セラウェ記憶喪失編 | ナノ


▼ 3 悲しみと試練

思えば俺の人生は試練の連続だった。その大部分が、兄貴に関わることだ。
しかし今回のは、あまりに酷い。何故神は俺から何度も愛する兄を、奪おうとする?

聖騎士の身でありながら、呪詛を吐きたくなるほどの怒りと悲壮が生まれる。
けれど兄を前にして、黒い感情をぶつけるわけにもいかない。
病めるときも健やかなるときも、愛する人をそばで支え続けると、この心に誓ったのだからーー。

「なあ、俺達……本当に、今……付き合いあんのか。なんか信じられねえんだけど」

領内にある仮住まいの居間で、俺と兄はソファ前の床に座り、向き合っていた。

距離は近いが、とてつもない壁を感じる。兄の視線は明らかに最近のそれではなく、再会した時のようなーーいや、もっと昔の険悪な時代を思わせる雰囲気だった。

「ああ、そうだよな。無理もないよ。だって俺、ずっと……なんというか、嫌な奴だったから……あの時は、ごめん……」
「……えっ。いや、別にそんなことは……俺だって同じようなもんだし…」

兄貴が斜め上を見ながら、頭を掻いている。焦りの色がありありと分かり、居たたまれなくなってくる。
きっと俺とこうしているのも、居心地が良くないはずだ。なぜなら兄が家を出てからというもの、面と向かって会話をしたのは数えるほどだからだ。

「それでさ、なんで俺はお前と同じとこで働いてるんだ? まだオズから経緯聞いてねえんだけど」

興味を覗かせた緑の瞳に、一瞬躊躇する。
しかし隠してもこの領内で暮らす限りは、あまり意味がない。
俺は出来るだけ耳障りがよく聞こえるように、かいつまんで話すことにした。

すると兄はさらに驚きで呆然となった。

「あぁ? なんだそりゃ、風俗店で捕まったって……おい、俺はそんなやましい事したことねえぞ、きっと誰かに嵌められたんだろ、もしかして師匠とかーー」

途端に興奮して取り乱した兄を、慌てて落ち着かせようとする。
そもそもの発端は、俺の呪いのせいなのだ。そしてそれは、二人の関係の始まりでもある。だがその事実を今伝えることなど、出来るわけがない。

分かってはいるが、絶望的に気分が暗く沈下していく。
俺は、これから、どうすればいいのだろう。

「とにかく、兄貴は無実だったから気にしないでくれ。まぁ、それから色々あって……教会の魔術師として、俺が推薦をしたんだ。……半ば強引だったけど、兄貴が引き受けてくれて……」

過去を回想するが、当時の俺のやり方はまるで誉められたものではない。
敵から守る目的はあったが、兄を手元に置いておきたいという、我欲の為に行動していたのだ。

しかし兄の反応は意外なものだった。

「……そうだったのかよ。お前……優しくねえ? 助けてくれたんだな、俺のこと」

また明後日の方向に視線をやり、口ごもっている様子だった。

「そんな、立派なものじゃないよ。俺が兄貴に、そばにいてほしかったんだ」

つい熱がこもった言葉を告げると、兄は俺に視線を戻し、目を大きく見開いた。

まずい。今のは不自然だっただろうか。
一緒にいると、勝手に本音が出てしまうのだ。この人は俺の気持ちも、まだ何も知らないのに。

「なに…言ってんだよ。恥ずかしいこと言うなってお前……はは」
「……ごめん」
「いや、別に……ていうか謝りすぎだお前。マジで別人みたいだぞ」

驚愕の眼差しが、また胸にちくりと刺さる。
昔の自分の行いを、出来るものならば全て取っ替えたい。到底無理なことではあるが、今のように、記憶の中でも兄に優しい自分がいればよかったのにと、強く後悔した。

「あの、なんかすまん。俺、びっくりしてるだけだからさ」

黙っていた俺が気になったのか、逆に気遣われてしまった。
これでは駄目だ。大変なのは兄の状況なのだから、俺がやさしく見守って、不安を少しでも取り除かなければ。

それからしばらく俺達は、当たり障りのない話を続けた。騎士団や教会での業務や、この領内での生活についてだ。
記憶がいつ戻るか分からない為、一気に色々喋って、兄を混乱させる必要はない。

「これからゆっくり、様子を見ていこう。仕事のことはオズが管理してくれているし、俺もサポート出来るから。普段は団長室にいるし、何でも聞いてくれ」

そう言って立ち上がろうとする。
本当はまだ兄貴と離れたくなかった。いつもならば、この時間は二人での夕食後、団欒の時間を過ごしていただろう。

今とは違って、恋人同士として。

どうしようもなくやるせない気持ちになりながら、兄貴が玄関まで来てくれて、見送られる。

「じゃあ、ありがとな、クレッド。なんか、面倒かけて悪かった。……えっと、俺まだよく分かんないんだけど、……よ、よろしくな」

兄がぎこちない笑顔で、俺にぺこりと頭を下げた。
そんな姿をみたら、俺はもう、すぐに我慢ができなくなってしまった。

兄の近くに立ち、広げた腕を背中へと回す。有無を言わさず、ぐっと両腕で抱き締めた。
昨日も感じた温もりと細い腰が、体の芯まで熱くする。

もちろん兄貴は完全に動きを止め、凍っていた。

「…………な、何やってんのお前。おい……」

俺はついに切れてしまったのか、頭を肩に埋めたまま、さらに抱擁を強めた。
一度こうすると、本当に離したくなくなる。

「さっき聞いただろ? 俺達、今はすごく兄弟仲が良いんだよ。これもいつもしている事だ」

だから、全て兄が悪い。
開き直って告げるが、返事がなかったため、俺はしばらくしてそっと腕を解き、兄を見つめた。

「え……ほんとにそんな事してるの? 仲良すぎっていうか……子供じゃねえんだから……」
「そうか? 大人でもする奴はするぞ。俺みたいにな」
「……お前、子供かよ……」

呆れと若干ひきつった顔を向けられたが、堪えられなかったのだから仕方がない。
このぐらい、許してほしい。
でなければ俺はこの先、本当にいつまでこの苦しみの試練に耐えられるのか、分からない。

「じゃあ、おやすみ。兄貴。また明日な」
「う、うん。また明日ーーえ?」

一瞬聞き返す声が聞こえたが、俺は微笑みを向けて仮住まいを後にした。

やるべき事はたくさんある。
今はただ、俺の大切な兄を取り戻すために、本気で頑張るほかないのだ。



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