騎士団員おいしい。 | ナノ


▼ 22 団長VS兄上

ベリアスに抱かれ、俺は背後にいる騎士達に気が付いた。
副団長のネイガンとリーディス、そしてアルシャの姿も目に入る。全員この状況に困惑している顔つきだ。

何の因果か、俺が手を出してきた美味しい騎士団員たちが勢揃いだった。
これはあれか、最後の目の保養、冥土の土産というやつなのかーー

ベリアスが俺を離し、両肩をがっしりと捕まえた。

「ルニア、お前、また勝手なことを……俺がどれだけ心配したと思ってるんだッ。何があったのか説明しろ、……その男は誰だ?」

声を絞り出して問う騎士に厳しい視線を投げかけられ、俺は恐る恐る兄上をチラ見した。
すでに冷酷無慈悲なオーラをまとって、こちらを注視している。いつでも手出しできるから、余裕なのだ。

兄上の前では、いくら屈強な騎士たちといえども、俺と同じく檻の中の愛玩動物に過ぎなくなる。

「この方は、俺のーー」
「なるほど、お前か。私の弟を、我が物顔で所有しようと目論んでいた下賤は」

兄上の言葉に、場内にどよめきが起きた。
ベリアスの表情が怒りによって急速に凍りついていく。

「弟だと? ルニア、この男はお前の兄貴なのか。例の、所有者か?」
「……あ、ああ。そうだ。俺の兄上でーー名はゼフィルという」

俺が正直に白状すると、背後からため息がこぼれた。

「ルニア。お前は馬鹿か? 私の真名を軽々しく口にするな」
「あっすみません兄上。つい……」

しまった。またやってしまった。
もう俺は、立っているのがやっとなぐらいの、大パニックに陥っていた。
俺の所有者を名乗る者たちの、間に立たされているのだから。

副団長のネイガンがゆっくりと俺達に近づいてきた。

「ベリアス。この魔術師を見てみろ。死んでいるぞ」
「……ああ、お前がやったのか。この惨状は」

床に倒れている魔術師の遺体を見やり、騎士が兄上を睨みつける。

「そうだが? 私の弟がそこの躯によって、悪魔召喚の贄となるところだった。無能な騎士共に代わり、私が救い出してやったのだ」

俺を抱くベリアスの腕に力が入る。
救ってくれたのは事実だが、魔術師が俺を利用した時点で、魔印から異常を察知し地上へ舞い降りた兄上により、どのみち排除されていただろう。

兄上の嫌味ったらしい言葉に、騎士達も即座に剣に手をかけ、警戒を強めている。

一触即発のこの雰囲気は、まず過ぎる。
目の前の男はもちろんのこと、大事なマッチョ達もどうなるか分からない。

俺は震えながら兄上に振り向いた。

「お礼を言います、兄上。ではそろそろお帰りになったほうが……」
「何を言っている。私がただお前を助ける為だけに、こんな汚れた地上へ降り立つと思うか? さあ、帰るぞ。来い、ルニア」

やっぱりそうきたか。
結局のところ、兄上は俺を連れ戻しに来たのだ。執事の忠告通りの事態に、内心頭を抱える。

「おいおい、やべえな。なんだこの陳腐なドラマは。ルニア、お前の兄貴、随分独裁的な男みたいじゃねえか」

剣をぐさっと地面に突き刺し声を上げたのは、巨体の騎士リーディスだった。
怖いもの知らずの男の言葉が、兄上の眉をぴくっと上げさせる。

「誰だ貴様は。三下が自由に吠えるな」
「ああ? てめえこそ何様だ。おい団長、こいつとっととヤッちまおうぜ。久々の魔族狩りだ」

俺の兄上にそんな言葉が吐けるなんて。恐ろしい男だ。
だが変わらず俺をぐっと胸に収める騎士は、さらに無謀なことを言い放った。

「いや、こいつは俺がやる。お前らは下がってろ」

ベリアスは俺を自らの背後に隠した。すぐに俺は誰かの腕にがしっと掴まれる。
振り向くと、アルシャが立っていた。見慣れない険しい顔で見つめてくる。

「ルニア。あんなのが君の兄なのか? 君には悪いけど、随分横暴な男のようだ。事情を聞くためにも、騎士団に捕らえさせてもらうよ」
「えっ。何言ってんだ、そんなこと、無理に決まってるだろ。お前らは兄上の強さを知らないからーー」

何を考えてるんだ、この騎士達は。皆揃いも揃って頭がおかしいのか。
あの方はエアフルト公爵家の次期当主であり、魔王から授かりし領地防衛のため自軍を指揮する総統でもあるのだぞーー

「確かにお前の兄貴は強そうだな、ルニア。だがベリアスも数多の死線を潜り抜けてきた団長だし、捨てたもんじゃない。さあ、防護壁の中で大人しくしてるんだ。もう勝手に抜け出したら駄目だぞ?」

