大きなクシャミをする健ちゃんに私は常備しているポーチから風邪薬と自販機で買ったポカリを手渡した。
「ありがとう、サクラ。」
ホエホエと気の抜けるような笑顔をする健ちゃんに
「どうせ薄着でウロウロしてたんでしょ。引き始めが肝心なんだから気を付けてね。」
溜息を吐いた。
そんな私達の遣り取りを見て江馬先輩が
「お前等って夫婦って感じだよなぁ…」
何とも嬉しくない感想を頂いた。
「謂うに事欠いて夫婦ですか?眼科に行く事をお勧めします。」
年の離れた兄妹にしか見えないと思うんですけど!
てか、健ちゃんどうしてそこで喜ぶのさ?
「…健ちゃん?」
いつもより顔が変だよと暗に告げると
「何か昔の約束を思い出しちゃってさ。今もサクラは可愛いよ!小さかった頃も可愛かったけど…お兄ちゃんと結婚するのが夢vって言ってくれたんだよねぇ。」
健ちゃん、過去を捏造してないか?
私は健ちゃんと結婚するって一言も言ってないよ!
江馬先輩も突っ込んでやって下さい!とばかりにHELPの視線を向ければ
「俺も夕香に一度で良いから言われてみたいなぁ〜」
と頓珍漢な事を述べた。
この二人馬鹿なんじゃないか!?
妄想し始めた二人を置いて、私は闇己の後を着いて行く事にする。
にしても態度が本当に真逆だね。
兄はもっと違った対応をされたのだろう。
だってコイツ誰?
みたいな顔で闇己を凝視しているのだから!
まぁ、北野達がいるから化け猫をニャンと引被ってるんだろうけど、疲れないのかな?
「八雲立つ 出雲八重垣妻ごめに 八重垣作るその 八重垣を」
闇己が詠み上げた詩に私はゾクリと悪寒がした。
学校でも習った事があったが、此処まで酷いのは初めてだ。
「乱暴の果て底つ根の国(出雲)に追放されたスサノオノミコトがヤマタノオロチを退治してクシナダヒメを娶り読んだ喜びの詩。」
和歌の解説をする闇己達を余所に私は、この地から逃げ出したいと思っている。
この歌が子孫繁栄を望んだモノではないと本能で分かったからだ。
「サクラ、大丈夫か?」
健ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込む。
大丈夫と笑えば手を握ってくれた。
こういう所は変わらない優しさだと思う。
健ちゃんが手を握ってくれたお蔭で少しだけ心に余裕が出来た。
史跡巡りの最中に
「ねぇ、アレ何かしら??」
戸田さんが何かを見つけたようだ。
古びた鳥居には注連縄で誰も通れないようにしてある。
「あそこは何だい?」
興味津々とばかりの北野に
「あれは道返神社の神域です。宮司ですら立ち入りを禁止されています。」
テメェ等は入ってくんじゃねぇーと副音が聞こえてきそうだ。
「絶対に入れないの?」
入りたい!
見たい!
色々と物色したい!
北野の欲求に対し、闇己は冷静に
「神和祭の時のみ宮司と巫女が神事を執り行う為入ります。つまり巫女はうちですけど…」
明らかな拒絶なのに北野は空気が読めないのか
「じゃあ、今夜は入るんだ!中には何が祭ってあるの?」
拝みに行く気満々じゃん。
闇己もそれが分かったのか一瞬だけ嫌そうな顔をしたが
「7本の神剣が御神体として祀られていましたが、今はありません。」
淡々と述べた。
健ちゃんが
「どうして?」
同行者代表で聞けば
「第二次世界大戦の時に盗まれました。幸い一本は布椎家にあったので盗まれたのは六本ですが、今も行方が知れていません。ですので現在は道返の祭神素戔嗚尊(スサノオノミコト)の神像が祀られています。」
懇切丁寧に説明をしてくれる。
矢張りKY北野が
「何とか中を見てみたいなぁ〜お父さんに直接頼んでも良い?」
中を見に行く気満々だ。
闇己は顔には出さないが軽蔑した眼で
「それでお気が済むならどうぞ。」
許可を出した。
秘祭である神事で禁域の場所を他人に見せるわけないだろって所だろうか?
ウキウキとしながら北野は布椎家へ向おうとした際に事件は起きた。
一緒に行くと言い出した戸田さんに重松さんが嫌味を言って陰険対決が勃発。
バミューダトライアングルを遠目で見ている私達。
北野を置いて女性二人はどこかへ消えてしまった。
「北野さんって最低だね。」
ポツリと呟いた私の言葉を拾うように
「俺もそう思うよ。北野先輩、あの人達どうするんですか?」
直球な健ちゃんの言葉に
「え…」
何を言われているのか理解(わから)ないと謂った感じの北野。
「先輩の女の子の付き合い方って以前から知ってましたけど、今回は今まで以上に酷いですよ。」
ザックリと指摘する健ちゃんに言い訳がましくも
「僕も今回、二人一緒に連れて来たのは不味かったと思っているよ。波留子があんなにきてるとは思わなかったし…二人とも大事だってきちんと最初から言ってるしね。」
唖然である。
「何甘ったれた事を言ってるんですか!?大体、重松さんは、そんなの理解出来るタイプの人じゃないですよ。」
北野を一瞥して言えば北野は困ったように
「君達には分からないだろうね…僕は破滅型みたいだし、君達みたいなモラリストだから許し難いのかもしれない。」
な〜んて自己陶酔してしまっていた。
正直キモい!
「自分を安全圏の中にいて騒動を見ている北野さんは、破滅型に憧れてるリアリストの出来損ないでしょう。」
私がハっと鼻で笑えば顔を真っ赤にして怒って行ってしまった。
その後、江馬先輩がフォローすると言ってたけど闇己が無理だろ!とバッサリと切り捨てた。
私もそう思うよ。
闇己が健ちゃんをやはりリーダーと勘違いしていたらしく、それが間違っている事が判明した時の動揺した顔が面白かったぐらいだろうか?
闇己に健ちゃんを押し付けて、私はまだ回ってない遺跡を回る事にした。
今は使われてない祭壇があると聞いたのでそこに行くのも良いかもしれない。
そこで私は出逢う…
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