木花咲耶姫 | ナノ




北野の癇癪に合わせて東京へ急遽帰るそうだ。

まぁ、知ってたけどね。

というか、バミューダトライアングルは完全に継続中で、タイヤがパンクするというアクシンデントが発生した。

何てこったい!

である。

山の中ってこともあり携帯は繋がらないし、JAFも来れない時間帯だ。

残る選択肢は布椎家に戻って一泊するか、スペアのタイヤを譲って貰うかだろう。

案の定、北野がヒスを起こしスペアのタイヤを譲って貰う事で今後の方針が決まったのだが、誰が行くかで揉めた。

結局は北野、健ちゃん、江馬先輩の男衆で行く事になったのだが、戸田さんと重松さんの二人に挟まれる身としては非常に辛かった。

何ていうか氷点下にいるような気分だ。

「戸田さん、重松さん、兄を迎えに行って来ますね。」

車の扉を開けて外に出る。

戸田さんも重松さんも無言だったが気にしない。

していたら私の体が持たない!

布椎家に急いで歩いた。

原作を知っているのもあるが、他にも何かあるような気がしてならなかった。

昼間のアレも関係してくるのだろうか?

そんな思いを振り切るように私は頭を振るった。

健ちゃんが神事を目撃して闇己に殺されかけたのは知っているけれど、私というイレギュラーがいるせいで本当に殺されるかもしれないのだ。

この世に絶対なんてモノは存在しないのだから!




*******


視えた。

その光景は闇己が海潮さんを殺す瞬間(とき)の映像(もの)だった。

健ちゃんの目を通して私が視たのか、それとも他の誰かの目を通して視たのか分からない。

しかし一つだけ言えるのは、闇己が瘴気を失している事だった。

私は必死になって健ちゃんを探す。

間に合わなければ闇己に健ちゃんが殺されてしまうだろうから!

これは現実なのだと何度も自分に言い聞かせながら山の中を探し回った。

空は雨雲が月を多い光を失わせ暗闇に私を放り込む。

ポツポツと振り出した雨は誰かの心に呼応するかのように激しく降り注いだ。

泥濘に足を取られ転んでしまいながらも健ちゃんを探す。

雷鳴が鳴り響く中で見えたのは健ちゃんと闇己の二人。

「健ちゃんっ!!」

今にも健ちゃんを切り殺そうとしている闇己に私は悲鳴を上げた。

ユックリと私を見る闇己の瞳は憎悪に取り憑かれた闇そのものに見える。

そして、憐れにさえ思った。

「神事を穢した者は死を持って償うしか道はない。お前達を俺が黄泉へ送ってやる。」

泣いているようにも見える闇己は

「安心しろ…この神剣で斬られれば“念”にはならん。」

神剣を掲げる。

霊圧を纏った剣が上げる悲鳴を闇己には聞こえてないのだろうか?

