飛び出した二人を追い駆けて山の中を走った。
導かれるように私は走る。
途中、飾り太刀を抱いた健ちゃんと遭遇した。
追い掛けて来た私にビックリしつつも闇己君が心配な為、一緒に行く事で妥協したようだ。
禁域に辿りついたそこは、念しか無かった。
草木も念に飲み込まれ、一帯は蠢く念が支配している。
「闇己君!」
健ちゃんが闇己を呼べば闇己はユックリと振り返り
「どうして来た。来るなと言っただろう。」
諭すようなそれでいて突き放すような声音に一瞬だけ怯んだ。
「此処って禁域なんでしょ?」
私の問いに短く是と答え闇己は念を睨み付ける。
「そんな…だってもっと木とか生い茂っていて小山みたいな場所だったじゃないか……」
実際にその場にいた事のある健ちゃんが信じられないと云う風に呟いた。
その呟きを闇己が拾い
「一気に噴出した念が喰らっちまったんだろう。あの霊を見ろ。」
蠢く念の一箇所を指した先に
「重松さんと北野さん?」
彼等の魂が念に取り込まれている。
どうしてと呟く健ちゃんに闇己が念が開放されてしまった切欠を作った彼等は助からない事を説明した。
「八雲立つ」
私の呟きに闇己が目を見張った。
「きさま達が土蜘蛛と蔑む我々はいつか立つ
その為にこの出雲で我々の意思を継ぐ子孫を作り続けよう
きさま達を倒すその日まで
決して破れぬ八重の結界を張り巡らせようぞ」
私が紡いだのは念の本来の意味。
素戔嗚尊(スサノオノミコト)が紡いだ呪詛こそ膨大な念になったのだ。
「どうしてそれを?……いや今はそんな事よりも念を何とかしないと。奴等は急に自由になったから戸惑っているんだ。だが何れ大流出する!」
強大過ぎる念は負の巫覡である闇己を形代(かたしろ)として欲しがっているのだ。
「なぁ…俺が念に取り憑かれたら迷わず殺してくれ!」
死を覚悟した闇己の頼みに健ちゃんは嫌だと叫んだ。
「俺の意思とは関係無しに負の巫覡である俺はアレを取り込むだけの許容量(キャパ)があるんだ。憑かれた直後ならアンタでも出来る!依代(よりしろ)が死ねば奴等も昇華する。」
健ちゃんは闇己の言葉を聞きたくないとばかりに嫌だと叫んだ。
迦具土(カグツチ)を健ちゃんに差出て
「迦具土(カグツチ)一本で一時押さえの封印すらやれる自信が無いんだ。」
殺せと哀願する彼に健ちゃんが悲鳴を上げた。
それに呼応するかのように飾太刀と迦具土(カグツチ)が反応を示す。
「神剣が共鳴してる?」
近くにあるのか!と健ちゃんが持っていた飾太刀を抜いた。
飾太刀に施してある装飾は闇己が持った途端崩れていき、その下に盲一つの鞘が出てきた。
「「水蛇(ミヅチ) 」」
私と闇己の声が重なり合う。
闇己は迦具土(カグツチ)で結界を張り剣を健ちゃんと私に握らせた。
「絶対にそこから出るな。」
そう一言だけ残して彼は念が蠢く中心へ向う。
《サクラ様、彼は大丈夫ですわ。水蛇(ミヅチ) の手を借りて封じる事でしょう。》
優しい声は、まるで先を知っているかのように話出した。
《それよりも迦具土(カグツチ)を何とかしなくてはなりませぬ。かの青年が気を呼ぶのと同じくサクラ様も気を呼び、兄君のお力をお借りして剣を打ちましょう。》
(貴女は誰?)
《須勢理姫に御座います。さぁ、私に青年に合わせて彼の者を御呼び下さい。》
声が怖いとか思う気持ちすら湧かなかった。
ただ、しなければならない!
という使命感にも似たような感情に突き動かされながら須勢理姫の言葉に従う。
闇己が気を呼ぶと同時に私も昼間に逢った火須勢理命(ほすせりのみこと )を呼んだ。
互いが無性の巫覡になってそれぞれの役割を果していく。
闇己は念を一時封印し、私は火須勢理命(ほすせりのみこと )の力と健ちゃんの力を借りて迦具土(カグツチ)を鍛え上げた。
この一本で約40年も封印を支えてきたのだから、ボロボロの剣を鍛え直さねばならない。
火須勢理命(ほすせりのみこと )の力の解放と同時に私は意識を手放した。
手放した意識の中で私でない私を呼ぶ声に私は、穏やかに笑う。
「真名志、あまり甕智彦を困らせないでおくれ。」
クツクツと楽しそうに笑う私に真名志と呼ばれた青年は
「仕方ない…××にそう言われたから言う事を聞くとしよう。」
と彼も楽しそうに笑った。
「お前は俺の一瞬の綺羅の神だ。さぁ、甕智彦の所へ戻ろうか!」
握られた手に安堵する。
*************
その夢はあまりにもリアルで真名志は闇己と瓜二つだった。
甕智彦はどちらかというと雰囲気が似ているよね。
健ちゃんも過去を視ているんだろうか?
私はダルイ身体を起こして今まで見ていた夢を思い返した。
「サクラ、起きたのか?」
闇己が心配そうに戸口の前にいる。
「昨日の事が夢のようだね…現実だけれども……」
隣に来るようにポンポンと布団を叩けば闇己は抵抗無く傍に寄ってくれた。
「あぁ、夢じゃないさ。ところでサクラ、疲労していた迦具土(カグツチ)が研ぎ澄まされていた。何をした?」
私が何かしたって事は決定事項なんだろうか?
闇己の視線に私は溜息を吐いて
「私でもよく分からないのだけれどね、守り神が迦具土(カグツチ)は持たないから鍛え直さないとダメだって言うんだ。焔を私が呼び剣を健ちゃんが鍛えたから迦具土(カグツチ)が違って見えたんだと思うよ。」
健ちゃんにしても半場無意識のものだろうし、多分解ってないんだろうね。
私も力の使い方なんて解ってないからどう説明して良いのかも……
正直に告げれば闇己は思案顔になり
「巫覡と鍛冶師が見つかったか…」
ポツリと呟いた。
てーか、鍛冶師は健ちゃんだろうけど、巫覡は私かい?
嫌だよ!
断固拒否したいね!
私は闇己の呟きを聞かなかった事にした。
だって絶対に面倒事に巻き込まれるに決まっているもの!
巫覡について色々と話をされる前に闇己を部屋から追い出し私は二度寝した。
そして慌しく東京へ戻る事になったのだ。
あとチャッカリと闇己が健ちゃんと連絡を取り合っており、東京へ来る事まで話が進んでいるのを、すっかり忘れていた私が知るのはもう少し先の話である。
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