ヒュビリス(冒涜者)
-SIDE マリア-



「マリアさん、お久しぶりです。」

柔らかな笑顔で出迎えるアスランさんに私はクスリと笑う。

「お久しぶりです、アスランさん。」

「美しくなられましたね。」

手を引かれ向ったのは小さな喫茶店。

完璧にエスコートするアスランさんに私は少しだけ照れた。

うん、上辺だけのお世辞ならいくらでも聞くんだけれど、この人ってば本心だから性質が悪いのよね。

それから程なくして互いの近況報告を済ませ本題に入った。

「ヴァン・グランツよりユリアが残した預言は滅亡預言であると確認が取れました。また、外殻大地を支えるセフィロト内部にあるパッセージリングの耐久年数は2000年と裏付も取れました。」

フォンディスクと資料をアスランさんに渡す。

「アレは何処まで進んでいますか?」

アスランの問いに私は渋い顔をした。

「順調、とは程遠いですね。私が提案しておいて実力不足で申し訳なく思います。」

ヴァンのレプリカ摩り替えやレプリカルーク懐柔、キムラスカの情勢把握、ギルドの人員育成、ダアトやマルクトとの駆け引き…数えたら限が無い。

一番難航しているのは、ユリア再来と謳われているアノ子。

預言妄信国キムラスカで彼女の地位はナタリア姫と並ぶほどの高位だ。

悪運が強いのか、ローレライの強制力なのかは分からないけれど彼女を排除する事は出来なかった。

アクゼリュスがキーになるでしょう。

ギュっと握り込んだ手に温かさが触れ、顔を上げればアスランさんが

「マリアさん、一人で抱え込まないで下さい。」

心配してくれていた。

「貴女が奔走してくれているのを知っています。」

「それは私自身の為です。」

キッパリと否定すればアスランさんは

「えぇ、それでも私は感謝しています。マリアさんの協力があって、マルクトの未来が明るく出来る可能性が増えたのですから。」

優しく私を諭す。

「貴女を突き動かすのがどんな感情でも私は構いません。」

喉元にナイフを突き付けられたようにヒヤリとした。

もしかして彼は解っているの?

「私ではマリアさん、貴女の逃げ道になれませんか?」

包み込まれた手を離す事も出来ず、私はユックリと首を横に振った。

ユックリと眼を閉じて、一呼吸し、アスランさんを見る。

「逃げません。それに棄てましたから。」

ニッコリと笑った。

“ありがとう”も“ごめんなさい”も言える資格がないんです、私には。

悲しそうな表情(かお)をするアスランさんに私はニッコリと笑みを浮かべ

「勝負は預言の年になるかと思います。キムラスカに付け込まれぬようにフランツに伝えておいて下さい。」

温もりから逃げるように離した。



私は神を仇名すヒュビリス(冒涜者)ですもの。

罰を受けるのは私だけ…




*****************




-SIDE アスラン-



マリアさんとは、この数年間は手紙でしか遣り取りしていない。

逢いたかった。

彼女にダアトの秘預言を調べるなんて依頼しなければ、彼女は自分の近くにいてくれたかもしれない。

そうじゃないかもしれない。

秘預言の実情を知り、マリアさんはダアトに残る事になった。

ダアト把握、辺境の地ケムダー島の建て直し、キムラスカの内情の調査と様々な事をこの数年でこなした彼女の負担は誰よりも大きな物だ。

マリアさんの情報がマルクトの国政を動かす一つであるのは彼女も薄々ながら理解していらっしゃるのだろう。

「マリアさん、お久しぶりです。」

出逢った時よりも美しく成長したマリアさんに思わず見惚れる。

「美しくなられましたね。」

つい思った事を口にすれば凛とした彼女が頬を染め恥ずかしそうに俯いた。

可愛いと思ってしまうのは惚れた欲目だからだろうか?

私は彼女を喫茶店にエスコートする。

美味しいと評判のアッサムティーとオレンジケーキをマリアさんは美味しそうに食べていた。

他愛も無い近況報告をしながら私は時間が止まれば良いのにと不謹慎な事を思った。

「ヴァン・グランツよりユリアが残した預言は滅亡預言であると確認が取れました。また、外殻大地を支えるセフィロト内部にあるパッセージリングの耐久年数は2000年と裏付も取れました。」

少し迷ったように切り出された言葉に私は彼女の話に耳を傾ける。

差し出された資料とフォンディスクを受け取った。

「アレは何処まで進んでいますか?」

マリアさんが提案した計画を尋ねると彼女には珍しく表情を無くし

「順調、とは程遠いですね。私が提案しておいて実力不足で申し訳なく思います。」

淡々と実情を述べた。

抱え過ぎて今にも壊れていきそうなマリアさんの手を衝動的に握る。

「マリアさん、一人で抱え込まないで下さい。貴女が奔走してくれているのを知っています。」

頼るという選択肢を彼女自身で切り捨てている事を私は知っていた。

「それは私自身の為です。」

真っ直ぐに私を見る瞳に偽りはない。

一人で立つ彼女が視る世界はどんな世界なのか…

「えぇ、それでも私は感謝しています。マリアさんの協力があって、マルクトの未来が明るく出来る可能性が増えたのですから。」

打算でも計算でも構わない。

喜んで利用されたいと思っている。

「貴女を突き動かすのがどんな感情でも私は構いません。」

例え貴女が世界を預言を恨んでの行動だとしても私は構わないのです。

一瞬だけ揺れた瞳に

「私ではマリアさん、貴女の逃げ道になれませんか?」

私は言い募った。

手に入れたいんです。

マリアさんはユックリと眼を閉じて、一呼吸し、私を見た。

「逃げません。それに棄てましたから。」

ニッコリと嫣然と微笑む。

それは諦めにも似た表情(いろ)をして…

「勝負は預言の年になるかと思います。キムラスカに付け込まれぬようにフランツに伝えておいて下さい。」

繋いだ手は、スルリと抜け落ち、マリアさんは去って行った。



私は神を恨むヒュビリス(冒涜者)になろう。

欲しいのは唯一人だけ…





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