真実は残酷に

-SIDE 楠木さち-


邪魔者が出て行ってから数週間は私の思い通りだったわ。

皆、私を持て囃してくれる。

でも事ある毎に

「さち、前のドリンクが飲みたいぜぃ」

プクっとガムを膨らませてあの女が作ったドリンクが飲みたいというブン太に私は苛々した。

ドリンクなんてどれも同じ味じゃない!

それにさちは、皆の好みのドリンクの味の作り方なんて知らないわよっ!

「さちさん、コールドスプレーが切れているようですが、補充はきちんとして下さいね。」

柳生先輩が呆れたように私を見ていた。

何よ!

それぐらい自分で補充すれば良いじゃないっ!

さちはお姫様なのよ?

「楠木、悪いがフェンスにへばり付いているファンを追い払って来てくれ。」

事も無げに無理難題を押し付ける柳先輩の言葉に唖然とした。

だってそんなのマネの仕事じゃないでしょ?

ただでさえファンクラブに目を付けられているのに追い返したら、さちが虐められるじゃない!

さちが虐めに遭っても良いって言うの??

「楠木、最近たるんどる!選手よりも遅く来て、選手よりも早く帰宅するとはどういう事だ!マネージャーを何だと思っているっ!!」

大勢の前で叱り付ける事ないじゃない!

それにさちは、何も変わってないし!

何でマネのさちが選手よりも早くに来ないといけないの?

それに選手よりも早く帰宅するなって横暴だわ!

私はチヤホヤされたいの!

綺麗でいたいの!

汗を流して一生懸命?

そんなの私には不要なのよ!

「私は奴隷じゃないのよ!何で私がこんな事やらなくちゃなんないわけ?」

アンタ達は私の言う事と聞いてれば良いんだから!





-SIDE 幸村-


そろそろ一人ぐらい気付けば良いものをアイツ等は本当に馬鹿なのかまだ気付きもしない。

奈津子が部活を辞め、学校から消えて部内は徐々に荒れていった。

奈津子のマネジメント能力の高さよりも楠木がいる時のR陣のモチベーションの高さを取ったのが間違いだったのだろう。

「幸村部長、少し良いですか?」

強張った顔で俺を見る後輩の手には退部届けの紙があった。

「テニス部、辞めるのかい?」

分かりきった事なのに敢えて聞くのは意地悪だ。

「はい。俺は部長達を追い抜く事を目標として頑張って来ました。仕事も平部員任せ、ファンクラブも御せない、R陣に媚を売るだけのマネに全国という目標を無くした彼等と一緒に俺は部活をしたくありません。だから今日で辞めます。」

真っ直ぐと見据えられた目には失望の色が見えた。

「すまない、僕の力不足だね。環境を整え直すさ。今は休部扱いにして貰っても良いかな?」

僕の言葉の意図を捉えた後輩は

「アレを追い出すんですか?」

怪訝そうな顔をする。

そうだろうね。

僕は最初に提示された選択肢を間違えていたんだから。

本当なら奈津子を取って、楠木を切り捨てれば問題なかったんだ。

ただ自分達が最高学年であるという慢心と楠木が応援している時の選手のモチベーションで僕等は楠木を選んだ。

「立海からね。」

テニス部なんて小さな箱庭から追い出すのは至極簡単な事。

奈津子が学校に残っていたならば立海から追い出すまでしないだろうけど、もう彼女は此処にいない。

つまりどんな形であれ男子テニス部の調和を乱した張本人として罰を受けるべきだろう?

理不尽。

でもそれは僕等が奈津子にした事と同じ事なのさ。

そんな最中に

「私は奴隷じゃないのよ!何で私がこんな事やらなくちゃなんないわけ?」

愚か者は声高々に正義と名乗った。

これで一つ潰す理由が出来た。

ペロリと乾いた唇を舐める。





-SIDE 少年A-


奈津子先輩がいなくなって部内は荒れた。

楠木さちが殆ど仕事をしてないつけが一気に表面化し、不平不満を洩らす者が続出している。

奈津子先輩が押させていたファンクラブも過激になってきて練習どころではなくなった。

不味いドリンク、不潔なタオル、不衛生な部室、ろくに書かれていない日誌。

一人、また一人とテニス部を去って行った。

こんな時、奈津子先輩がいたらどうしたかな?

そしてついに楠木さちの悪行が露見した。

「私は奴隷じゃないのよ!何で私がこんな事やらなくちゃなんないわけ?」

ヒステリックに叫ぶ楠木を遠目に俺達は彼等がどう動くのか見ている。

「何を言っている。それはお前が全部してきたと言っていた仕事だろう。」

そう、全て奈津子先輩がして来た事を自分の手柄として言触らした結果なんだ。

真田先輩の言葉に楠木さちが意味不明な事を喚き出す。

やっぱりアイツはミーハー以前の問題だったんだ。

その翌日から楠木は全校生徒を敵に回した。

ファンクラブは元々奈津子さんが管理していたようなものだし、楠木に嵌められて学校まで辞めさせられたのだと知れば黙ってないだろう。

日に日にエスカレートしていく虐めに誰も楠木を助けようとしなかった。

あれだけお姫様を扱うように群がっていた先輩達も…





お姫様の如く男子テニス部に君臨していたマネージャーの化けの皮はベリベリと剥された。

残るのは困惑と失望と裏切られた気持ちに対する憤怒。

学校中を敵に回したお姫様は、何処にいってもヒソヒソと囁かれる陰口ばかり。

いつしか彼女は陰湿な虐めという名の制裁を受ける事になったとさ。





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