セラウェ記憶喪失編 | ナノ


▼ 2 嵐の到来

(オズ視点)


特訓ルームで起こった悲劇の後、俺達はマスターを連れて領内の仮住まいに戻った。
そして今までずっと、記憶を失ってしまった師に対し、事の次第を根気よく説明していた。

なぜこの騎士団にいるのか、そもそもその話から始めなければならなかった為、大変なんてものではない。

「おいおい、ちょっと待てよ、まるで俺時間旅行しちゃったみたいじゃねえか。……本当に俺達あのソラサーグで働いてんのか? 何があったんだよ一体」

マスターは混乱に陥りながらも、どこか好奇心をのぞかせる表情で言った。パニックになり発狂していないだけマシかもしれないが、一番重大なことをまだ話せていない。

「そ、それは……あの、その前に……マスターと弟さんの関係って、今どうなっているんですか?」

様子を伺いつつ尋ねると、師は緑の瞳を大きく見開いた。

「え? いきなり何だよ。……弟がいるって、俺話したことなかったよな…? どうして知ってるんだ、お前」

それは動揺と緊張に包まれる声質だった。
確かに普段から自分語りをしないマスターの家族関係は、ほぼ知らない。だからこそ、この時の師はあまり兄弟関係が芳しくなかったのではと、勝手に推測した。

「いや、実はここの聖騎士団の団長が、マスターのーー」

意を決した俺がそう話し始めた時、つんざくように家のベルが鳴った。
俺が勢いよく振り向くと、ずっと静かにソファに座っていた使役獣が立ち上がる。

そしてどこか憂いを含んだ無表情で、こう言い放ったのだった。

「ああ、来たな。オズ、嵐が始まるぞ。きちんと備えろよ」
「…………む、無理だよロイザ。どうしよう」

震える声ですがるものの、使役獣は玄関へと向かってしまう。「え、誰か来た? こんな時間に」とのんきに話す師の隣で、俺は覚悟を決めた。

もしかしたら、そう長くもない魔術師人生で始めての窮地かもしれない。
迫り来る罪の意識と恐怖で、押し潰されそうになっていた。

そうして俺は、床に正座のまま座り、両手と頭をつけて土下座のポーズをした。

「おい、何やってんだオズ。急にどうした」
「いいんです、マスター。全て俺のせいなんですっ」

耳元に二人の男の足音が鳴り響く。
やがて居間の扉が開かれた。俺は怖くて頭をあげられないまま、叫ぶのだった。

「……あ、兄貴。オズも……何やってるんだ?」
「ごめんなさいクレッドさん!! 全部俺が悪いんです! 謝っても許されないけど、どうか気を確かにもってください、絶対に治る方法を見つけますので……!!」

恐る恐る彼を見上げると、当然状況が飲み込めないごとく、俺とマスターへ視線を交互に移している。
クレッドさんは自分の部屋からやって来たのか、いつもの制服ではなく、ラフな部屋着姿だった。

「……一体、何の話だ? 兄貴、どうかしたのか?」

心配そうに膝をつき、そんな弟を呆然と見つめる師に近寄った。

「な、なんで、お前がここにいるんだ。クレッド」

マスターはさっきの比じゃないほど目を泳がし、じりっと後ずさる。

「だって、兄貴がいつもより遅いから……何かあったのかと思って。今日、会う約束してたよな?」
「……約束? そうなのか? ……でも俺達、もう一年以上会ってなかったし、お前、わざわざ俺の家に……」
「ま、マスターっ!」

よそよそしい態度の師を恐れた俺は、二人の間に入った。
瞬時に異変を悟ったのか、クレッドさんの表情が、みるみるうちに青ざめていく。

「なんだよオズ、今度は」
「まだ話が終わってないんですよ、実はここの聖騎士団の団長が、マスターの弟さんなんです! つまり俺達は、クレッドさんの職場にお世話になっているんですよ、正式には教会のほうですが」
「……えっ。嘘だろ……マジなのか、それ……」