緊迫した雰囲気の中、こんな時でもネイガンが俺を安心させようと微笑みを向ける。
全て俺が引き起こした事態だというのに。

副団長が声を張り上げ、騎士達に魔法詠唱を促す。
決して広くはない洞窟の中で、みるみるうちに辺り一体が防護魔法に包まれる。

駄目だ。騎士達は甘すぎる。
ベリアスはどうなるんだ。

視線の先には、すでに大剣をかまえ、兄上に詰め寄る団長の姿が見えた。
術式を組み、剣に青いオーラを纏わせ、間合いを取っている。

こんな事はさせてはいけない。
しかし俺の不安をあざ笑うかのように、兄上は手の先から銀色の長剣を浮かび上がらせた。
柄を手にとり、口元を吊り上げる。

「せめて使える魔術師を用意すべきだったな。いくら粋がろうが、所詮はただの人間だ。私に勝てると思っているのか、愚かな騎士よ」
「ああ。お前に勝たなければ、あいつが手に入らないからな」
「……ふっ。どちらも叶わぬ夢だ。思い上がった男は嫌いではない。断末魔を聞く時の愉しみが、増幅するのでな」

鋭い金属音が響く中、二人が剣を交える。
ベリアスは大きな体を俊敏に反応させ、回避と攻勢を繰り返している。

両者とも表情を変えず、ただひたすらに剣先で相手の隙を探り動く。
けれど俺の目には、兄上に真っ向から立ち向かう騎士の熱い闘志と激情が、まざまざと映し出されていた。

なぜ兄上は魔法を使わない?
わざわざ騎士と同じ条件におち、じわじわといたぶり殺そうとでもしているのか。

「やめて、やめて下さい、兄上!」

俺は堪えきれずに叫び声を上げた。
だが動きを止めたのは兄上ではなく、ベリアスだった。
一瞬反応が鈍り、銀の切っ先が容赦なく騎士を捕らえようとする。

気が付いたら俺は防護壁を抜け、駆け出そうとした。
すると俺を掴んだままのアルシャが叫んだ。

「やめろ、ルニア、危険だ!」
「嫌だ、俺が止めなければベリアスが危ないんだ、俺にはあいつが必要なんだッ」

全力で振りほどき足を踏み出した俺は、騎士ではなく、兄上の眼前に飛び出す。

「お願いです、こんな事もうお止めください。兄上、どうかこの騎士のことは、見逃してくれませんか……」

漆黒のローブにすがりつき、必死に許しを乞う。
兄上が止めない限り、この戦いは続いてしまう。
そうなれば、俺の大事な騎士がーーベリアスの命が危ない。

「何故この男に肩入れするのだ? 人間など、我らの餌に過ぎん。それほどこの男の身体が、善かったのか? ルニア」

剣を仕舞い、俺をそっと抱き寄せる。
兄上の瞳にわずかだが動揺の色が見えた。

そうか。
憐れな弟を装い、同情を誘えば、なんとかこの場を切り抜けられるかもしれない。
もう俺にはそれしか道が残されていないのだ。

「何を言っているのです。俺は貴方以外に欲しいものなどありません。貴方だけです、兄上……」
「そうか。ならばこの男を殺せ」

……えっ。
聞き間違いかと思い、真顔で兄上を見上げる。

「お前に私以外の男は必要ない。出来るだろう、ルニア」
「そ、それは出来ません。一度交接したものには、愛着があります。どうか分かって頂けませんか」

声の震えが止まらない。
俺の気持ちを無視して、なんて残酷なことを吐けるのだろう。
悲しみが襲い来る俺の背後から、ザン!と剣を振り払う音が聞こえた。

「ルニア。嘘をつくな。お前の所有者はこの俺だ。俺のものになると約束しただろう?」

ベリアスが俺に迫ってくる。いつもの怒り顔だ。
俺は何故か騎士のこの表情を見ると、安心するようになってきてしまった。

そうだ、俺はあんたのものになった。
この騎士が自分の身を俺に捧げてくれると約束した時から、本当の意味で、俺もそう感じていた。
だからここから連れ去ってほしい、一刻も早く二人で抱き合い、交じり合いたい。

そう宣言することが出来れば、どんなに楽だろう。幸せなのだろう。

「ベリアス……」
「余計なことは考えるな。お前の好きなようにしろ。どうして欲しいか、俺に言ってみろよ」

金色の髪をなびかせ、めらめらと燃え上がる黄金色の瞳が、真っ向から俺を捕らえる。

おかしな兄を持ち、奇妙な境遇にいる悪魔の俺を、こんな状況でも見捨てずに自己主張してくるなんて。
この男は、やっぱり頭のイカれた騎士に違いない。

「お、俺は……ベリアス、あんたと一緒にいたい……俺は、あんたのことがーー!」

飛び出そうとした体を、後ろから強く引っ張られた。
胴体に腕を回され、兄上に抱かれているのだと気づく。

「……ふざけるな。戯れの時間は終わりだ、ルニア。そんなにこの男が気に入ったのならば、一緒に連れて行ってやろう。じっくりと私がいたぶってやる」
「何を言うのです、兄上、やめ、やめてーー」
「どうした、お前が全て引き起こしたのだぞ? ああ、後ろの騎士共も何人か連れていこう。一人じゃ飽き足らないだろうからな。淫売」

兄上の氷のような声が響いた瞬間、空間全体が闇に包まれ、こつ然と消え去った。



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