セラウェ記憶喪失編 | ナノ


▼  20 騎士の執念

目覚めた朝も、俺は師匠の白い別荘にいた。
一応鍵をかけたが誰かに襲われるのではと不安でよく眠れず、あくびをしながら一階の居間へと向かった。

そこには師匠の姿はなく、またあの黒うさぎことナザレスが悠然とくつろいでいた。
昨日のぼんやりした状態は消え失せ、余裕の笑みを見せる男にうんざりする。

「よお、おはようセラウェ。こっち座れよ。昨日は寂しかったぜ、結局寝込みも襲えなかったしよ」
「ナザレス。お腹空いた。なんか食いもん出せ」

冷たい感じで言い放ち、背中を見せまいと少し離れた床の上に腰を下ろす。

ああ、またこいつと二人きりみたいだ。師匠は何考えてんだ? 俺の保護者ならそばにいろよ!などと普段なら絶対に思わないことを思った。
 
「人間って可哀想だよなぁ。飯食わなきゃ生きてけねえんだから」
「お前の魔力だってそうだろ。なあ早く飯」
「あ、そうだ。食い物はねえけど俺由来の飲み物なら飲ませてあげられるぜ。どう?」
「てめえぶっ殺すぞコラッ!下品なネタいい加減しまえこの野郎ッ」

ばあん!と机を叩いて柄にもなく恫喝した。
ナザレスはくっくっとむかつく笑みをこぼしている。
こんな奴と遊んでる暇はないのに。誰でもいいからもう逃がしてくれ、頼むから。

肩を落とすと、突然男が意外なことを言い出した。

「おっさんまた出かけてんだよ。じゃあしょうがねえなあ、湖で釣りでもするか? あんたの為になんか獲ってやるから」
「……えっ? お前そんなこと出来るのか?」
「出来るに決まってんだろ、元黒獅子だぞ俺は。ほら、行こうぜ」

立ち上がったナザレスは自信ありげに言うと、俺を外へと連れ出した。


別荘のすぐそばにある、湖に面した桟橋に着く。
小舟が停泊出来そうな場所もあり、自然豊かな森の風景に囲まれて、若干気分が和らいだ。

俺は隣で何やら用具を持ち出し、準備をする奴を横目に、小さい椅子に腰を下ろした。

「へえー綺麗じゃん。こんな状況じゃなけりゃ最高の場所だわ、ここ」
「はは、ひでえな。俺と二人でも楽しいだろ? 待ってな、すぐにたらふく食わせてやっから」

そう言ってナザレスは何故か俺に釣り道具を渡し、自分は服を脱ぎ出した。
下着一枚になり、日に焼けたマッチョな裸体が露になる。

びっくりした俺は昨日の猥褻行為を思い出し、即座に逃げようとする。
しかし奴は野性的に湖の中に飛び込んだ。

目が点になる俺をよそに全く浮いてこず、姿が見えない。
まさか、魚を取るつもりか?

あまりに動物的な行動に驚いたが、ナザレスは自由気ままな奴らしい。

「セラウェ! 獲れたぜ、あんたこれ好き?」
「……えっ。なにそれ、海老? ああ、なんか美味そうだけど」
「よっしゃ。じゃあ他の魚も獲ってやるぜ!」

嬉しそうに笑い、その後も一人で漁を続けた。
やがて桟橋には大量の魚類が集まり、俺は思わず感嘆の声を漏らす。
正直こいつがここまでやってくれるとは思ってなかったのだ。

「す、すげえな。ありがとーこんなに。お前漁師になれるんじゃねえか」
「くく、面白いこと言うなぁセラウェ。悪いけどあんたの為じゃなかったらこんな事しねえ。……けど、な? 俺だって役に立つだろ。だからあんな弟止めとけよ、俺にしとけって」
「何の話だよ馬鹿かお前は、急に飛躍させんなっ」

ぺちゃくちゃ喋っていたが、奴に「料理はあんたの仕事な」と言われたので、結局その場でグリルをすることにした。

鉄鍋と蒔を持ってきて火を起こし、適当に処理した魚介類を焼いていく。
すぐに煙と香ばしい良い匂いが漂い始め、食欲を大いにそそられた。

奴は食べないというので俺は一人、ぱくぱくと御馳走を堪能した。

なんというか、この非常時に俺は何をやってるんだ。きっとまだ弟は心配してるだろうに、こんなことをしていて本当にいいのだろうかーーそう思いつつも、食欲には勝てなかった。

「ああ〜うめえ。マジ最高だよお前、ロイザより役に立つかもしんねえ。あいつ水嫌いだからさぁ」
「そっか。じゃあ俺をあんたの使役獣にしてくれよ。セラウェのお願いなら、俺何でも聞くぜ? 心も体もすっげえ満たしてやれると思うけどなぁ……」