師が信じられない目付きで弟を見やった。
いつものような柔らかな親しみを示すようなものではなく、まるで数年前のやさぐれたマスターを思わせる視線だ。

そんな目で見つめられたクレッドさんは、顔面蒼白のまま、震える拳で膝をぐっと握った。
目の前の光景に胸がしめつけられ、痛みが止まらない。

「これは……何が起こってる? 冗談だよな、そうだと言ってくれ。……なあ、おい、白虎」

普段はほぼ話すことのない二人が、目線を交わした。
腕を組み、真剣な眼差しで立っていたロイザは、俺達三人を見下ろしながら、ゆっくりと首を横に振った。

「だといいんだがな。……あいにくセラウェが記憶を失ってしまったのは事実だ。修行中の事故によるが、オズのせいではない。殴りたければ俺を殴れ」

使役獣は、弟子の俺をかばっていた。
この緊迫した状況にはどこか既視感があったが、クレッドさんはロイザの言葉にもすぐに反応しなかった。

うつろな瞳でもう一度自分の兄を見て、言葉を綴ろうとしている。

「俺の、ことは……? 兄貴……」
「……えっ? な、なにがだよ、クレッド」

長い腕が伸ばされ、そっとマスターの肩に触れた。
びくりとのけ反ったマスターは、状況が分からず俺達に助けを求めるかのように、ぎこちない動きをしていた。

「マスター、あの、以前はどうだったのか知らないんですけど、マスターとクレッドさん、今すごく仲が良いんですよ。よく二人で会ったり、ほら職場も近いし。本当にいつも親密で妬けちゃうほどというか……」

急いでフォローを入れようとするが、マスターの怪訝そうな顔は深まるばかりだった。
まるで信じていない様子だ。
駄目だ、これじゃあクレッドさんがさらに傷ついてしまう。どうすればーー

「……そうなんだ、兄貴。……今の兄貴からしたら、信じられないだろうけど、最近は、すごく距離が近くなって……急に驚いただろう。ごめんな」

そう言って肩を優しく撫でると、彼は少し離れた場所に腰を下ろした。
頭を下げて、何かを考え始めている。

俺なんかじゃ、きっと彼の悲しみは計り知れないだろう。しかしクレッドさんは、マスターに再び微笑みを向けた。

「大丈夫だ、きっと記憶もまた戻るようになる。俺達で、方法を見つけるから」

そう告げたクレッドさんが、こちらに振り返った。
俺も呼応するように勢いよく顔を頷かせ、決意を示す。

「はいっ、勿論です。心配しないでください、マスター!」

正直言うと、想像の何倍も落ち着いて見えた彼の態度には、驚かざるを得なかった。
けれどきっと全て、マスターの不安を増さないようにという、クレッドさんの思いなのだろう。

俺の師はそんな結託した俺達の様子に、戸惑いを隠せないでいた。

「あ、ああ。ありがとう……」

ドキドキはらはらしながら見守っていたが、急に俺は思い立つ。

「じゃあその、お二人の時間を邪魔したらあれなので、俺達しばらく二階に行ってます。ごゆっくり、お話しててくださいね…!」

逃げるわけではないが、一度そうするべきだと思った。
二人の関係がどうであれ、マスターのことは弟のクレッドさんが一番よく分かっているため、彼に任せるべきなのだ。

ロイザの腕を引っ張って促し、部屋を出ようとする。

「まあ、いいが。何かあったら俺を呼べ、小僧」

すでにいつもの調子で不遜に話す使役獣だったが、驚いたことに、クレッドさんは一瞬ぎっと睨みながらも、小さく頷いたのだった。

「……分かった。兄貴のことは俺に任せろ」

微かに顔をひきつらせたマスターが気になったが、事態がこれから少しでも好転するように、祈るしかない。

そうして俺達は兄弟を残し、そそくさと部屋を後にした。



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