▼ 7 わくわくin野営地
突然だが俺は今、騎士団長ベリアスとともに砂漠地帯にいる。
波打つ砂丘を舞台として、はるか後方にある聖地への異教徒侵攻を防ぐために、騎士たちが戦っているのだ。
俺はただ騎士団内でのんびりと男漁りをしたかったのにーー
「お前を肌身離さない」と宣言されたことにより、気がついたら、ベリアスが指揮する遠征任務に連れて来られてしまった。
あたり一面砂だらけの中に、兵舎がある。
団長専用の執務室では、男たちが作戦会議をしていた。
コウモリに化けた俺はソファに座るベリアスのローブの中に隠れ、その様子をこっそりと窺っていた。
「団長。この分なら予定どおり異教徒どもを抑えられそうだな。ああ、良かったぜ。砂漠戦で砂まみれの任務なんて、ほんとたりーよ」
面倒くさそうに話す男の声には、聞き覚えがあった。
少し前に俺とパワフルな交接を果たした騎士、リーディスだ。
「何言ってんだ、お前は隊長だろ。堂々と愚痴をこぼすな。隊のほうは問題ないのか」
「まあ、どいつもこいつもすげえ疲れてるよ。そういやネイガン、もう簡易温泉行ったか?」
「え、俺か。あの毎回魔術師どもが用意してる風呂だろ。まだ行ってない」
三人の騎士がだらだらと喋っている。
メンバーは団長のベリアス、副団長のネイガン、隊長のリーディスだった。
この三人のうちすでに二人と関係を持ったという事実が、実に感慨深い。
作戦内容はどうでもいい。
だが「簡易温泉」という言葉に引っかかった。
それはつまり、この任務中、戦いに明け暮れた騎士達の裸体が見放題ということなのかーー?
俺も絶対に行くぞッ!
コウモリ姿でやる気に満ち溢れていた時、部屋の扉が開いた。
「団長、失礼します。頼まれてた調査の件ですがーー」
耳障りのよい男の声がする。
おっ。新たなマッチョ騎士の登場か?
ひと目見たいと思い、ローブの隙間から顔をひょっこり出した。
「おう、アルシャ。そこに座れ」
ベリアスが偉そうに指示すると、騎士は会釈をして真向かいのリーディスの隣に腰を下ろした。
さらさらの金髪でタレ目がかった目元の、整った顔立ち。
いわゆる甘いマスクというやつか。
俺は男の顔より体に興味があるため、すかさず体格チェックに移る。
黒い制服はいい具合に筋肉で張っており、すらっとした長身ながら、しなやかな体付きをしていると想像できる。
じゅるっ……美味そう!
「アルシャ、お前ちょっと痩せたんじゃないか? ちゃんと食べてるか」
「えっ……副団長、またそれですか。食べてますよ。俺は皆さんのようにムキムキじゃないですけどね」
「でも心配だろう。皆の健康状態や負傷具合を知るのは、俺の仕事だからな」
「はは! ネイガン、お前こいつの母親じゃねえんだから。まぁ確かに細っこいけどよ」
「うわっちょ、そんなとこ触らないでくださいよ隊長ッ」
ぴりっとした空気かと思ったら、三人の騎士がわいわい騒いでいる。
なかなか良い絵面だ。
ぜひこの面々で複数プレイを所望したい!
「……おいお前ら。作戦会議中だぞ。アルシャ、さっさと報告をしろ」
「あっはい。団長が目をつけていた聖職者なんですが、最近異常なまでの魔力増幅が確認されまして……今回の戦闘でも強力な幻獣を連れています。噂では教会に隠れて、怪しげな召喚術を行っているのではとーー」
騎士は調査書を取り出し、テーブルの上に提示した。
急に真面目な顔で語り始め、残りの騎士も神妙な面持ちで聞いている。
そうだった。
マッチョたちに浮かれ、すっかり忘れていたが、俺の宿敵である聖職者もこの戦場にいるのだ。
捕らわれて悪魔祓いなどされないように、俺も気をつけなければならない。
「なるほどな。あの身元不明の魔術師、かなりの手練だが……それまでの経歴が不自然なまでにはっきりしない。教会の犬か、または外部の刺客か突き止める必要がある。不審な動きがあれば、皆その都度報告してくれ」
団長の言葉に、三人の騎士がしっかりと頷いた。
ああ、早く温泉行きたい。そこはきっと俺の望むパラダイスのはずだ。
問題はどうやってベリアスの目を盗むかだがーー
「では俺はこれで……あれ? 団長、ローブに何かついてますよ」
立ち上がろうとしたアルシャが、こっちに手を伸ばす。
まずい、バレちゃったか。
俺は慌てて隠れようとしたが、もう遅かった。
「ああー!! コウモリだ、可愛い! なんでそんなとこに隠してんですか? それ団長のペット? 俺、動物大好きなんですよ!」
「……あ? おい、やめろ、こっちに来るなッ」
急激にテンションを上げたイケメン騎士に、珍しくベリアスが狼狽えだした。
俺は「ピーッ」と鳴きながら、アルシャによって無理やりローブの中から引っ張り出された。
「うわっやっぱ可愛い〜君、名前なんて言うの? 体ちっさくて手触りも良いなぁ」
この男、上司であるはずの団長の身ぐるみを剥がし、夢中で俺の体を撫でている。
「お前、ふざけんなよ……返せ、それに触るんじゃねえッ」
「そうだアルシャ。お前が動物好きなのは皆知ってるが、団長を怒らせるな。それはルニアといってな、団長の獲物だから」
取り乱すベリアスを助けるように、副団長が騎士をたしなめる。
「ピーッピーッ」
「あっごめんね、怖かった? ルニアって言うんだ、可愛い名前だな。俺はアルシャだよ、ヨロシクね」
優しく黒い羽を触ってくるこの騎士、完全に俺しか目に入っていない。
どうせならその情熱、人の姿を取った全裸の俺に向けてほしい。
美形なのに変人っぽいこの騎士……どんな交接をするのか、わくわくしてきた!