突然色めいた声音を出し、長い腕が伸びてくる。
肩を抱かれそうになり思いきり振り払った。この野郎、油断も隙もねえ、おちおち物を食べてもいられない。

「てめえ調子乗んな! すぐ触ろうとしてくんじゃねえ!」
「だってあんたが可愛いのが悪いんじゃん。俺のせいじゃねえ……ーーん?」

ナザレスが眉をぴくりと上げ、一転して険しい顔で遠くに視線を投げる。
同じ方向を見やると、湖面の上で何かが動いていた。

目を凝らしていると、それは物凄いスピードでこちらに向かってくる一隻の船だと分かった。
中型の船舶の甲板に何人かの乗員がおり、先頭に背の高い人影がある。

師匠が帰ってきたのか?

「げっ、なんであいつこの場所が分かったんだ? 思ったより早えな、昨日の今日だぜ。まあいいや、セラウェ。こっち来い」
「……あ? は、離せっ……!」

ぐいっと力強く奴の胸に抱き寄せられた。昨日の悪夢が蘇りつつも、俺はじたばた腕の中でもがくしかなす術がない。

すると、ドン!と大きな衝撃音が辺り一帯に響き渡り、同時に真っ白な閃光に包まれた。

一体何が起こってるんだ。師匠がやばい勢力から攻撃を受けてるのか?
絶望に落ちそうになった時だった。
そいつの声が頭上から振ってきたのは。

「ーー兄貴、無事か! ……兄貴を離せ、この野郎ッ!」

見上げると、長剣を片手に船舶の柵を乗り越える男の姿があった。
桟橋に勢いよく着地し、こちらへ全速力で走り寄ってくる。

青い制服をまとった金髪の男、それは正真正銘俺の弟だった。

「クレッドっ……!」

信じられない状況に、鼓動が突然高鳴りだす。
俺は無我夢中で手を伸ばし、弟のもとに駆け寄ろうとした。

だがナザレスが背後から捕まえたままで、その状況が、すぐそばまで来て剣を構え、凍てついた殺気を放つクレッドのことを、牽制しているように見えた。

「貴様、聞こえなかったか……? 斬るぞ」

じりじりと距離を詰める騎士に対し、ナザレスはまるで物怖じせず鼻で笑う態度を取る。

「へえ、どうやって? つーか俺とセラウェのイチャイチャタイム邪魔すんな。せっかく楽しんでたのによ、台無しだぜ。なぁセラウェ」
「……何言ってんだ、早く解放しろこの変態!」
「酷いなぁ、さっきまで仲良くバーベキューしてたのに。ナーちゃん美味しい美味しいっつって食べてたじゃねえか。もう何してもかわいーよな、あんたって」

このひりついた空気を物ともせず、ふざけた事を言いながら笑いかけてくる獣。
ていうかなんだナーちゃんって。俺を馬鹿にしてんのかこいつは。

だがクレッドは、その台詞に明らかに動揺を見せていた。

「ば、バーベキューだと…? ……楽しんでたのか、兄貴…?」
「えっ。い、いや違うって! 食べ物なんもなくて、腹減りすぎて……こいつがその、魚獲ってくれるっつうから……つい…」

背中に汗をかきながら一生懸命弁解する。
弟が必死に助けに来てくれたのに、半分のほほんと過ごしていたなんて、そんなこと言えるわけがない。

クレッドは戸惑いの表情で、剣をゆっくりと下ろした。
こちらに静かに歩いてきて、俺は奴の元へと行こうとするが、腕が固くてほどけない。

「ご、ごめん、クレッド。お前来てくれたんだな、俺すげえ……嬉しい。絶対にもう逃げられねえって、思ったから…」
「……兄貴。無事で良かった。必ず迎えに行くって言っただろ? ……本当に、何も危害は加えられてないか?」

一向に不安の影が消えないまま、クレッドが尋ねてくる。
まさか、こいつに卑猥な真似をされた上、師匠にあの飲み薬を飲まされそうになったことなんて、口が裂けても言えない。

俺は後ろの男に振り返った。

「頼む、もう放してくれ。俺……クレッドのとこに帰んなきゃ」

ナザレスはしっかりと抱き締めたまま、むすっと膨れっ面を浮かべた。

「なんで? たまには俺のとこいろよ。あいつのこと別に好きじゃねえんだろ?」
「いや好きだよ。だから行かせてくれ」
「早えなオイ。少しは悩めよ、あんたのこと好きな奴ここにもいんだからさ…」

