《母様、母様、やっとお会い出来ました。》
年を感じさせない声が聞こえた。
どこか懐かしく、そして哀しい呼び声に私は否定も肯定も出来なかった。
私は母と呼ぶ声の主を知らないからだ。
転生して次元を超えた私はある種、特殊なのだろうと理解していた。
人が認知出来るのは3次元までであり、4次元以降は認知出来ないのだと謂う。
そして、二次元の世界つまり架空の世界であり、三次元の世界これは現実世界である。
決して次元の壁を越える事が出来ないのが生きる世界の理なのだ。
私が前世として生きた記憶を持つ世界がもしかしたら二次元で、今の世界が三次元なのかもしれない。
はたまた前世の記憶は予知夢の類とも推測出来た。
単なる夢にしては鮮明過ぎて、そして物語に酷似しているのだ。
《…母様、私の名は火須勢理命(ほすせりのみこと )。この名に覚えは御座いませんか?》
哀願するように切々と訴える声に私は
「……木花咲耶姫の御子であると聞いた事が御座います。何故、そのような高貴なお方が私を母と呼ぶのでしょうか?」
母でないと告げた。
嘆くように一陣の風が私の体を包み込んだ。
冬だというのに風は冷たくなく、寧ろ熱を孕んでいるような気がする。
《やはり!一瞬の綺羅と共に散ってしまわれた魂(きおく)の全てが戻っておられないのですね!!》
嘆く声に
「私は私でしかなく、貴方様のような高貴な御方の母君である火の女神と謳われた木花咲耶姫ではなく、七地サクラという浅ましい人間なのです。」
何故か自分で告げていて涙が零れた。
橘サクラと云う存在が消えうせ、七地サクラになった。
私は神でなく唯人であり、生きたいと願う浅ましい人間なのだ。
決して清廉な木花咲耶姫とは程遠い間逆の存在だといえる。
私を否定しないでくれと泣いているのだろうか?
《それでも貴女は……いえ、出逢えただけでも幸運に思います。サクラ様が人の領域では力及ばぬと思われた時は、我の名をお呼び下さい。》
火須勢理命(ほすせりのみこと )と名乗った声は悲哀を含みながら風と共に去っていった。
「お前、まだ此処にいたのか?」
声が去って時間がどこまで経過したのか私は把握していない。
ただ漠然と寂しいと思い、声の主も同じ気持ちなのだろうか?と思ってしまったのだ。
だから闇己の気配に気付くことも出来ず私はビックリとした顔をしたのだろう。
「何があった?」
人に関心が無いだろう彼が心配そうに私を見た。
私はキョトンとしてしまったのだろう。
けれども闇己のなけなしの気遣いを無にしたくはなかった。
「ただ…そう、とても懐かしい声がした。幻聴なのかもしれない…ただ懐かしく哀しい声だった。その声に私は、どうしても応える事が出来なくてね。巫覡は神を降ろすのだと聞く。やはり声が聞こえたりするのだろうか?」
念を依り憑かせる時もあれば、神を降ろす時もある。
正と負を同時に纏う闇己はとても稀有なのだろう。
だからこそ聞こえる幅も広いのではないだろうか?
闇己に問えば
「神を信じるのか?」
巫覡と思わしき言葉が返ってきた。
「非科学的だと笑うかい?私はいると思うよ。」
ただ手助けする人を選ぶのかもしれないけれどね。
そんな私の答えに闇己が
「お前は現実主義者だと思ったからオカルト類は、もっと否定するかと思った。」
正直に私に対する印象を述べた。
そして
「声はその時によるだろうな。お前が聞いた声はどんな感じだった?」
興味を示した闇己に私は苦笑しながら
「一瞬の綺羅と共に散ってしまわれた魂(きおく)を持つ存在を探しているらしいよ。」
私ではないのだけれどと告げれば
「木花咲耶姫」
ポツリと呟かれた単語に私は驚いた。
しかし闇己はそれ以上何かを告げる事はなく、また、この話は健ちゃん達が東京へ急遽戻る旨を伝えに来た事によって流れていってしまった。
運命の歯車が動き出す。
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