「神剣は人を殺す為の剣ではない。」

甕智彦が造った神剣は人を斬る為の道具ではないのだと私の中の誰かが訴えた。

「お前に何が分かるっ!!」

私に斬り掛かろうとする闇己を

「ダメだ!サクラ、逃げろっ!」

健ちゃんが投げた石で闇己の意識を逸らす。

「自首しろ!君が海潮さんを殺して苦しいのは分かるけど、でも自暴自棄になってはダメだ!自首してもその罪は消えないけれど償えはするんだ!」

一生懸命説得する健ちゃんの言葉は闇己には逆効果で、彼の内に潜む闇が顔を出した。

狂気に捕らわれた彼は

「くっ、あははははは!!自首?笑わせるっ!一思いに殺してなるものかっ!嬲り殺してやる!」

業と獲物を見逃すようにギラギラとした眼で私と健ちゃんを見る。

私は健ちゃんの傍へ行き、引っ張るように走り出した。

生か死か…

必死になって走って逃げても闇己は直ぐ後ろまで来ている。

私の体力は限界を越えているし、健ちゃんも限界が近いだろう。

腹を括るしかなかった。

「健ちゃん、下がって…」

私を守ろうと前に出る健ちゃんを無理矢理下がらせて闇己と対峙した。

「何だ…もう終わりか?」

嘲笑を交えた笑みに私は

「己の心に負けるのか?」

静かに問う。

私の言葉に顔色を変えた闇己に

「己の邪まな心に負けたのか?」

海潮さんであれば勝てと言っただろう。

けれど私は海潮さんではないし、健ちゃんも同じ彼にはなれない。

だから現実を突きつけた。

闇己に胸倉を掴まれ身体が僅かに宙に浮く。

健ちゃんの悲鳴も私は聞こえない振りをして

「闇己君、君は己の闇に立ち向かわないのかい?」

真っ直ぐ彼の眼を見た。

突き飛ばされ振り上げられた剣は私の顔の直ぐ横を刺した。

「あ、ああああああああああぁぁーーーーー」

悲鳴とも慟哭とも取れる彼の声に私は涙を流す。

お父さん、生き返ってと繰り返す闇己は正に幼い子供そのものだった。

私は闇己を抱き締め

「悪くないとは言えないし、言わない。気休めの言葉なんて要らないだろうから…でもね、世界中の誰もが闇己君を罪人だと非難するのなら私は君を弁護する立場の人になろう。君が抜き身の剣ならば私がその剣の鞘になろう。」

素直に君だけの味方だよと言う事は出来ないけれど、守る側の人間の一人でありたいと告げる。

腕の中で泣く闇己を近くにあった祠まで移動させた。

健ちゃんも闇己に殺意がない事が分かったのか、また彼の情緒が不安定であるのか凄く心配をしている。




*************


「ビックリした。サクラが俺の鞘になると言った時、驚いた。」

闇己の言葉に疑問符を浮かべた私に彼は小さく笑う。

「本当に良い刀は鞘に入っているってさ。古い映画の台詞だよ……俺はギラギラした抜き身の剣なんだよ。触れば全てを斬ってしまうような。そんな俺の鞘が親父だった。」

何処か寂しそうに語る闇己に

「じゃあ、次の鞘は私ってことだね。私って結構図太いから簡単には壊れないよ(多分ね)。ってことで宜しく、闇己君。」

ニッコリと笑って手を出した。

宙に浮いた手にリアクションぐらい取っても良いだろうに私は何も反応しない闇己の手を無理矢理取る。

呆気に取られる彼に

「それとも健ちゃんの方が良かった?」

ニシシと冷やかしてやると

「能天気だな…」

呆れたような顔をした。

それから私と健ちゃんは静かに闇己の過去の話を静かに聞いた。

そしてこの神事の意味もまた神剣がどういう物なのか、巫覡との関係を闇己は静かに語る。

正直、700年もしぶとく残った怨念を子孫が尻拭いせねばならんのだ!

という理不尽さに私は溜息を吐き、健ちゃんは涙を流した。

うん、健ちゃんは闇己の境遇に対して泣いたんだね。

理不尽さはどう思ってるんだろうか?

戦争だのって言われてもちっともピンと来ない。

分からないのだから仕方が無い。

一瞬空気が揺れた。

最初は何だろう?

と疑問に思ったが、次の瞬間鏡が割れたような感覚が体中を駆け巡った。

同時に闇己君が悲鳴を上げる。

「結界が破れた!!念が溢れ出している…親父が死んだ日にこんな事をさせてたまるかっ!」

立て掛けた神剣を取り

「結界を張り直してくる。お前等は此処で待ってろ!」

そう言うなり闇己は外に飛び出して行った。

健ちゃんは闇己を追って外に出る。

呆然と二人を見送ってしまった私に

呼ばなくては…

誰を?

応えなくては…

何を?

支えなくては…

だれを?

誰かの声が聞こえた。

声のする方向へ私の身体が勝手に動いて行く。



一歩また一歩と運命(みち)を歩んで行く。

その先は希望か…

それとも絶望か…




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