後ろから深い溜め息を吐かれ、拘束が緩くなる。
その隙に俺は奴の腕を飛び出し、自然とクレッドの胸に飛び込んだ。

広い両腕に抱き留められ、強く抱擁を受ける。
なぜだろう、その瞬間に心の中が、安心でいっぱいになった。

「…………兄貴っ。心配したんだ、すごく……俺はいつも何も出来なくて、遅くなって、ごめん……」

顔を上げた弟の蒼い瞳は、少し潤んでいた。それに目の周りにはうっすらと隈が見える。
ここに来るまでの苦労が垣間見え、胸が苦しくなる。

「なんでだよ、お前いつも俺のこと助けてくれただろ。本当に助かったよ、ありがとな……」

無意識に出た言葉も、すっと自然に受け止めていた。
だがクレッドの表情はどこか曇ったまま、俺のことを見つめている。

思い出したかのように、俺はハッとなった。
奴の腕に抱かれて、こんな風に至近距離で見つめ合ってーーこれはもう、普通の兄弟の抱擁ではないのだ。

何故なら俺達は、恋人同士だったのだから。

「……っ」

途端に心臓がばくばくと音を鳴らし、体が緊張で固くなる。
それを敏感に感じ取ったのか、クレッドがゆっくりと俺の体から離れた。

「あ、あの……ごめんな」
「……ち、違っ……なんで謝んだよ、馬鹿……」

顔が赤くなってるのを悟られたくなくて、下を向いて視線を逸らした。
どうしよう。やっぱ顔がちゃんと見れない。
相手は弟なのに、すごい意識をしてしまっている。

でも、これじゃ駄目だ。
俺のことを一番に考えて迎えに来てくれた弟を、もう傷つけたくない。
奴の笑顔が見たい。

そう決意した俺は、勇気を振り絞り顔を上げた。
驚いたクレッドと目が合うや否や、がばっと勢いよく奴の胸板に抱きついた。

「……ッ兄貴…?」

ぎゅうっと抱き締め、うまい言葉は言えないが何とか伝えようとする。
俺はお前のことを拒んだりしない、そんな事したくない。
本当はそう言いたかった。

しかし妙な雰囲気で抱き合っていた俺達に、近くから呆れた声が飛んでくる。

「あーあ、つまんねえ。また俺は外からお前らがイチャついてんの、指くわえて眺めてるだけかよ。ざけんなよ、ったくよー」
「ああ。全くだ。てめえは本当に何の役にも立たねえな、ナザレス」
「……あ? ……おっさん?」

突然その場に現れた第四の男の姿に、全員の視線が向けられた。
湖上の桟橋の上に、不機嫌そうな面構えの巨体が立っている。
肩ほどの金髪をなびかせ、太い腕を絡ませ、険しい目付きは俺達を捉えていた。

い、いつの間に……転移魔法で現れたのだろうが、全然気づかなかった。
さすが師匠だ。

「あ、あんた今度はどこ行ってたんだ。今取り込み中だからちょっとあっちで待っててーー」
「なに、野暮用で出かけていただけだがな。結界をフツーに破って俺の私有地で妙な力を発動させた侵入者の存在に気づいてな……おら若造、断りもなしに俺の所有物をかっさらおうとするとは、随分良い度胸してんなぁ」

煽りに煽る師匠の言い分に、強烈な頭痛が起こる。
おい俺がいつあんたの所有物になったんだ、ふざけんな。

文句を言おうと前に出ると、クレッドに引き留められた。
奴の血管も観たことがないほどに浮き出ている。

「貴様が俺の兄貴を拐ったんだろう、毎度毎度ご苦労なことだ。今度は何を企んでいる?」
「ハッ。ご苦労なのはてめえだろう、毎回毎回ご丁寧に見つけてきやがって。分かってんのか、俺の住所すでに二つも割れてんのお前ぐらいだぞ。どんな手使ってんだよこのクソガキ」
「お前に話すわけないだろ。俺は兄貴がいる場所ならどこにでも行くぞ、汚い手で隠したって無駄だ。これに懲りたら卑怯な真似はするな」

毅然とした態度で答えるクレッドに、師匠が煩わしそうに舌打ちをする。
この男をこんな風に苛つかせるなんて、俺の弟結構すごいな。などと兄目線で考えていた時だった。

師匠が右手をおもむろに上げる。
咄嗟に身構えたクレッドが、俺を抱き寄せた瞬間。師匠はにやりと口元を上げた。

「遅えよ。そう身構えんな。こんな場所じゃあれだから、中で話そうぜ。俺はお前にも意見が聞きたくてなーー」

そう言って自分勝手な男は再び、俺達全員を別の場所へと連れ去ったのだった。



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