女の行動を黙認しているのだ。
だから僕は石楠花を持って出かけるマリアの後を着けた。
教団の裏にある小さな森の奥にヒッソリと建てられた墓標らしき物。
彩とりどりの美しい草花は、墓標らしき物を囲っていた。
マリアはそっと墓標の前に持っていた石楠花を起き静かに黙祷する。
その姿は神聖で近寄り難く、美しかった。
「ねぇ、イオン。そっちの世界の居心地はどうかしら?」
始めてみた。
フワフワと微笑むマリアの顔を…
いつも凛と真っ直ぐと佇むマリアは、どこか憂いを含んだ笑みを見せる事はあるが純粋な笑みを見せた事は一度もない。
ギリリと握り締めた拳から血が滴り落ちた。
悔しい…
被験者というだけでマリアの心に入り込めた事が!
死んで尚、マリアを縛り付けている事実が!
複製品の成り損ないとして生まれた自分が!
愛おしそうに墓石に語りかけるマリアを独占する被験者イオンが憎い。
空っぽだった心に大切な存在が出来て、友人が出来て、家族が出来た。
暗闇から救い出したのは、紛れも無くマリアで、それが僕を利用する為だけだと知っていても僕はそれでも構わなかったんだ。
だってマリアは誰のモノにもならないと解っていたから…
だけど、だけど、何処か遠くを見つめるマリアが死んだ被験者に取られるのは我慢ならなかった。
マリアが去った後、僕は墓前に添えられていた石楠花の花をグシャリと踏みつける。
死んだ奴なんかにマリアをやるものか!
「指を銜えて観てれば良いさ、被験者。」
零れ落ちた言葉を嘲笑うように一陣の風が吹いた。
マリアが誰かのモノになるぐらいならレプリカイオンと手を組んだ方がマシだよ。
彼岸花の君にいる君よ、何を思うの?
世界は終焉へ歩み出した。
ねぇ、イオン。
私は忘れない。
貴方だけが私を嫌いだと言った最初で最期の人だから…
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bkm