アルシャの手のひらで愛撫を受けていた俺に、大きな手が伸びてきて、体をぶん取られた。
無造作に元いたポケットに突っ込まれるが、再びひょっこり顔を出す。
どうやらベリアスは相当苛ついているようだ。
「おい、お前は無駄話が過ぎるんだよ。すぐに偵察隊の職務に戻れ」
「え、でも団長だって仕事中にそんな愛くるしい動物独り占めして……ああ、はい。すみませんでした。そんな怖い顔しなくても。じゃあ俺はほんとにこれで……またねルニア、いつでも俺のとこ遊びに来て!」
騎士は笑顔で手を振り、颯爽と部屋を後にした。
室内にはあ、と男たちの色っぽいため息が漏れる。
「なあ、あいつ馬鹿じゃねえの。ほぼ異常者だろ。やっぱ偵察隊でスパイ役とかやってると、頭イカれちゃうのかね」
小馬鹿にするように吐き出したリーディスが、コウモリの俺をじろっと見てきた。
にやにやと何を考えているのか分かる。
俺もお前との熱い日々を思い出してるぞ、またぜひ頼む!
「そういやルニア、お前ベリアスから精気貰えたのか? かわいそうに、前拾ったときはお腹空かせてたもんな」
突然副団長のネイガンが、俺に凄いことを尋ねてきた。
精気摂取=淫らな行為なのに、慈愛に満ち溢れた男だからか、心配してくれているのだろう。
ローブの隙間から、こくこくと頭を頷かせると、ネイガンは安心したように微笑んだ。
現実にはベリアスより隣のマッチョから大量に食らったんだが。
「なんだと? 前拾ったって、なんの事だ」
「ん? お前が会合で居なかった時だよ。安心しろ、ルニアはすぐに部屋に戻したから」
ネイガンが優しい嘘をついている。
実際には淫紋を破ったことがバレてるため、ベリアスは疑いが混じった顔で俺をぎろりと見た。
だがどうやら副団長は、俺が従騎士を襲った事やリーディスの所で過ごしたことも、秘密にしてくれているらしい。
悪魔にも優しいなんて……さすが俺の第二のお兄様だ。
「まあいい。そろそろ時間だ。お前らも持ち場に戻れ」
ため息を吐いた団長が騎士達に命じると、二人はさっと立ち上がった。
一言二言交わし、部屋を後にする。
そうして俺とベリアスは二人きりになった。
ローブからパタパタと抜け出し、さっそく人の姿に戻る。
人化したら、自然とベリアスの膝の上に座る形になってしまった。
せっかくなので肩に腕を回す。
「なあ。あんた、今日も仕事遅いの? 俺、いつになったらまた精気もらえる?」
「今朝やっただろ。もう我慢できないのか」
「うん……一日一回だけなんて、全然足りない。またしてもいい?」
甘えた声で懇願しながら、ベリアスの口にちゅっと唇を合わせた。
自分の舌で表面をなぞり、中をこじ開けていく。
実際には精気なんて欠片も得ることの出来ない騎士とのキスに、俺は魅せられていた。
「んぅ……」
こうやって徐々に回数を増やしていっても、あまり意味はない。
何故ならこの騎士は、俺の想像以上に、頑な男だからだ。
「はあ……あんたとしたいなぁ。俺待ってるんだけど」
「ルニア。もう人化は終わりだ。またここに入ってろ」
ほらな。
せっかく理想的で完璧な肉体を手にしても、鋼の精神の前にあしらわれてしまう。
でも俺は気づいている。
こいつの体だって、俺のせいで確かに昂ぶっているということを。
短い触れ合いの後、大人しくコウモリに化けた俺は、再びローブの中に入った。
それから一日、団長の業務をそばで見守っていた……
ーーはずがない。
俺は悪魔で、最近は淫魔としての活動も板についてきた。
ベリアスが相手してくれないなら、他でもっと発散してやる。
まずは、簡易温泉とやらに行こう。
そこで屈強な騎士たちの裸体にまみれ、たまりに溜まった鬱憤を、今こそ晴らしてやるのだ!!
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