ジキルとハイド

タルタロスは騒然となった。

貴賓室にいたルークが短剣で胸を貫き瀕死の重態になっていたからだ。

外部の侵入は先ず有得ない。

厳重に警備されており、またタルタロス内部の機密は外部に漏れないように徹底されている。

譜術では間に合わないだろう。

キムラスカとの戦争を前提で進める和平ではあるが、ルークがマルクトで保護されている状態で死ねば明らかにマルクトの過失になるのは眼に見えていた。

聖女様の力とやらに頼ろうとしたが、夥しい血に悲鳴を上げて意識を失った彼女に失望しか見出せない。

「不味い事になりましたね…」

事の重大さに溜息を吐くジェイドに

『先ずは彼の治療が先だろうけど…譜術では間に合わないでしょうね。』

瀕死の状態のルークを見て私は冷静に判断を下した。

それでもどこかで私はルークが死を迎えるのを善しとしない。

ルークに治癒を掛けるティア達を止め私はルークの傍に近寄った。

「…マリア……何をするのですか?」

イオンがおそるおそると聞いてくる。

いつもの笑顔のポーカーフェイスはそこにはなく、表情(かお)には心配しかみられない。

アニスやティアも同じようなものだった。

『大丈夫。』

きっと私がこれからする事は彼等にとって望ましくない事だと理解出来るから私はソレしか言えなかった。

「Eine Erscheinung einer lebenden Person von leicht stolz auf Weisheit zu.Versammle dich zum Lied (eine Stimme) meines Namens in Antwort; rem.Ich führe einmal mehr Ende von einem geraden lifespring hier auf.《英知を誇る光の精霊よ。
我が名の歌(声)に応えて集え、レム。生命の源を今一度此処に終結す。》」

私の喚(よ)び声に反応しレムが姿を見せる。

美しい精霊に一同が息を呑んだ。

“マリア、愛しき娘よ。如何した?”

「彼を助けて欲しい。」

瀕死の状態のルークを助けるようにレムに願った。

温和で慈悲深いレムが険を露にする。

“ならぬ!その者は、ローレライ忌児(いみご)ではないかっ!何故そのような者の命を助けようとするのだ?”

レムの怒りも尤もだと思った。

星の記憶を司るローレライのせいで彼等は何度も世界の終焉を、人の傲慢を視てきたのだから…

「彼を此処で死なせれば、ローレライの力は増し私達の悲願は成し遂げられない。」

もし此処でルークを死なせてしまえば、彼の中に宿る力がローレライに戻ってしまう。

唯でさえローレライは何度も時間をやり直している為、その力は計り知れないといえた。

そして誰にも言えないが、私の心の何処かでルークを案じる気持ちがある。

それが愛情なのか、親愛の情なのか…私には解らないけれども。

私の説得にレムは

“……その者の肉体はもう持たぬ。どうしてもと願うのであれば代償を払わねばならない。”

ルークが負った消えない傷と失った血を私が代わりに請け負うと云う事が代償だとレムは言う。

私とレムの会話を静観していたイオン達が次々と止めに入った。

「ダメ、ダメだよ、マリア様!何でそんな奴の為にマリア様が背負わなくちゃなんないの?」

負担が大きいと分かるから止めるアニスに続き

「私が代わりになります。」

ティアが私の代わりにその代償を受けると申し出る。

この部屋が私の事情を知る者達だけと云う事と聖女様が気絶していて良かったと思う。

心配のあまり私の名前を呼ぶ彼女達に私は苦笑を漏らした。

その反面、レムは態とティア達に聞こえるように話したのだろう。

しかし代償を受けると云う事は、膨大な魔力と精神力、そして器が必要になるのだ。

利害一致の身であれど契約を交わした私でしか為しえない事。

加護無き者が代償を受ければ、肉体はおろか魂さえも傷が付くだろう事は明白だ。

私は彼等に大丈夫と告げレムにルークを助けるように頼んだ。

身が千切れるような熱さとすざましい痛みが全身を支配する。

痛みと一緒に流れ込んだ想いは誰のモノだろうか?

私は沈む意識の中で誰かの言葉を聞いた。



こうしてルークは一命を取り止めた。




ジキル(良心)とハイド(邪心)の狭間で揺れる、揺れる、復讐に溺れた魔女の心。


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追伸:

レムの召喚の際に唱えた祝詞はドイツ語です。

でも適当なので直訳したらエーみたいな?

その辺はご都合主義なので勘弁して下さい。




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